■社会|会社は誰のためにあるか 経営者の脳みそをパラダイムシフトせよ

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いまだに出世は忖度の度合いで決まるか

日本の企業はどこに向かっている

 最近では、日本の経営者もだいぶ変わっているはず、と思っていたが、さにあらずであった。あいかわらず学閥とか、上司ウケとかが出世の糸口であるらしい。いやはやである。時代は動いているというのに…。

 むかーし(90年代後半)、セガなんとかが業績悪化するなかで、退職を促すリストラ部屋がマスコミで話題となったことがある。あれから約20年ほどが経過した。

 当時は、ソニー(現在回復中)やシャープ(外資に買収)、東芝などの大企業が今日のような苦境に陥るとは想像できなかった。いま思えば、日本企業の劣化、ガラパゴス化は90年代後半から如実となったといえる。

 大企業、とくに電機関連の企業は概ね苦境に陥っている。我が世の春を謳歌し、世界に名を轟かした日本の企業もいまでは著しく評価を下げてしまった。総花的経営はすでに時代の流れに合わず、その対策はさらに後手に回っていた。

 前例踏襲の経営幹部たちは、時代を読めなかった。相変わらず社内政治に忙しく、顧客や会社の目的を真摯に考えなかったに違いない。

 90年代半ば、ソニーにアップル買収の話がきていたそうだ。当時のアップルは倒産間近といわれていた。ジョブズはまだ復帰していなかった。ソニーはそれを断ったといわれる。もし、ソニーに買収されていたらジョブズの復帰もなく、iMacもiPodも、そしてiPhoneも生まれなかったかもしれない。

 現在アップルの年間売上高(2016年)は、約22兆円(純利益4.6兆円)となっている。IT系企業だけでなく世界の企業のなかでも群を抜く業績である。

 一方ソニーの年間売上高(2017年)は、約8兆円となっている。業績は回復基調にあるといわれるが、とにかく製品で目立ったものが見当たらない。イメージセンサーやプレイステーションがエレクトロニクスの核となって、そしてエンタメと金融が下支えしているようだ。

 ソニーはかつてアップルを見下していた。それを考えると隔世の感が拭えない。

 日本企業の劣化、低迷はいかにして起きたか。それは経営者と経営幹部たちの責任の所在の曖昧さにあるのではないか。東芝を苦境に陥れた経営者が、いまでは日本郵政の社長だか会長に、しれっとして就いているのがその証拠だろう。

 このような状況を曖昧にしては、日本企業の未来には暗澹たる有り様しか見えてこないと思われるがいかに。

出世するには「仕事ができる」は関係ない?

 現在、世の中は景気が良いらしい。「ほんとか」と思わざるを得ないが、政府やマスメディアの報道だけで判断するとそうであるらしい。

 一般消費者には、そんな実感は乏しいが、それはなぜか。たぶん、儲かった金は企業の懐に仕舞われたのではないか。いわゆる内部留保というやつである。これで潤うのは一部の株主と経営幹部だけということができる。違うか。

 バブルともいわれているが、80年代バブルを体感した当方にしてみれば、お金が回っていないこと夥しい限りだ。

 とにかく、昨今の風潮を顧みれば、なんだか一部の利権保有者の懐を潤わす様な仕組みばかりが進んでいる。株高というのが代表格だが、その他には非正規雇用の増大で儲かる仕組みがあるはずだ。企業は儲かれば、理念もクソもない。

処世術とはいかにーー
 それはさておき、日本的な処世術というものがある。いわゆる出世するための方法論として、昔から言われてきた幾つかの行動基準のことである。

 そんなのは、もう過去のものと思っていたが、さにあらず現代でもしっかり効能を発揮しているようだ。その処世術の代表的なものを列挙すると以下の様になります。なお、他にもあるが省略します。あしからず。

<出世のための処世術>
・他人の悪口を言わない、明るく、社交的である。
・トップや上司の気持ちを汲み取ることができる。
・上司や周囲に花をもたせる、仕事仲間への心遣いを欠かさない。
・自分の責任になる明確な指示はしない。
・スピーチや文章がうまい。
 ↓
(そして、いつのまにか成果を自分のものにする)

 等々、処世術の基本は、他人に好かれることといえる。とくに上司、またはトップに好かれることは、まさに出世の糸口になる。みなさんもお気付きと思うが、たいして仕事もできないのになぜか出世していく人がいる。

 そんな人は概ね、上司やトップに愛い奴だと思われている。これが案外バカにできない。なぜなら、どんどんと出世して、やがては社長というトップになる場合もあるからだ。上司や仲間に好かれているから一見すると良いことと思われる。

 しかし、企業の目的を考えてみれば、顧客あっての企業である。上司や仲間に好かれる気配りが経営トップの最重要事項とはいえない。上司や仲間よりも、顧客を優先することの方が重要視されるべきだ。

 昨今いわれるイノベーションを生み出すには、たぶん社内的な軋轢は避けて通れない。仲良くだけでは革新的な技術やサービスは生まれない。それを忖度で出世したトップにできるか。たぶんできないだろう。その前にそもそもイノベーションなんて考えもしないかもしれないが…。

 そういえば、イノベーションの雄アップルのジョブズは、社員に嫌われていた(恐れられていた)ことで有名であった。

 スピーチや文章がうまいのは、ある意味ではごまかしができると同義である。よく冠婚葬祭などでうまいこと言う人がいるが、なんら心に残らない場合が多い。それはなぜかといえば、真摯なビジョンに欠けているからだ。

 表向きの体裁を整えるのに長けているのが、処世術(とくに上司に好かれて)で出世した人の特徴と言うこともできるだろう。

 現代の企業では、かつてのような前例踏襲型の仕事や仕組み、判断基準では時代の流れについていけなくなっている。このような時代にあって経営幹部やトップが、単に上司の覚えがめでたいというだけで出世していたのでは、企業そのものが立ち行かなくなる日もそう遠くないに違いない。

 日本では十年一日の如く、端から見るといかにもエクゼクティブらしいとか、貫禄のある経営者とか言われるのを良しとする傾向にあるが、それを一体いつまで続けるつもりか、と思わざるを得ない。

 そんな見てくれ重視だけなら、AI(人口知能)にでも変わってもらった方がずーと企業と顧客のためになるだろう。

 変わりそうで、なかなか変われない。それが日本的経営の根深い問題である。

何が人生を分けるのか、運のいい人の世渡り術
 いったい、大した実力もないのにとんとん拍子に出世し活躍できる運の良い人とそうでない人は何が違うのだろうか。

 運の良い人は、基本的に人の悪口は言わない。常に未来志向でポジティブ。俺が俺がとは前に出ず上司や周囲に花を持たせる。社交性があり、誰とでも仲良く話す。仕事をする仲間への心遣いを欠かさない。

 抜群の成果は出さないが、そこそこの結果は残す。ものごとの前提を問うような鋭さはない。そして、これが重要なのだが、スピーチや文章がうまく、仕事では大したことをしていないのに、あたかも一番成果を出した人のように、「あの人のおかげで成功したのだ」というように錯覚して記憶される……

自分の頭で考え、決断する能力を失った

 イノベーションに挑むより、NTTのご機嫌を取っていた方が安泰だ。

 パナソニック、ソニー、東芝、NEC、日立、富士通、三菱電機、シャープなどのガラパゴス携帯の電機産業集団は、NTTにおんぶにだっこで安泰と思っていたらしい。その後、携帯市場はアップルやサムソン、そして中国メーカーにあっさりと根こそぎ奪われたのは自業自得というしかない。

NTTドコモへの忠誠心が、“ガラパゴス化”という結果を招く
 NTTによる独占状態にあれば、当然「下請け」にあたる電電ファミリーは「NTTの言う通り」に通信機器を開発する癖がつく。イノベーションに挑むより、NTTのご機嫌を取っていた方が安泰だ。

 その体質が日本の中だけで特異な技術進化を遂げてしまい、世界に通用しないガラパゴス化を起こしてしまう。NTTには可愛がられたが、それと引き換えに自分の頭で考え、決断する能力を失った。そのツケは携帯電話の敗北となって現れる。

 日本の電機産業は、なぜ海外で通用しない携帯ばかり作り続けてしまったのか。

 それはNTTドコモという最大手の通信会社のいいなりだったからだそうだ。製品の仕様などの企画はNTTが行い、それに沿った形で製品化が進められていた。各電機産業は、携帯という新しい市場をNTTに委ねてしまった。

 それで世界市場でも通じていればいいが、結果はガラパゴスで終わってしまった。返す返すも考えることを放棄したツケは大きかったと言わざるを得ない。

 電機産業各社は、携帯を単なる副業的な位置付けとして捉えていた。読みが浅かったのは言うまでない。アップルやサムソンは携帯事業に注力し、日本のメーカーはついに太刀打ちできなくなっていた。

 ここでも各電機産業の経営陣の無能さが浮き彫りになっている。経営陣は、NTTという巨人に寄り添うことで、困難なイノベーションではなく、安易で無難な道を選んだ。そして、その後のIT業界でもおなじ轍を踏んでいる。

 電機産業各社の携帯事業での敗退は、経営者、および幹部の選択、判断のひとつで企業の盛衰は決まってくることを物語っている。

 もはや、「経営陣を処世術で選ぶ時代は終わった」と言っていいだろう。

学閥という鵺が跋扈する

 嘘だろう、と思ったがまだ続いているらしい。それが何かといえば、企業の学閥である。慶應義塾大学は数多くの企業経営者を輩出しており、財界などでの影響力はなんと東大を凌ぐそうである。

 慶應閥は、関係性を活かした企業の提携や合併などで効力を発揮しているといわれる。あの三越伊勢丹の合併もそのひとつであるらしい。たしか映画会社の東映も慶應閥だったはずだ。サントリーや三菱UFJ、フジテレビなども、最近では慶應閥の関係性に期待されているといわれる。

 しかし、なんでいまさら学閥なんだ、と思うのは門外漢だからか。学閥という狭い領域にこだわっていたら、この時代の企業は生き残れるのか。それが疑問である。昨今の日本では地縁、血縁などが幅を利かす社会ではなくなったといわれるが、学閥はまだ息絶えていないらしい。

 学閥を端的にいえば、おなじ学卒というコネ(縁故)の関係性である。

 地縁や血縁、そして学閥などは、どちらかといえば発展途上国のイメージにある。先進国なら、能力を優先した人脈こそが大事であると思われるが、理屈と現実はどうも違うようだ。

 先進国でもフランスや英国は階級社会にあり、エリートはエリートで集団を形成しているようだ。中国などは、もっともコネが幅を利かすことで世界に名を轟かしている。政治から商売までなんでもコネが優先するらしい。

 学閥とは、一種の閉鎖された社会であり、限られた人間関係でしかない。その関係性を優先的に考えたとき、はたして企業の競争力に及ぼす影響はいかに、と思わざるを得ないが…。三越伊勢丹は学閥で回復できるか要注目である。

 かつて、ドイツはナチスという怪物が跋扈して、ゲルマン人(アーリアだったか)こそが最高の人種とされた。学閥には、門外漢からするとそれとおなじ匂いがして仕方がない。少し穿ち過ぎとは思うが、それでも学閥というと、あまりに狭い了見と同義と感じてしまう。

三越伊勢丹やローソン トップが慶應出身の縁で企業再編も
 数多の有名社長を輩出する慶應義塾大学。財界での影響力、存在感においては最高峰・東大をも凌ぐほどだ。東京商工リサーチの2015年12月段階の調べによると、上場企業社長出身大学ランキングで1位は慶應の321人。

 早稲田の230人、東大の219人と続く。その勢力の源には、慶應OB組織「三田会」の存在がある。36万人を超える「塾員」たちの結束力と人脈は、企業再編にまで影響を及ぼすといわれる。

おまけ/どつぼに嵌まったフジテレビ

 80年代に突出した成功を収めたフジテレビは、いま何処状態に陥ってから久しい。なんでこうなった、と当のフジテレビは気が付いていないらしい。

 それが証拠にいまだに、笑えないバラエティーや、FI層(20歳〜34歳の女性)向けのドラマなどにこだわっている。一体いつまで過去の成功体験に縋るつもりだろうか。動画配信が隆盛になるに連れてテレビの存在価値が薄れているというのに。

 正直言って、フジテレビがどうなろうとちっとも気にならない。そんな当方のような視聴者を増やしてしまったフジテレビの罪は深いと言わざるを得ないだろう。なぜなら、フジだけでなくテレビ全体を見なくなっていくからだ。

 フジテレビの凋落の原因は、なにも韓流過多だったからではない。他の局でも韓流は流していた。なぜ、フジテレビばかりが問題視されたか。それは、対処の仕方が上から目線で、顧客(視聴者)を甘く見ていたからだ。

 いや、視聴者をバカにしていたのではないか。顧客をないがしろにして企業が存続した試しがない。それを知ってか知らずか、俺たちは業界様だぞといわんばかりだったように思われる。それはつい最近まで続いていた。

 経営陣の無策は言うに及ばず、そこで働く人たちも同類となっている。苦境に陥ってもなお、似たような番組ばかり作る姿勢には唖然とするばかりだ。

 社内には問題提起する人材がいないのか、それともできないのか。端から見ていると信じられない有様といえる。とんねるずなんて、さっさと切れ。くそおもしろくないバラエティはさっさとやめろ、と言いたい。(見てないけど)

 関係のない一個人として言わせてもらえば、フジテレビはいまとは真逆に舵を切れ、そしてニュースと真摯なドキュメンタリーに特化すればどうか、と思うがいかに。ま、フジテレビがなくてもこまらないから、どーでもいいが。

元社員が迫る「フジテレビがダメになった原因」は、すべての会社が教訓とするべき事象である
「楽しくなければテレビじゃない」という感覚をいまだに原点として、あの黄金期に何度も戻ろうとする。視聴者は、世間の生活感覚からかけ離れ、仲間内だけでお祭りを続けている番組に呆れ果てている。いくら制作サイドが盛り上げようとしても、視聴者はついて来ない。もう、あの頃の“フジテレビ村”には戻れないのだ。

追記:
 日本企業、とくに大企業のシステムの劣化が激しい。現有資産(ブランド、技術含む)の活用ひとつとっても、プロパーではしがらみに取り込まれて曖昧模糊な判断しかできない。かつての日産や、そしてシャープのように外資から送り込まれた外国人経営者の方がずーとましかもしれない。

 苦境に陥った大企業には、コンサルタントが雇われていたはずだ。しかし、なんの役にも立っていない。唯一役に立ったのは首切りコンサルだけである。

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東芝をはじめとする日本の大手電機メーカーは、国内に築かれた、ある二つの巨大な『ファミリー』に所属することで、これまで計り知れぬほどの恩恵を受けてきました。
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