■小説自作|きなこがゆく その2「オーディション」

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アタシのヒーロー?は、エリザベスです!

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映画「ヒミズ」より 二階堂ふみ

<前回までのあらすじ>
 きなこは、東京の下町にすむ女子高生である。何故か、苛つく毎日を過ごしている。いまだ、将来の目標はない。そんなとき、芸能プロの社員だと言う男からオーディションを受けないかと誘われた。きなこは、怪しいと感じて断ったが、親友のイツミからは受けるべきだと言われて、心が揺らいでいた。そして…

きなこがゆく その2「オーディション」

作:cragycloud
登場人物:きなこ(独特のオーラを漂わす女子高生)

これから、アタシのことはベスと呼んでね!

 教室の窓から校庭を眺めていた。秋らしい風がすーと吹いてきて気持ちがいい。そんなときアタシを呼ぶ声がした。

「きなちゃん、きなちゃんー」と言っていたのは、幼なじみで親友であるイツミであった。きなちゃん、きなちゃんってうるせーなー。とちょっと思ったが、実は別の事でカチンときていた。アタシは、ふて腐れた態度をしてイツミに振り返った。

 彼女は、アタシの態度におどおどしていた。アタシは、イツミのそんな振る舞いが案外好きだ。だから、わざと機嫌の悪い振りをしたりしてからかったりしている。

 イツミは、あっという顔をして思い直したように言った。

「ベスちゃん、ベスちゃんだよね」
「なんだよ、そうだよ」と言って、アタシはニヤッとした。

 そうなのだ。アタシは、ベスなのだ。ベスとは、エリザベスのことだ。アタシのヒーローである。いや、ヒロインか。イツミには、このあいだ、これからアタシの事はベスって呼んでね、と言っていたのだ。

「ねー、オーディション。どうだったのよ教えて」とイツミは言った。そうなのだ、アタシは、元ホストみたいな芸能プロの社員にしつこく誘われて、またイツミの勧めもあって、その事務所のオーディションを受けたのだった。

「それからさー、あー、どうしてもベスちゃんって呼ばないといけないの」とついでのように言った。

「あん?」とアタシは言って、イツミにきつい視線を投げかけていた。

 イツミとは幼稚園から一緒である。彼女は、ずーときなちゃんと呼んできたのだ。それをアタシは、突然、今日からアタシはベスよ、と宣言したのだ。とまどうのも無理は無い。しかし、いまアタシの心はエリザベスに傾倒しているのだ。

 これは、如何ともしがたい。断っておくが、エリザベスとは、女優のエリザベス・テーラーではなく、大英帝国の礎を築いた、かのエリザベス一世のことだ。

 アタシは、エリザベス一世の映画を観て以来、傾倒してしまった。大英帝国の歴史本も買った。彼女の肖像画ポスターをアマゾンで購入して部屋の壁に飾っているぐらいだ。

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映画「エリザベス・ゴールデンエイジ」より

オーディションは、糞ったれだった

 アタシは、元ホストみたいな感じの芸能事務所社員の誘いに乗ってオーディションを受けた。事務所の場所は、四谷にあった。東京に住んでいながら、四谷に行くのははじめてであった。アタシは、東京のはずれから電車に乗って山手線の真ん中辺りにやってきた。

 事務所は、思っていた以上に立派な建物だった。少し気後れがしたが、何をこなくそがと意味も無い気合いを入れてビルの中に入った。

 ビルを入って直ぐのところに案内板があって、そこにはオーディションの方は3階受付まで来る様に書かれていた。エレベーターで3階に着くとそこにはアタシと同年代ぐらいか、もっと若そうな女子が何人かいた。

 彼女たちがたむろしている場所に近づいてみた。やはり、そこがオーディションの場所であった。受付と書かれたテーブルに座っていた社員らしい女性に声を掛けられた。

「オーディションに来られた方ですね。こちらの用紙に記入をしてしばらくお待ちください」と言われた。

 アタシは、同じくオーディションに来た女の子たちがたむろする場所で、用紙に記入してそれを受付に渡してから、用意された椅子に座って呼ばれるのを待った。

 隣には、可愛らしい女の子がいた。ずいぶんと若そうだ。もしかしたら中学生か、いや小学生かもしれない。

 アタシは、来ている女の子を眺めていた。これ以上無いとばかりに着飾った子やヒップホッパーかと見間違う子もいる。なかでも、気になったのが、アタシの隣の子だった。なんだか、うれしそうな顔をして緊張感の欠片もない。

 また、ときおりルンルンとなんだか判らないメロディーを声に出していた。それが気になってしょうがなかった。それ何の曲と聞きたいのを何とか抑えていた。

 この子は、誰が見ても可愛いと思うはずだ。さすが、芸能事務所は目の付けどころが鋭いね。と妙に関心などしていると受付の女性が誰かの名前を呼んでいる。

 どうやら、オーディションがはじまったようだ。あれれ、と思う間に緊張してきたのを感じていた。なんだよ、こんなことで緊張するなよ、と自分に言い聞かせた。アタシは、エリザベス女王を思い出して少し情けない思いになった。

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映画「地獄でなぜ悪い」より 二階堂ふみ

 オーディションが行われている部屋からは、微かに歌声が聞こえてきた。あれ、聞いてないよー、と思っていた。まさか、歌わされるのか。冗談じゃないぞ。またまた、そんなの聞いてないよー。という言葉が頭に鳴り響いていた。

 くそー、あの元ホストの社員め。なんで言わないんだよ。あとで文句言ってやる。

 そんな事を思っていると、あれれと言う間にアタシの番がやってきた。名前を呼ばれて部屋に入ると、奥の方にテーブルがあり、そこには5人の審査員?らしき人がいた。そして横の壁際には、また同じく5人ほどの人がテーブルなしで椅子に座っていた。

 あとはビデオカメラを持った人とそのアシスタントらしき人がいた。アタシは、座るように言われてテーブルの前の椅子に腰掛けた。

 名前、年齢などを確認されて、それに答えた。記入した用紙に書いてあるだろうと思って、少し苛ついたが何とか耐えた。前に座った中年の男が、座右の銘は何かあるかと聞いてきた。

「ざ、ゆ、う…ですか」とアタシは聞いた。
「そう、座右。いつも自分の戒めとしている言葉とか」とその人は言った。

「あ…なんですかねー」とアタシは考えてみた。日頃あまり考えたことはなかった。そのとき、突然思いついた言葉があった。

「あ、ありました。それは、既成概念をぶっ壊すです」と言っていた。アタシは、キッと前を見つめて毅然と言い放ってやった。

 前の審査員は、ほーという声をだしてニヤリとした。なんだか、いけ好かない野郎だ。それよりも、気になっていたのは、アタシを誘った例のホスト野郎の社員だ。壁際の椅子に座って、居心地が悪そうにおどおどした態度をしているのだ。

 何とか言えよ、この野郎と思っていたが、何とかそれを押しとどめていた。

 アタシは、このとき、もし歌を歌えと言われた時のことを考えていた。それは、いま決まった。そうだ、毅然と言ってやる。歌えませんと、それでも歌えと云うなら帰ると言ってやると決めた。そのとき、審査員の中央に座っている女性が言った。

「あなたの尊敬する人は、どなたかいますか」と聞かれた。この女性は何だろうと思ったが、アタシは間髪を入れずに言ってやった。

「エリザベスです。エリザベス一世です」と言っていた。

 前に座っている審査員も横にいる社員たちも、何?という感じであった。なんだか、やってやったぜという気持ちが込み上げてきていた。エリザベスの前では、あんたたちも形無しだぜーという思いと同時になんだか心が落ち着いてきた。

つづく

パックス・ブリタニカーー大英帝国最盛期の群像 (上)

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