■社会|英語公用語化のその後 楽天、海外からの撤退が相次ぐのはなぜか

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日本人同士でも英語で会話する可笑しさ

 あれはいつ頃だったか、とある某企業は英語を公用語化すると大々的に発表した。いくつかの新興企業がそれに続いたが、大企業の多くは静観するに留まった。あれから何年が経ったか知る由もないが、さぞかし海外展開も順調なのだろう、と思っていたが、さにあらずであることが最近になって分かった。

 とある某企業とは、楽天のことである。みなさんも記憶にあると思うが、経営トップは、英語公用語化を世界の潮流であるかのごとく、得々と述べていたのを覚えている。狭い日本など問題外だ、海外こそ本流だと勇ましかったが。

 この某企業=楽天では、英語公用語化以降、社内(日本の)では英語以外は禁止にされたとかいわれていた。断っておくが、日本国内でかつ日本人同士でも英語で会話することが規則となった、ということだ。(その実態は知らないが)

 経営トップのその判断は、とにかく一刻も早く英語公用語化を推進することにあったと思われる。それはある意味では分からないではない。しかし、それが故に現場ではかなり支障をきたしたといわれている。

 業務推進に必要な社内のやりとりなどで、いくら英語で会話しても、ボキャブラリーの不足から、意味がいまいち通じあわず、密かにあとで日本語でやりとりしていた、とかいう内部事情が漏れ伝わってきていた。

 いやはや、なにか本末転倒のような気がするがいかに。日本国内で、しかも国内の仕事のやりとりを英語でやる意味がよく分からない。

 しかし、経営陣はそんなことおかまいなしに得々として、英語公用語化をいわば自慢していたように見受けられた。その証拠に、会社の何かのパーティーの際には、グラスを片手に「かんぱーい」とは言わずに、

「チアーズ!」と、満面の笑みを浮かべながら言っていた。

 それが似合っていたかどうかは、今さら言うまでもないが…。

チアーズ(Cheers)、英語圏での乾杯の時の発声。
楽天、海外からの撤退が相次ぐ

 楽天は、ガラパゴスを脱して世界へ、という勇ましいかけ声とともに海外展開を積極的に推し進めてきた。はたして、その成果はどうなったか。

楽天、アマゾンに完敗し海外事業撤退の嵐…「ガラパゴス化」加速
2010年2月中旬、三木谷氏は記者会見で「真の世界企業を目指して海外に軸足を移す」と大見得を切った。6カ国・地域で展開している事業を最終的に27カ国・地域に拡大するとして、世界一のインターネット企業になるべく英語を公用語にした。

 しかし、その成果は残念ながらいまだ成らずということになっている。

 10カ国で展開していた楽天の通販サイトは、いまでは5カ国に半減している。27カ国に展開するとした当初の構想はもろくも崩れ去った。

 なかでも、もっとも近隣であるアジア地区から総撤退していることから、楽天の事業には、なんの魅力も優位性もなかったことが証明されている。

「アマゾン」は言うまでもなく、アジアでは中国の「アリババ」などが市場を独占して、もはや楽天の付け入る隙さえないといえる。

 楽天の海外展開じたいは悪いことではない。しかし、英語公用語化共々、いかににも性急すぎたのかもしれない。なにか、海外で差異化を生み出し、優位性を発揮できるものがあるとも思えず、なにを根拠にしたのかが不明である。

 楽天といえば、巷ではあの見にくくて、醜いサイトの作りがなにかと話題に上る。ナビゲーションが悪くて、目的の商品にたどり着くのも困難とさえいわれる始末だ。一部では、あれは意図的にしているという声もあるが。

 もしかして、楽天はあの評判の悪いサイトづくりを世界のスタンダードにするつもりだったのか。ま、それはないだろうな。もしそうだったら、どんだけうぬぼれが強く傲慢なんだというしかない。

 とにかく、楽天には国内事業の信頼性を高めることの方が、先決なような気がするがいかに。ちなみに、楽天は海外の通販サイトは縮小するが、その変わりに金融事業を海外展開していくとしている。

 こんどこそ楽天には、ぜひ英語公用語化の真価をみせてもらいたいもんだ。

英語教育の現状はいかに


中高生へのアンケートより(ベネッセ教育総合研究所)

 英語が話せることは、話せないよりいいに決まっている。なんせ、英語は世界に通じる数少ない言語だからだ。しかし、だからと言って日本人が日本語をおろそかにしていいという訳ではないだろう。

 英語が話せれば、日本語なんてどうでもいい、どうせガラパゴスだからという人たちもいるが、はたしてそれが正解か否か。前述した楽天は、いわば日本語を捨てて、ある意味では文化という土壌もなくしたといえる。

 顧みる文化もなく、たんに英語という共通言語のみに頼れば、何が差異を生み出すかである。英語文化圏には顧みる文化が根底にあり、一方にはなにもない、それを考えるとおのずと結果は見えてくるように思えるが。

 考えてみると、英語圏の植民地だったところの多くが、いまでは英語が公用語化している。フィリピンなどが代表である。しかし、英語の達者なフィリピンがグローバル世界で何か画期的なことをしてきたか、といえばノーである。

 フィリピンには失礼であるが、それは事実である。ちなみに、英語圏だけでなく、スペイン語圏やフランス語圏でもおなじことがいえる。

 このようなことを俯瞰してみると、英語をいくら上手に話しても、アイデンティの拠り所となる文化的な土壌がないと意味がない。例えば、日本人なら漢字を知っていることは、差異を生む要素のひとつとなるに違いない。

英語教育よりも漢字教育が大切であり、幼児の知能指数が漢字学習で100から130にも伸びた
英国ケンブリッジ大学のリチャードソン博士が中心となって、日米英仏独の5カ国の学者が協力して、一つの共通知能テストを作り上げた。

そのテストで5カ国の子ども知能を測定したところ、日本以外の4カ国の子どもは平均知能指数が100だったのに、日本の子どもは111だった。知能指数で11も差が出るのは大変なことだというので、イギリスの科学専門誌「ネイチャー」に発表された。

博士らがどうして日本の子どもは知能がずば抜けて高いのか、と考えた所、この5カ国のうち、日本だけが使っている漢字に行き着いたのである。この仮説は、石井式で知能指数が130にも伸びる、という結果と符合している。

英語に関する意識や関わり(中高生へのアンケート、ベネッセ教育総合研究所)
英語の必要性は認識していても、自分が使うイメージは低い。
中高生ともに、将来の社会での英語の必要性は感じている一方で、自分自身が「英語を使うことはほとんどない」という回答が4割以上。

上場企業における英語活用実態

 英語が理解出来る、話せるに越したことはないのは言うまでもありません。しかし、日本では英語教育のどこかで掛け違いがあるままに放置されている、そんな現状にあると思われてなりません。

 とにかく中高の英語教育が変わらない限り、日本人は英語が苦手のままだろう。もしかしたら、民間の英語教育業者のために改善しないのかもしれない。

社会人の常識漢字ドリル2 ([テキスト])
PCやスマホの利用で、大人になればなるほど、字を書くことが減る時代。それにつれて、漢字を忘れる人も多い。社会人としてのマナーの再確認と漢字の勉強が両立して行える!(アマゾンレビューより)
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