■時代と流行|ファッションとデザイナーズブランド

スポンサーリンク

キミは白いスーツを買ったことがあるか?


傷だらけの天使 DVD-BOX II
1974年に放送された、いまや伝説的といわれる青春ドラマの傑作!!

ファッションについて書いてみよーと思うのである。断っておくが、ファッションに詳しい訳ではない。ただ単にそう思い付いただけの事である。

わたしのファッションにおける、最大のエポックメイキングな出来事といえば、「デザイナーズ・ブランド」である。これは、海外ブランドではなく、主に日本人デザイナーが主役となったブランドのことである。

70年代後半から80年代後半までの10年程が最盛期だったように思うが、如何に。有名だったブランド名は、ビギ、ニコル、ピンクハウス、ケンゾー等、少し後にはコムデギャルソン、ワイズなどが続いて人気を得たのであった。

デザイナーズ・ブランドとは何だ!

その製品の価格は高く(海外ブランド程ではない)、既存メーカーの大量生産品とは異なるデザイン性、希少性を付加価値としてアピールしていた。それに、当時のヤング(これは死語か)は、米つきバッタの如く飛びついたのである。デザイナーは一躍ヒーロー的な扱いとなり、そして有名人となった。

ぼろ儲けした経営者は、不動産を買いあさりビルを建てテナントに貸すようになった。そして、自らも飲食店(お洒落な)の経営を始めるところもあった。しかし、その頃になると熱が冷めるように顧客は引き始めた。そして時代は変わり台頭してきたのが、「セレクト・ショップ」であった。その代表的なお店が、ビームスであった。

わたしは、この当時(80年代のいつか)とんでもないことをしていた。たぶんメンズビギだったと思うが(ニコルかもしれない)、なーんと「白いスーツを購入した」のである。そして、それを着て青山界隈、骨董通りを歩いていたのである。

いまだから言えるが、当時はどうかしていたのである。いまならホストとか言う人種が、そこいらに多く存在するのでどうと言うことではない。

当時はそんなことはなく、一般人が白いスーツとはいかがなものか。と、思うところである。それは当然であろう。しかし、ある意味ではワイルドであった。いや無謀というべきか。それでも、まー、考えようによっては幸せな時代であったと思うのである。いまでは、とてもじゃないがそんな行為はできないのである。

前段の部分で記述漏れがあったので追加する。前述したデザイナー・ブランドを後追いし、真似する形で人気となった「キャラクター・ブランド」というのがあった。これは、絵柄のキャラクターでなく、有名デザイナーはいないがデザイン性にこだわり、それを強調していることを表していた。

代表的なのが、コムサ・デ・モードである。もう、お気づきだろうと思う。海老蔵事件で知られたテナントビルを経営しているのが、このコムサの系列会社である。前述した様に利益は不動産にというのが、この業界の鉄則であるようだ。

さて最近はどうなっているのだろう。そういえば数年前まで、えらく羽振りの良かった2号だか、ニゴーだか忘れたが、その人が経営する「エイプ何タラ」というブランドが中国の企業に買収されたと何かで読んだ。売却額が負債込みで10〜20億ぐらいだった様に記憶している。

原宿の自社ビル(自宅?)やロールスロイス・ファントムをはじめ多数の高級車、ヒルズにも部屋を持ちアート作品のコレクションも多数保有していたと記憶する。負債込みで20億ぐらいで買収されるとは、案外たいして売れてなかったんだね。2000年代は、裏原宿がよく話題になってたと思うが、どこも同じようなものか。

それにしても思うのは、わたしの白いスーツはいつ、どこにいったのだろう。遠い記憶の彼方へと行ってしまったのか!。それは誰も知る由もなかったのである。終わり

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

おすすめ記事