■映画|エロスは甘き香り 青春のある記憶

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観た記憶はあるが、おぼろげに霞んでいる

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エロスは甘き香り(1973年)監督:藤田敏八

この映画は、一応ポルノである。しかし、2014年現在のAVに比べればなんのことはない。ごく普通の映画にしか見えないはずだ。それぐらい時代は変わったということである。1970年代初頭、日活は経営難によって一般映画からポルノ路線に転向した。それは低予算で映画を制作するには、ポルノが適当だったからである。

そして、それは「日活ロマンポルノ」と呼称された。

時代は、60年代の喧噪が終わりを告げていた。そして70年代になってベトナム戦争も終結した。そんな時代背景を以て生まれたのが日活ロマンポルノであった。

日活の一般映画最後の作品(たしか)となったのが、藤田監督による「八月の濡れた砂」であった。その映画が発していた雰囲気は、ロマンポルノにも引き継がれていた。それは、ポルノというお題目は一応あるが、その中身は青春映画であり、世の中の不条理やその他の問題を定義する姿勢にあった。

日活という名門映画会社にいながら、かつての栄光はもはや何処にもなく、ポルノを撮ることになった監督たちの映画制作者としての自尊心、または創造者としての意地でもあった。

それが故に、日活ロマンポルノは独特のポジションを獲得し、一部の若者には支持された。しかし、それによって日活が復活することはなかった。これは、いまさら言うまでもないことであった。

なお、当該ユーザーはこの映画を公開から数年以上経ってから観たはずである。何故ならポルノを観る事が出来なかったからである。したがって、当時のことは文献から引用しました。

藤田敏八監督のエロス三部作

「八月はエロスの匂い」1972年、「エロスの誘惑」1972年、そして「エロスは甘き香り」1973年、この3作品をエロス三部作というらしい。

当該ユーザーは「八月はエロスの匂い」を強烈な印象で覚えている。リアルタイムではないが、どこかの名画座で三部作のすべてを観たはずと思うが、たしかではない。なお「八月はエロスの匂い」については、過去に当該ブログで取り上げました。詳しくはそちらをご覧ください。

当該ブログ過去記事:■映画|八月はエロスの匂い 1972年
http://cragycloud.com/blog-entry-252.html

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「エロスは甘き香り」ポスター

エロスは甘き香りは、桃井かおり唯一のポルノ作品

この映画の主役のひとりは、なんと桃井かおりである。いまや女優として海外作品にも多く出演する大女優となった。そんな桃井さんであるが、この作品では若き頃の若干ぽっちゃりぎみの肉体を潔く晒している。桃井さんは当時、注目の女優であったそうである。いまでいえば二階堂ふみか。違うか。

とにかく、当時注目されていた女優が多く出演したのがロマンポルノであった。そして、みんな脱いでいた。いまの女優さんにも見習ってもらいたいもんである。園子温監督も「女優はみんな脱げ」と言ってる。当該ユーザーも、これには大いに賛成であるのは言うまでもないことである。

それはさておき、「エロスは甘き香り」である。このタイトルが何故か気に入っている。何故なのか、それはたぶん生理的なものだろう。または、そのようなものであって欲しい願望か。もっとも、これは男に限るのは言うまでもない。

エロスは、哲学的にいえば永遠のテーマ?だろうし、甘き香りは誘惑の象徴か。女と男がいるかぎり、この問題は永遠であるに違いない。何を言ってるのか、自分でもよく分からなくなってきた。

それもそのはずである、なにしろ記憶だけで書いてるからである。とにかくこの作品は、現在ではDVDも販売されていないようである。当然レンタルもしていない。アマゾンでは、レンタル落ちのDVD、VHSを売っていたが非常に高い価格であった。

そんなときYouTubeで検索してみた。そうしたら、なんと動画がアップされていました。いくつかに別れてたぶん全編があるようである。興味のある方はそちらをご覧ください。なお、当方はまだ全編を観ていません。ちなみに桃井かおりさんのはつらつとした若い肉体が観れるはずである。


映画「エロスは甘き香り」 オープニング

米軍の住宅、ベルボトムジーンズ、70年代の倦怠感

この映画で印象的なのが、元米軍の住宅である。ベトナム戦争が終息して米兵も少なくなって民間に払い下げられたものである。福生や立川の米軍基地近くにに多くあった。当時(70年代)では、流行の先端をいく音楽家や芸術家、デザイナーなどが住んでいたそうである。

かれらは当時の流行であったベルボトムジーンズを履いて、頭髪はロングヘアーであった。その風体は、日本製ロックの先駆けであったハッピーエンド(細野晴臣、大滝慶一など)の当時の面影を見ればほぼ想像できる。

70年代の特徴は、学生運動の敗北からくる倦怠感にあった。それは、いわゆるシラケた空気感とも言うべきものである。それによって、この当時の若い人はシラケ世代といわれたそうである。なにごとも投げやりで厭世観が支配していたようだ。

映画でも登場人物たちは、どこか投げやりである。そしてあまり建設的ではない。また、何かに憤りを感じていてもそれを解決する成す術がない感じである。しかし、そこから発するだるーい倦怠感と刹那的な雰囲気はどこか魅力的でもある。

<1973年頃の流行>
・ジーンズスタイル大流行
・バギーパンツ
・ジーンズスカート
・ロングドレス復活
・スニーカーが大人気

<社会・出来事>
・石油ショックによる物価急上昇
・トイレット・ペーパー,洗剤などの買いだめ騒動
・ノストラダムスの大予言が出版される
・輪島が第54代横綱に昇進

<ヒットした映画>
・ポセイドンアドベンチャー
・ベンハー
・バラキ
・仁義なき戦い
・日本沈没

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伊佐山ひろ子 個性派女優として有名だった

エロスは甘き香り/ストーリー

カメラマン浩一、服飾デザイナー悦子、漫画家志望の昭、バーのホステス雪絵の四人が同棲生活を始めたのには深い理由があったわけではない。浩一は仕事がなく、悦子のところにころがり込み、半ばヒモのような暮しをしていた。

売れない劇画を描いて、行くところのなくなった昭は、愛人の雪絵を連れて浩一たちのところに居候をきめこんでしまった。共同同棲生活が始まったのはそれからである。ある日、酔った雪絵を、浩一は衝動的に抱いてしまった。雪絵はそれを待っていたかのように彼を迎え入れた。

昭は仕事をしない浩一に意見するかのように、売れない劇画を描き始めた。今度こそはと、描き上った作品を出版社に持ち込んだが、やはり不採用だった。失望にやけっぱちで飲んだ酒のいきおいで彼は悦子を抱いてしまった。そんな彼を悦子はやさしく、つつみこむのだった。

その頃、浩一は行きつけの居酒屋の主人・久生からワイ写真のモデルを依頼されていた。相手は久生の女・雀である。浩一はヒモの自分から刹那的にも逃れるためにモデルを承知し、雀と幾多の交じわりをするのだった。ファインダーからそれをのぞく久生の目はぎらぎらと輝いていた。

数日後雪絵は共同生活に嫌気がさして、部屋から出て行った。誰も止めようとはしなかったし、止める権利のないことも知っていた。そして、ワイ写真のモデルとなった浩一と、劇画を諦らめた昭と、二人のヒモを持った悦子の三人の奇妙な生活が、あてどもなくつづいていった……。(引用:ムービーウォーカーより)

「エロスは甘き香り」1973年・日活作品

監督:藤田敏八
脚本:大和屋竺
助監督:長谷川和彦
<主要キャスト>
雪絵:伊佐山ひろ子
悦子:桃井かおり
雀:川村真樹

<八月の濡れた砂/藤田敏八監督>
俺たちの夏は終わらない!これが伝説のニッポン70’sムービー!
大人になることを拒み、大人に牙を剥ける若者たちのひと夏を描いた日活青春映画の最高傑作であり、時代を作った映画でもある。
ギラギラした太陽、洋上を走るヨットで繰り広げられるクライマックスは、日活映画のへの鎮魂歌でもあり、藤田敏八映画の新たな船出となった。

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