■音楽|ニール・ヤング ハート・オブ・ゴールド 希望と現実の狭間で揺れる心情が切ない

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思いやりのある心と、不条理への怒り

ハート・オブ・ゴールド 1972年

 ニール・ヤングといえば、なにはともあれ「ハート・オブ・ゴールド(孤独の旅路)」を思い出す人たちが多いと思われる。たぶん、ニール・ヤング最大のヒット曲であり、70年代の音楽シーンの記憶にも残された名曲であるはずだ。

 ある意味では、不朽の名作ということができる。それは、ジョン・レノンの「イマジン」などと同一レベルであると言っても過言ではない。(個人的に)

 ニール・ヤングは、多くの楽曲で「ハート・オブ・ゴールド」のように、思いやる心を歌い、そして同じくらい不条理に対する怒りを歌にしてきている。

 昨今、なにかと人の気持ちを蔑ろ(=騙す)にしてでも、勝ち上がることが重要視される傾向が顕著となっている。そんな時代だからこそ、「ハート・オブ・ゴールド」は一層、心に染み渡ってくるような気がしてくる。

■”思いやりのある心”(heart of gold)/詞・曲ニール・ヤング

I want to live, I want to give
私は生きたい、私は与えたい

I’ve been a miner for a heart of gold
私は探し続けてきた、思いやる心を

It’s these expressions I never give
それはこれらの表現では、決して与えられないものだ

That keep me searching for a heart of gold
私は思いやる心を探し続けている

And I’m getting old
そして、私は年を取っていく
Keeps me searching for a heart of gold
私は思いやる心を探し続けている
And I’m getting old
そして、私は年を取っていく

(以下省略、訳詞は個人的解釈を含んでいます)

バッファロー・スプリングフィールド 1966年

 ニール・ヤングは、1945年、カナダオンタリオ州トロントで生まれている。

 その音楽性(カントリーの影響あり)から、生粋のアメリカ人かと思っていたが、意外にもカナダ出身であった。とはいえ、アメリカとカナダは地続きの北アメリカ大陸であり、ルーツを考えればおなじ土壌にあると思われるが。

 ちなみに、シンガーソングライターのジョニ・ミッチェルとは、大学の同窓生だとか、おなじ音楽クラブに在籍して一緒に歌っていたそうだ。

 ヤングは、「バッファロー・スプリングフィールド」というバンドで音楽シーンにデビューしている。その後、ソロ活動を経て再び「クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング(CSN&Y)」というバンドに参加している。(上の動画はバッファロー時代:インディアン風の上着を着ているのがニール・ヤング)

 バファッロー・スプリングフィールドは、わずか2年余り(66年〜68年)の短命に終わったが、個性的で、かつキャッチーな音楽性が評価されていた。66年に発売した”For What It’s Worth” は100万枚を売り上げている。

 解散の理由は、リーダー的存在だったステーブン・スティルスとヤングの対立にあったといわれている。がしかし、それ以外にも当時のバンドにありがちなドラッグによる問題も多々あったようだ。

 いったんソロになったヤングは、ふたたびスティルスに誘われて「CSN&Y」に参加している。CSN&Yといえば、息の合ったコーラスが特徴であった。しかしヤングは、今度も異端視されて、やがては脱退していくのだった。

CSN&Y「オハイオ」(Ohio) 1970年

 CSN&Y時代のヤングは、プロテスト・ソングの名曲「オハイオ」(Ohio) を発表している。これは、ケント州立大学銃撃事件をテーマにしていた。

ケント州立大学銃撃事件
1970年5月4日、ケント州立大学ではアメリカのカンボジアへのベトナム戦争拡大への抗議をする予定だった。しかし大学の関係者は、この集会を禁止しようとした。それにも関わらず、すでに数千人の学生が集まっていた。

 集会を解散させるために州兵が動員されたことで混乱が生じ、あげくに銃撃で4人の学生が死亡した、という事件であった。

 ヤングは、この事件の報道写真を見て歌詞を書いたといわれている。

■オハイオ(Ohio)/CSN&Y 詞・曲ニール・ヤング

Tin soldiers and Nixon coming,
We’re finally on our own.
This summer I hear the drumming,
Four dead in Ohio.

錫の兵士とニクソンが来て、
私たちは最終的に孤立してしまった
今年の夏、ドラムを鳴らす音が聞こえる
オハイオで4人の死者がでた

Gotta get down to it
Soldiers are cutting us down
Should have been done long ago.
What if you knew her
And found her dead on the ground
How can you run when you know?

私たちは、いよいよ立ち上がらなければ、
兵隊は私たちを倒そうとしているんだから
前にも、そんなことをされたはずだ

あんた、あの娘のことを知っていたらどうするんだい
あの娘、地面に倒れて死んでいたんだぜ
それが解った時に、あんたどう行動しようというんだい

「オハイオ」に限らずヤングの楽曲には、メッセージ性の強いものが多い。世の中の不条理に憤り、怒りがある意味では創作のバネとなっていた、と考えられる。「オハイオ」に通じるものとして、「アラバマ」という楽曲があり、これは南部の黒人差別という人種的偏見をテーマとしていた。

アラバマ(Alabama) 1972年

 この「アラバマ」には、のちにアメリカ南部への偏見だとしてアンサーソングが出されている。それがレイナードスキナードが発表した「スィート・ホーム・アラバマ」という曲である。

 ちなみにレイナードスキナードとニール・ヤングは、意外にも仲がよいそうだ。意見が異なることも堂々と言い合える、そんな関係であるらしい。

 ヤングは、怒りとは対極にある、他者を思いやる心を大事にしたいとも思っていたようだ。その代表が「ハート・オブ・ゴールド」であるのは言うまでもない。

 とはいえ、創作者は実に複雑な心情を内に込めている。思いやる心を大事にと歌っても、ヤングはスティルスと対立していたことは否めなかった。

 そのような複雑な想いと、また自身への戒めとして、思いやる心を持った、寛容な人間になりたいという想いを、「ハート・オブ・ゴールド」という楽曲に込めたのかもしれない。あくまで個人的な想像ですが…。

■アラバマ(Alabama)/詞・曲ニール・ヤング
 
Oh Alabama
おゝ、アラバマ

The devil fools with the best laid plan.
悪魔はこの上なくよく練り上げたプランで誑かすのだ

Swing low Alabama
軽やかに揺れろや、アラバマ

You got spare change
おまえは変化を回避する

You got to feel strange
へんだと感じるべきだぜ

And now the moment is all that it meant.
そう、いま、この瞬間にこそ、その意味がすべてあるのだ

冒頭写真:https://cdn-images-1.medium.com/max/800/1*oOhK5zsJRXtwSVCQaA1xGA.jpeg

訳詞は、いくつかの訳を参考に個人的な解釈を加えています。正確なものとはいえないので、参考レベルでご覧になってください。

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