■80年代|80年代アンソロジー 番外編 カフェバーという業態

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80年代のカフェバーでは、あっちでもこっちでもキミの瞳に乾杯とグラスを重ねていたのである。恥ずかしながら!!

恥ずかしながら、君の瞳に乾杯!

80年代アンソロジー、「カフェバー」について補足いたします。はじめてご覧になる方は、お手数ですがアーカイブの80年代から「80年代アンソロジー」をご参照いただけると幸いです。

カフェバーの発祥

1980年代初頭、東京都港区西麻布(霞町)に「レッドシューズ」という飲食店がオープンした。深夜営業を行っており、六本木で遊び疲れた若者が始発電車を待つのに便利であった。ビルの地下にある小さな店で、内装は松井雅美が担当。

アールデコ調に和風(風神・雷神の壁画が描いてあった)を加えたデザインがおしゃれであった。レッドシューズの扉には「cafe & bar」と書かれており、カフェバーブームの走りとなった。

霞町は、現在の地理では、外苑西通りと六本木通りが交わる「西麻布交差点」を含む地域であり、幹線道路沿いには雑居ビルや飲食店が多いが、裏手の高台には麻布カソリック教会や邸宅などがある。(ウィキペディアより)

わたしは所在地を六本木と書きましたが、上記の様に西麻布でした。しかし、霞町という旧地名は趣きがありますね。店名どおり内装は赤を基調としていた。それは記憶にあるが、風神・雷神がどこに描かれていたのか定かではない。

また、扉に「cafe&bar」と書かれていたのも同じく。これには、へーそうだったんだ。と納得した次第です。なるほど、なーるほどね。


レッドシューズ 奥の壁に風神雷神が見える。

カフェバーの名称は、マスコミが広めた!

同時期に、渋谷では「ソーホーズ」がオープンし、ニューヨークにあるロフトをカフェに仕立てたイメージ空間が評判となり、バーでありながら、「ビールもウイスキーも、ケーキも味わえる店」として、連日のように人が押し寄せる繁盛ぶりを見せていた。

この当時の事を、経営者の月川は次の様に語っている。

「海外ではケーキやコーヒーを飲んだり食べたりしているそばで、ビールやウイスキーを飲むような光景が当たり前だけど、日本ではまだ日常的じゃなかったから、そんなつまらない概念を取り払うために、この店をオープンさせたけど、後になってマスコミが勝手にカフェバーと名をつけてカテゴライズしてしまった。それにはちっとも納得していない。」(1998年/商店建築、ウィキペディアより)

わたしは、「ソーホーズ」には強い印象がない。あまり接点が無かったのだろう。ただし名前は記憶にある。経営者の月川蘇豊氏は、台湾家庭料理店「清瀧門」を多数出店しており、わたしはこちらの方には何度も通っていた。

特定のお店では、内装が異常に凝っており当時話題であった。たしか、サントリーのCMを演出した当時気鋭のクリエイターが内装を手がけたはずである。

これは余談であるが、月川氏は、浅田美代子(タレント)と夫婦同然の生活をしていたと週刊誌に書かれていた。ただし過去形である。また、数年前かそれ以前か?、会社は破産したはずである。六本木ヒルズへの出店や高級化路線がうまくいかなかった様である。

この頃に、わたしが良く通ったのは「ポッシュボーイ」というカフェバーである。表参道の駅から近く、待ち合わせ等に便利であった。表参道駅の青山方面出口を出ると、青山通りの交差点を渡り、フロムファーストの方へ歩いてすぐのビル2Fにあった。

タイル張りの内装が印象的であり、また清潔感があった。あとは「ゼプト」、たしかその様な店名であったと思うが、たしかではない。

神宮前交差点から表参道方向へ100mぐらい歩き、右折してまっすぐ行くと奥まったところにあったと思う。カジュアルなカフェバーであり、気取りのないお店であった。それから、表参道にあった有名な「キーウエスト」は、女性とのデートには最適だったと思う。

このお店はカジュアル過ぎる服装では入れなかった。等々、ほんの一部ですがご紹介まで…。

この当時、青山、原宿あるいは六本木のカフェバーでは、毎夜の如く女性を口説こうとする男どもが必ず云う台詞があった。そう、グラスを手に持ち瞳を見つめて云うのである、「君の瞳に乾杯!」と。

以下は、「レッドシューズ」をプロデュースした松井の著作!

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