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■小説|チンピラの夏(6)最終回 夏の終わり

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この夏も間もなく終わる、そして二度と戻らない!

<前回までのあらすじ>
 オレは、テキヤ系組織の一員だ。普段は、地元のスーパーでクレープの屋台を出している。夏も盛りになる頃、社長に呼ばれて半島の南端にある海の家に行けと言われた。海の家では夜になるとクラブ営業をしていて、そこの防犯要員としてかり出されたのだ。そこでは、昼間は海の家でかき氷を作り、夜はクラブでボディガードをしていた。そして、いま半月ぶりに地元に戻ってきた。もうすぐ花火大会だ。オレたちの稼ぎ時である。

チンピラの夏(6)最終回 夏の終わり

作:cragycloud
登場人物:オレ

 8月も半分が過ぎた。オレは、半島の南端から地元に帰ってきた。約半月ほどであったが、ずいぶん久しぶりに感じるのは何故だろう。半島の南端は、海水浴客で賑わっていたが、ここ地元は相変わらず歩く人もまばらだ。

 住宅は、山を崩して宅地開発されて延々と続いているのに、人を見かけないとはどういうことだ。ただ車が行き交うだけだ。なんとも寂しい街だ。などと久しぶりの地元を感じていた。

 オレが、久しぶりに事務所に行くと社長から呼ばれた。海の家での仕事ぶりが、報告されていたようだ。ご苦労だったと慰労された。オレは恐縮したが、社長はさらにオレに言った。お前にひとり付けるからいろいろ教えてやってくれと言われた。

 なんと、オレに後輩が付いたのだ。いままで一番の下っ端だったが、今日からは違うようだ。

 なんてことだ。この商売をやろうという奇特な若い奴がいるとは、不思議な感じがした。社長に挨拶をしてから、兄貴分のところに行った。

 兄貴分のマネージャーが言うには、新しく入った若い奴は、オレより二つ下のようだ。高校を出てまだ間もないそうだ。なんとなく予感はしていたが、やはり社長の知り合いの紹介のようだ。どうせ、手も付けられない半端ものに違いない。

 オレは、やれやれだと思っていた。久しぶりにスーパーでクレープを焼くことになった。新人にクレープの焼き方を教えてくれと指示された。マネージャーは、暑過ぎて売上が悪いとこぼしていた。

 それには納得であった。なにしろ暑過ぎるのだ。

 地元では、もうすぐ花火大会がある。これは、オレたちには稼ぎ時だ。その準備もあり、しばらくは忙しくなるはずだ。スーパーに行く準備をしていると、誰からか声を掛けられた。

「アニキー、ちわーす!」
「ん?…。なんだオレのことか」

「あ、そうす。あれっす。マネージャーから今日からあなたが兄貴だと言われました」
「まじか。お前、名前はなんて言うんだ」

「ケンジっす。でもケンと呼んでください」
「そうか。それじゃー、ケン。いくぞ仕事だ」

「うっす」

 しかし、なんだこいつ。派手なアロハ着やがって一昔前のチンピラか。それに、何故かリーゼントだ。こいつ、どういうつもりだろう。今日から弟分となったケンは、身なりは派手だが、気のいい奴だ。いわゆるお調子もんだ。

 会って間もないオレをアニキ、アニキと言ってなんら憚らない。オレは、言われるままにまかせた。何故かと云えば、相手にするのが疲れるからだ。ケンの言う事を聞き流しながら、移動販売車を運転しスーパーへと向かった。

 ケンは、呼ばれるとうれしそうにニコニコしながらやってくる。まるでイヌかなんかのようだ。ケンは自分の生い立ちのようなことは、一切口にしない。だいたい不良は、自分の行いをそれとなく自慢する奴が多いが、ケンはまったくそれを口にしない。

 なんらかの不良であるのは間違いないだろうが、特別な事情があるのかもしれない。そんなことを考えながら、ケンにクレープの屋台の準備作業を教えた。そして、焼き方も教えた。なんと、こいつは以外と手先が器用だった。

 ケンは、何故か、クレープの焼き方をオレよりもはるかに早く覚えそうだ。手先が女みたいだ。とオレは思っていた。しかし、暑い。今日も35度近くはあるだろう。

 いったい、この暑さはいつまで続くんだ。この暑さじゃ、クレープなんて売れる訳ないだろう。と思ってたらお客がやってきた。ケンがニコニコしながら、お愛想を言っている。そして、バナナとチョコレートお願いします。と言ってきた。

 お前はご用聞きか。と思いながら、おっと了解の返事をしていた。

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 夕暮れが近づいてきた。もう少しで店じまいだ。この暑さの割には、売上はまあまあというところか。これはケンのおかげかも知れない。こいつは、おばさんやオネーさんとの会話がうまい。これは、持って生まれたものに違いない。

 オレには真似できない芸当だ。こいつは、ゲイかもしれないなどと考えていた。

 さて、店じまいだ。これから事務所に帰って花火大会の下準備がある。倉庫で在庫の確認をするのだ。花火大会といえば、京都で屋台の事故があった。それもあって消防から呼び出しがあったようだ。

 なんでも、火元の安全確認の徹底について誓約書を書かされたそうだ。マネージャーのひとりが、責任者として各屋台の火元を確認して回ることになった。

 オレたちにも安全マニュアルが配られた。万が一事故を起こせば、この業界から締め出されることになるだろう。幹部たちには危機感が漂っている。

 それは、オレたち下っ端にも伝わってきた。

「ケン、お前さ。この仕事の前は何をやってたんだ」
「うっ、コンビニす」

「まじか。よく雇ってくれたな」
「ま、あれっす。実家ですから」

「あー、なるほどな。親が経営してんだ。りっぱじゃねーか」
「あ、そうすか。そうでもないすよ」

「なんで、コンビニやんねーんだよ」
「あいやー、実はすね。首になったんすよ」

「まじか。親にか」
「そうす、ジョーダンかと思いましたが、ほんとす」

「何をやったんだよ。あ、いいや聞くのやめとくわ」
「そうすか。うっす」

 仕事も終わってケンにお疲れと言って別れた。ケンは、シャコタンにした白いレガシーに乗っていた。親に買ってもらったのだろう。それは当然か、まだ18だしな。しかし、何をしたんだアイツは。親が経営するコンビニを首になるとは、なんともはやである。

 そんなことを考えながら、兄貴分の知り合いの中古車ディーラーで買ったスズキの軽に乗り込んだ。夜になっても熱波が籠っていて、生暖かい空気が肌にまとわりつくようで気持ちが悪い。遠くでパトカーのサイレンが聞こえる。また暴走族を追ってるのだろう。

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 オレは、夏が終わると間もなく20歳になる。そうだ、もう少年ではない。大人だ。こんど何かやったら、間違いなく刑務所に送られるだろう。それが、大人になることだとオレは、覚悟をもって感じていた。

 オレのかつての仲間は、いまだ少年院にいる奴も何人かいる。仲間だったなかで地元に残った奴は、オレを含めて僅かしかいないはずだ。

 本物のやくざの下っ端になった奴もいるし、闇金や詐欺の片棒を担いでる奴もいる。もっとも、いまは付き合いがないから噂を聞いたに過ぎないが、たぶん間違いないだろう。

 東京に行った奴からは、ときどき仕事を手伝わないかという連絡がいまでも入る。その仕事は、どうやら詐欺らしい。ネットで客を募ってインチキな商材を売りつけるというやつだ。めちゃくちゃに儲かってると言っていたが、オレには興味がない。

 かつての仲間として、多少の付き合いはこれからもするが、商売の仲間になるつもりはなかった。

 オレは、やくざだ。そういう自覚はあるが、暴力団とは違う。一般人とは違うという意味で、やくざだと自覚しているのだ。そうなのだ、オレには、もう戻れる場所はない。一般人とは違う、アウトローとして生きて行くしか道はないのだ。

 この夏もあと僅かで終わる。何かあったか、といえば何もなかった。そう感じるのは何故か。しかし、何があればいいのかも判らない。オレの人生が長いのか短いのか。それは判らないが、いずれにしろ19歳の夏は間もなく終わるのだ。

 そして、それは二度ともどらない夏なのだ。どうやら、それが、人生というものらしい。そんな当たり前の事が、ようやく判りかけてきた今日この頃である。

 そうか、オレの19の真夏も、いよいよ最後か。なんてことを改めて感じていた。

チンピラの夏 おわり!

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