■時代と流行|上海1930 西洋建築と秘密結社

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上海のゴールデンエイジと租界との関係式

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1930年頃の上海・外灘

西洋建築群が建ち並ぶ、外灘(バンド)の壮観な景観

1842年、アヘン戦争に破れた当時の中国の王朝「清」は、英国に上海を租借地として与える事になった。その後、アメリカ、ドイツ、日本、オランダ、ベルギーなども租借地を設ける。19世紀後半から、英国をはじめとした列強各国は、アジアの金融・貿易拠点として上海を整備していく。特に外灘(英国名:バンド)地区には、豪壮な西洋建築が建ち並ぶ、見事な景観ができあがった。

そして、20世紀になり1920〜30年代の上海はアジアのパリ、または魔都上海といわれるようになっていた。それは、まさに上海のゴールデンエイジであった。

現在では、この西洋建築群は中国政府によって重要建築文化財として保存されている。これには中国人のしたたかさというか、ふところの深さを感じる。どこかの国では、単純な考えの元に保存するどころか解体してしまい歴史を葬ろうとしている。それを考えると中国の深い思惑を感じる次第である。

それはさておき、この建築群はいまではお洒落な観光スポットとして様変わりしているようである。豪壮な建物のなかには海外の高級ブランドや素敵なカフェなどが入っている。上海の黄金時代の歴史を感じながら飲むコーヒーや紅茶はさぞおいしいに違いない。

2013年には、写真家の蜷川実花が内装をプロデュースしたカフェ&クラブ「上海ローズ」が、歴史的遺産建築をリノベーションした中にオープンしている。

しかし、昨今ではPM2.5が上海をも包んでいるようだ。せっかくの歴史的風情も台無しかも知れない。それでも、その魅力は世界の人々を惑わし続けるに違いない。一刻もはやく環境汚染問題が片付くことを願う次第である。

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上海ゴールデンエイジは、また闇も深かった

20世紀初頭、アジアの金融・貿易の拠点として確固たる地位を築いていた上海であったが、時代はだんだんきな臭くなっていた。1932年には、日本が満州国を建国し実質統治下においた。それに反発する欧米との摩擦が大きくなっていた。それが1930年代の上海に暗い影を落としていた。また、中国と列強各国の政治の駆け引きが強くなる一方で、闇の勢力が暗躍していた。

それが、秘密結社「青幇」をはじめとする非合法組織である。いわゆる、暴力的支配による違法な商売をする組織である。端的にいえば日本のやくざとおなじである。ただし、その出処がやや違う。秘密結社は、元はかつての王朝時代の抵抗勢力として設立されている。しかし、それが時代の変化と共に単なる暴力的犯罪組織となったようである。

この秘密結社は、青幇(ちんぱん)以外にも多数あり代表的なものでは、紅幇(ほんぱん)、天地会(てんちかい)などがある。現在では、天地会から発生した14K、三合会などが有名である。

1930年代では、前述した秘密結社「青幇」が最も勢力が強かったそうである。その組織のドンに君臨していたのが、有名な杜 月笙(と げつしょう)であった。この人物は、余程キャラが立っていたのか。それは知る由もないが、現在の中国映画などでも度々登場している。

この杜 月笙(と げつしょう)が率いる「青幇」が、何をやっていたか。それは、当時の非合法な商売を一手に行っていたようである。例えば、上海を牛耳りアヘン、賭博、売春を主な資金源とした。その中でもアヘンを最大の資金源として、一時は中国全土の取引を支配したそうである。

この上海の闇の帝王であった杜 月笙は、なかなか興味ぶかい格言を残している。
それが次のようなものである。

「人間にとって、非常に難しいのは、次の3つを大事にすることだ。人間関係を大事にすれば、いずれは自身が立つときのチャンスが与えられる。人情をもって他人と接していけば、いずれ他人によって、自分も助けられる。他人のメンツを立ててやれば、自分のメンツも立つようになる。いずれも、金や欲に目に目がくらんでは、一時はよいかもしれないが、長期的に見れば、自分の身を破滅させる」

また次の様にも言っている。

「いくらお金を貯めても、人間との関係は満たされない。だから、他の人がいくらお金を貯めようとも、私は人間との関係を大事にする。いくらお金を貯めても、『金山銀海』となるほどの莫大な資産は残せないが、人間関係を大事にしていけば、天下をとるほどのこともできる」

この人は、暴力組織のドンではあるが、なかなか視野の広いことを言っている。良い悪いは別にして、やはり、大きな組織を動かした人だけはあるようだ。

しかし、この杜 月笙は、晩年には非業の死を遂げている。その原因は、敵や裏切りものを冷酷に容赦なく殺していたことにあるようだ。かれは人との関係を大事にせよと説いたが、語る内容と実際の行動が異なっていたようである。闇社会の関係では、それも仕方がないのかもしれない。

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<上海・外灘に関して>

外灘(ワイタン、ピンイン:Wàitān、がいたん)あるいはバンド(英語名:The Bund)は、中国・上海市中心部の黄浦区にある、上海随一の観光エリアである。黄浦江西岸を走る中山東一路沿い、全長1.1kmほどの地域を指す。
外灘は、上海の旧市街(上海県城、「城内」)の北に位置する。はじめは英国租界であり、1854年に英国・米国の両租界が合同して共同租界となった。(ウィキペディアより)

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上海 よみがえる、レトロシティ。(イスムエキサイト&ANA)
http://media.excite.co.jp/ism/extra/shanghai/

上記リンクしたサイトの上海を紹介するビジュアルがとてもいい。個人的に気に入っている次第である。実は、これを紹介するのは2度目である。

本文参考文献:週刊ポスト、ウィキペディア、その他

<上海にて/アマゾンより>

共産革命直前の上海を活写した傑作紀行エッセイ
日本の敗色濃い1945年、上海へ渡った青年・堀田善衞。崩壊していく東洋の魔都で、彼は何を見て何を考えたのか? 『堀田善衛上海日記』と対をなす紀行エッセイの名作。(解説/大江健三郎)

上海にて (集英社文庫)

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