■コラム|オジサンの妄想はとまらない オレに気があるんじゃね!

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女性との恋愛はもう無理。でもオジサンは妄想する!

オレに気があるんじゃね!という妄想こそ中高年男性の生きる道か

日本エレキテル連合という女性芸人コンビが、社会のなかで出会う男性の優しさ(主に営業上の)に対して、しばしば「だったら結婚して!」という感情を抱いていると語っていた。当該ユーザーは、これは男には理解できないと当初は思ったが、しかし、ふと我に返って思い起こせば、似たようなことを感じていることに気が付いたのである。

いやはや、彼女たちの感情を特殊なものとして捉えたことを申し訳なく思っています。考えてみると、世の男性達の多くも彼女達と大差のないことを思っているはずである。とくに中年以上の男性は、その傾向が顕著と思われるがいかに。

考えるに世の多くの中年以上の男性(オジサン)は、もはや恋愛とは「遠くに成りにけり」である。違うか。しかし、そうではないオジサンたちも存在するが、それはお金持ちであったり、一部の特権階級(地位がある、または有名人)であったりする。

そういう人達は、中年以後でも若い女性との恋愛も現役バリバリである。しかし、その実態はお金を介在して成り立つ関係でしかない。お金が無くなったら女性は即刻離れていくだろう。したがって、恋愛とは名ばかりであることが多い。それでも、世のオジサン達は、それに憧れを抱いているに違いない。たぶん。

世の多くのオジサンは、家では妻には当然の如く、娘や息子にも邪見にされて自分の存在価値が見いだせない。そんな境遇にあるはずである。それでも、幸せを感じるには自らの存在感を無くし、そして鈍感になるしかない。

いわば、「タフな鈍感でなければ、家庭で生きる資格がない」のが、中年以上の男性の境遇ではないか。

そのように考えたが、何か違ったか。若干世の中を斜めに、負の側面で捉えすぎた感はあるが、当たらずとも遠からずである。

そこでオジサンたちは、何を糧に生活をするかである。もはや家庭に居場所は無い、しかし、何か仕事以外にも生きる目的がほしい。それが問題である。趣味を充実したいが、家のローンが、子供の教育費がと何かと物入りだ。

できれば費用の掛からない気分転換がほしい。つかの間でしかなくとも現実から少し離れたい。そう思っても何ら責められることはないだろう。なんせ、会社ではプレッシャーに潰されそうであり、家では邪険にされているからである。

そこで何をするかである。ようやく本題である。前置きがずいぶんと長くなりましたが、そこに至るには何らかの理由を明記したいと思ったからである。あしからず。

何をするかの答えは、タイトルに書いたとおり「妄想」である。

これは実に簡単である。邪な考えをいかようにも自由に思い浮かべることができる。それが妄想である。しかも、この妄想は、自分の中だけで納めれば誰にも迷惑を掛けることはない。しかし、一歩間違うとストーカーやセクハラに至ることがあるので十分注意が必要である。

妄想の代表的な例が、「オレに気があるんじゃね」というバカヤロー勘違い妄想である。いわゆる、若くて綺麗な女性のちょっとした立ち居振る舞い、優しい言葉に対して、総じて自分に好意があるのでは、と妄想するのである。

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オレに気があるんじゃね!とオジサンが思う瞬間とは?

中年以上の男性は、もはや妻に優しい言葉も掛けてもらえなくなっている。

したがって、女性の何気ない優しさを示す言葉、行為についぐらっときてしまう。そこで、勘違いをする。実は、当初から勘違いと気が付いているが、それがいつの間にか妄想となって膨らんでいく。

そして、それは自分に都合のいい様にどこまでも膨らんでいくのである。

オレに気があるんじゃね:会社篇

■ 1)女性社員が、何故か必要以上に親しげに接してくる!

これは、概ねあなたへの好意ではなく、その地位に対して何らかの期待があるからである。そう考えた方が間違いない。地位に対し畏怖を感じる女性と、それをなんとか活用したいと考える女性がいる。

そのような女性に鼻の下を伸ばして、あなたが妄想を現実にしようとした際は、それが弱みとなる。いずれ、その女性に地位を奪われるに違いない。

■ 2)胸元を開けたシャツを見せつける!

どこの会社にもいると思われるのが、このタイプの女性である。何故か、体にピタリとしたシャツ、またはセーターの胸元が大きく開いている。それが何を主張しているか。当然、男性は何かを期待してしまう。違うか。

このような女性と接していて、ムフッとなっていたら、すでにあなたは負けている。ま、なんとか妄想で終わりにしといた方が身の安全である。

■ 3)打ち合わせ中に何度も足を組み替える!

これは若干説明が必要か。女性社員と何らかの打ち合わせ中(低いテーブルか、椅子のみの状態)に、ミニスカートから伸びた足を何度も組み直すのである。男性は、自ずと視線がそこに集中して打ち合わせどころではなくなる。

見てはいない体でも、実際は見てるか、見たいと思ってるのが男性である。間違いはない。かなりの確率で男性は勘違いに陥り、その後は妄想まっしぐらである。

オレに気があるんじゃね:コンビニ、飲食篇

■ 1)若いオネーさんのにこやかな笑顔と優しい言葉づかい!

日頃良く使うのがコンビニである。そのなかでときに妙に優しいオネーさんに出くわす場合がある。たいした金額でもないのに明るい笑顔で接してもらっただけで中年男性はぐらっときてしまう。

普段は素っ気ない店員ばかりなのに、あの女性だけは優しい。こ、これは「オレに気があるんじゃね!」という具合である。いやはや。

それは、どんだけ日頃、女性に優しくしてもらってないかを証明している。これにぐらっときた場合、必ずまたそのコンビニにいくだろう。何を期待してるか、それはすでに勘違いから妄想となって膨らんでいる。

だいたい、この場合、その女性が単に接客マニュアルどおりしてるか。または、たまたま、その女性のサービス精神が旺盛だったと考えるに越したことはない。でないと膨らんだ妄想が破裂したときに痛い思いをするだけだ。

■ 2)また、来てくださいと言われる!

飲食店などでよく言われるのが、「また来てね!」である。これは、通常は商売上の挨拶に等しいと思われる。しかし、これを好みの女性に言われると、たちまち勘違いの元になる。そして妄想は膨らむのである。

「また、来てね」と言われて思わずムフッとなるのは何故?である。一応は頭では分かっているつもりである。それが社交辞令と。しかし、言われたとおりにまたお店へと行ってしまうのである。いやはや。

オジサンは、どこからも「また来てね」と本気では思われてはいない。そのように堅く思わないといけない。何故ならば、本当は「お金だけで来てね」という意味であるからだ。

それぐらいに考えて調度いい。そうでないと簡単に妄想の罠に嵌って抜け出せなくなる。なんせ、勘違いしやすいからである。それは何故かといえば、女性の優しさに飢えているからに他ならない。逆に女性からすれば、なんとも攻略しやすいはずである。それがオジサンである。

他にもオジサンの妄想「オレに気があるんじゃね」の例は多くあるはずだ。しかし、もうこれ以上書いても意味があるか不明である。また気が向いたら続きを書きたいと思います。とにかく頑張れ中年男性よ!、シー・ユー・アゲイン。

なお、上記内容はあくまで当該ユーザーの想像的見解であり、事実に基づくものではありません。また一般常識とも異なることをご了承ください。

※写真:モテキにある中年男子、リリー・フランキー/www.lilyfranky.comより

<どうやらオレたち、いずれ死ぬっつーじゃないですか>
みうら&リリー両氏が、人生、仕事、そして生と死について1年間にわたり真剣に語りつくした、両人いわく「最初で最後の」珠玉の対談集。彼らが本当に言いたかったことが、全部ここにある。みうら:人生の最終地点は「死」じゃないですよ。リリー:それなのに「今際」を豊かに過ごしたいと思って、みんな「今」を貧しく生きてる。

どうやらオレたち、いずれ死ぬっつーじゃないですか

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