■映画|2001年宇宙の旅 SF映画の記念碑!

スポンサーリンク

2001-01

「2001年宇宙の旅」は、SF映画の金字塔といわれて久しいが、いまだにこの映画を超える作品は現れていない。CG全盛の現在、いかに多額の費用を掛けても、なぜか宇宙の神秘性は薄れていくばかりで記憶にも残らない。

一方、「2001年宇宙の旅」は、宇宙の神秘性に満ちた深淵な謎が、まるで体験したかのように記憶に残されるーー。

意味と目的を想像する旅

2001年宇宙の旅は、SF映画の最高傑作!

「2001年宇宙の旅」は、そのストーリーの分り難さから、一般的には哲学的で難解な映画といわれている。しかし、それは物語を説明することを止めたからと同義である。ストーリーではなく、その映像を体験することを重要な要素として、監督自身、視覚的体験を狙った映画であると断言している。

当初はストーリーを補足するナレーションを入れる予定であったが、言葉で説明することを避けて、潜在意識に直接訴求することに捉え直したことで分り難くなった。

この意図した分り難さこそ、この映画の最大の魅力でもある。また映画の捉え方を一つの正解だけにしたくなかったといえるだろう。それはハリウッドの勧善懲悪的な映画とは対局をなすものであり、それによりSF映画の金字塔となり、さらにはカルトムービーとして燦然と輝くことになった。

2001年宇宙の旅|ストーリー

地球の陰から月が現れ、その向こうには太陽が昇るーー

画面の背景に高らかに鳴り響く音楽は「ツァラトゥストラはかく語りき」である。「2001年宇宙の旅」は人類の夜明けから始まる。

400万年前、人類の祖先アウストラロテピクス(猿人)が、どこからか現れた黒いモノリス(石版)に出会い、何故か骨を棍棒にして動物を殺すことを覚える…。

猿人が空高く投げた骨は、漆黒の宇宙空間に浮かぶ人工衛星の画面に切り替わる。
背景には「美しき青きドナウ」が魅惑的な美しさを以て鳴り響く…。

猿人の時代から400万年後、月面で謎のモノリスが発掘される。そのモノリスから発射された電波が、太陽系を貫いて飛んでいくのを監視ブイが捉えた。

モノリスから発射された電波は、木星を目指していることが判明する。
その行方を調査するため探査船ディスカバリー号が派遣されることになった。

航海の途中、探査船の制御コンピューターHAL9000が狂い、ボーマン船長以外の乗員を殺し、船長は船外にロックアウトされてしまう。船長はHALが予想しない方法で船内に戻り、HALの記憶装置を解除して殺す。

するとビデオが起動しモノリスの電波を発見した科学者が、木星探査の真の目的を明かす。真の目的は地球外生命体と接触することにあった。

木星の衛星軌道上には、もうひとつのモノリスが浮かんでいた。ボーマン船長は船外作業用ポッドでモノリスに近づくが、滝のような奔流に飲み込まれる。

モノリスは空間をワープさせ、何万光年も離れた空間に通じるワームホールを開けたのだ。ボーマン船長は、惑星の誕生から生命の生まれるまでの数十億年の過程を見せられる。やがてボーマン船長の乗るポッドは、突然18世紀風の部屋に到着する。

白い部屋で年老いていくボーマンは、やがて死に、赤ん坊として生まれ変わる。

−エンディング−
宇宙空間に浮かぶ赤ん坊(スターチャイルド)、背景には「ツァラトゥストラはかく語りき」が鳴り響く…。

記憶のなかの「2001年宇宙の旅」

それは神秘的な体験

この映画を観たのはいつ頃だったか定かではないが、場所は銀座だったと記憶する。シネラマ(というのがあった)だったはずである。しかし当時は子供だったので、ほとんど記憶に残っていない。

その後、ビデオやDVD等で鑑賞し現在ではベスト10の一本に入る映画となっている。

どこが良いのかといえば、何よりも、その漂う雰囲気が只ものではないと感じるところである。特に静寂さを漂わす漆黒の宇宙空間に魅せられた。当時はCGなど無い時代にも関わらず、そのリアルさ(宇宙に行ったことはないが)には感動した。

例えば、宇宙空間に浮かぶ骨型の宇宙船、船長がポッド(船外作業船)で船外に出って作業をするシーンなど。また宇宙船の造形や船内のデザインにも関心した。無菌室のような埃ひとつないクリーンでモダンな宇宙船内の様子はとても魅力的である。

現代では、スターウォーズやエイリアンのSF映画で登場した薄汚れた宇宙船や船内空間が主流であるが、本作の造形デザインも捨てがたい魅力を放っている。

船長がワープする時の映像は、まさにサイケデリック・アートであり、CGのない時代の表現として一見に値するものである。神は細部に宿ると云うが、この映画はそんな表現にぴたりと当てはまるだろう。

どの場面を切り取っても美的価値があるし、それは感覚的な意味で耐久性を持ち合わせている。また音楽も映像と相まって魅力を増幅する効果を発揮している。しかし、この作品の本当に凄いところは、その「テーマ」にある。

人間の根源的な問題である、生きることの意味と目的は何か。重すぎるテーマだ。だからこそキューブリックは、視覚的に体験化することで潜在意識に訴求する方法を選んだと思われる。

とにかく、一見の価値ある凄い映画であることは間違いない。

テーマは、ツァラトュストラはかく語りき

2001-02

神は死んだ

19世紀末のヨーロッパでは、科学の発達を背景に科学的思考が重要視された。それにより神はどうも迷信だったのだと思いはじめ、何を目的に生きたら良いのかという不安に陥ってしまった。

そこに登場したニーチェは「神は死んだ」、生きることに意味なんかないと誰でも感じていたが知りたくない事実を公言した。さらに、わたしたち自身が神を目指せばそれが目的になるとも言った。

つまり、人間を超えて超人に進化することが目的になるというのだ。

ツァラトュストラは、人間には3段階の変化があると説いた。はじめに「ラクダ」、神を畏怖しモラルを背負わされた状態、近代以前の人間だ。次に「ライオン」、自我に目覚め、自由意志で神に立ち向かう状態。知恵で自然を切り拓く、近代以降の科学の時代の人間だ。

神を倒したあと、それに代わるまったく新しい価値を生み出すには、最終段階の「幼子」にならなければならない。「幼子」は無垢であり、それはひとつの新しいはじまりであるとした。

キューブリック曰く、「人生は無意味だからこそ、意味と目的を創造することができる。だから、闇がどれだけ深くても自らの手で明かりを灯さなければならないのだ」

2001年宇宙の旅|製作概要

<スタッフ&キャスト>
監督:スタンリー・キューブリック
脚本:スタンリー・キューブリック&アーサー・C・クラーク
主演:ケア・デュリア、ゲーリー・ロックウッド、ウイリアム・シルベスター
公開:1968年
ジャンル:SF

参考文献:町山智宏/著「映画の見方がわかる本」(様泉社)
町山氏の著書には、より詳しい解説が書かれています。興味のある方は是非ご覧ください。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

おすすめ記事