■アート|極私的アート展覧会(1)「アートとマネー」芸術はお金と権力のためにあるか

スポンサーリンク

テーマは、マネー、マネー、マネー!

アートは、いったい誰のためにあるか!

 最近では、現代美術が富裕層の投機の対象となっているといわれる。なにしろ、ダミアン・ハーストのような売れっ子アーティストとなれば、作品1点が何十億円という金額で取引されている。

 昨年、日本のIT起業家は、ニューペインティングのアーティストだったジャン=ミシェル・バスキアの作品を約60億円で購入している。バスキアはすでに他界しており、もはや伝説のアーティストとなっている。

 バスキアの60億円はけっして高くはないかもしれない。それどころか、この先まだ高騰する可能性を秘めている。夭折したために残された作品が限られているからだ。

 日本だけでなく、いまや世界のトップアーティストの仲間入りをした村上隆も、海外では評価が高く、作品の価格もうなぎ上りのようだ。アメリカなどの富裕層は、趣味と投機という2つの側面でアートにお金を出している。なぜなら、いまやアートは金の成る木になっているからだ。

 そんな昨今のアート事情を踏まえつつ、独自に展覧会を企画してみました。いわば、ウェブ限定のキュレーション展覧会である。名付けて「極私的アート展覧会」、その第一回のテーマは以下のとおりである。

 一回目のテーマは、そのものずばり「マネー」である。

 アートとマネーの関係式は、古くは王様や貴族の肖像画に見ることができる。中世以降、長い間アートは一部の特権者に所属したものだった。けっして庶民のためにあった訳ではない。権力者の力の誇示や、権威を示すために利用されてきた。

 19世紀後半、印象派が登場するまでそれは続いた。そして印象派以後、権力者から離れて自由を獲得したアーティストは、アートの既成概念を壊して、新しいアートの地平へと向かっていった。

 例えば、キュービズム、ダダイズム、シュールレアリズム、抽象表現主義、コンセプチュアル、ミニマルアート、ポップアート、ニューペインティングなど、実に様々な概念を持ったアートが登場してきた。

 王様や貴族、宗教などの特権者から離れて自由を獲得したアートだったが、近代以降は、従来の特権者ではなく、事業家という新しいパトロンが登場していた。

 事業家という新しいパトロンは、アートの市場を形成し、そこではアートをお金に変えることができた。そしてアートも投機の対象となり、現在に至っている。

 昨今の現代アートでは、マネーは必要不可欠な存在である。資金があれば壮大なプロジェクトも可能であり、それを実現することで評価も高くなる。さらに、作品の価値が上がり、パトロン(投資家)も喜ぶという具合だ。

イコンとコイン。どっちも市場と芸術の複製的象徴である。
 なぜアーティストはお金にこだわるのか。髭をたくわえたサルバドール・ダリは「20世紀の芸術家なんて、すべてドル亡者だ。私がその権化だ」と大言自嘲した。ダブルの背広があまりに似合うマルボロー・ギャラリーのフランク・ロイドは「私が集めるのはお金であって、芸術作品ではない」とまっとうに豪語したが、こんなことは当たり前なのだ。

 20世紀の芸術家が作品をお金にしている“巧妙な錬金術師”だということは、いまさら問題ではない。ずっと以前からアートはアルス(芸術、美術)であって、アルスは技巧に支払われる対価の対象なのである。(松岡正剛「千夜千冊」より)

極私的アート展覧会(1)「アートとマネー」

本企画展のテーマと趣旨は以下のとおりです。ご参照ください。

テーマ:「アートとマネー」
メッセージ:芸術はお金と権力のためにあるか
テーマ曲:Money-Pink Floyd

趣旨:
 アートとマネーの関係式は、いまどーなっているか。また、アーティストは、マネーをどのように捉えているか。現代美術が、投機の対象となってから久しい。莫大な金額が作品に提示されて、そして売買されていく。

 現代アートは、かつての王様や貴族ではなく、金融あるいは富裕層という目には見えない何かによって支配されているか。アートを所有することは、お金と無縁ではない。そして、アートはそんなお金によって支えられている。

 そのような現代アートを取り巻く状況を鑑みて、アーティスト自身はマネーをどう考えたか、作品の選定基準は、直接的に、または間接的にマネーを隠喩とした作品とし、その意味性を推測し解説していきます。

隠喩とは
 言葉の上では、たとえの形式をとらない比喩。「…の如し」「…のようだ」などの語を用いていない比喩。(比喩:物事を説明するとき、相手のよく知っている物事を借りてきて、それになぞらえて表現すること。)

「アートとマネー」展示作品


マウリツィオ・カテラン「gold loo/金トイレ」
引用:http://blog.goo.ne.jp/jiten4u/e/99397d4b5350f93da94a28df8e7ca2b5
 ニューヨーク近代美術館に設置されたトイレの作品。金であるところがミソか、お金が有り余ると、時として馬鹿げたところに使う場合がある。それを暗に皮肉っていると思われるがいかに。


アンディ・ウォーホル「$ (9)」(1982年)
引用:http://artscape.jp/focus/10097469_1635.html
 ドルマークをモチーフにしたアート作品。ウォーホルの本領は、作品をお金に変える才能に秀でていたことだ。この作品は、きっと本物のドルを多く稼いだにちがいない。ドルでドルを稼ぐという、ある意味では、嫌味たっぷりの作品となっている。


ダミアン・ハースト「For the Love of God /神の愛に捧ぐ」(2007)
引用:http://www.damienhirst.com/images/hirstimage/DHS5796_771_0.jpg
 ダイヤモンドを使った頭蓋骨の彫刻!ダイヤは権力者や富裕層の装飾として欠かせない。ダイヤを死後の世界にまで持ち込む自意識は傲慢というしかない。もちろん、ダイヤがマネーの代替えであるのは言うまでもない。


ヨーゼフ・ボイス「芸術=資本」(1979)
引用:http://1000ya.isis.ne.jp/1156.html
 お札に、芸術=資本とサインをした作品。ボイスは、一見するとお金とは無縁に見えるが、それでもアートがお金と無縁ではないことを、実に簡単明瞭に示してみせている。


ヴィクトル・デュブルーユ「金の十字架」(1896)
引用:http://1000ya.isis.ne.jp/1156.html
 デュブルーユは、お金ばかりを題材にして絵を描いていたといわれる。この作品は、お金を十字架に見立てている。お金こそ信仰に値するとでも言う様にである。


エリー・ハリスン「経済危機の歴史」
引用:http://www.fashion-headline.com/article/img/2013/04/30/1541/15230.html
 現在までに起こった11の世界的な経済危機を、ポップコーンがはじける様子で表現している。


aliexpress.com ドルプリント発汗トレーナーとパンツ
引用:https://ja.aliexpress.com/popular/sweat-dollar.html
 これはアートではなく、商品として作られたものだ。しかし、お金に身を包むという概念は、実にアート的な発想である。


ドルusdポスター画像プリント壁画のリビングルーム
引用:https://ja.aliexpress.com/popular/oil-dollars.html
 上とおなじく商品らしいが、お金に対するあからさまな姿勢が実に清々しいといえる。


ジェフ・クーンズ「マイケル・ジャクソンとバブルス」(1988年)
引用:http://www.newyorker.co.jp/magazine/pickup/from_ny/post_89/
 モデルは、「マイケル・ジャクソン」と、ペットのチンパンジー、「バブルス」。世界最大の陶器の作品であるらしい。しかもマイケルが金色に塗られている。それは言うまでもなく、ゴールドでありお金を象徴しているはずだ。

冒頭作品:
「ヴィンテージアート/ワールドマネー」
アートコレクション「ヴィンテージアート」ジグソーパズル
引用:http://www.info-ginza.com/beverly/2015/03vintageart/index.html

芸術と貨幣 マーク・シェル(著)
聖杯やイコン、だまし絵、20世紀のコンセプチュアルアートまで、接点などないと思える芸術と文明の産物に貨幣という共通語を見出し、視覚芸術における多様な美的・宗教的・政治的・経済的信仰の結び目を論じる書。
芸術と貨幣

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

おすすめ記事