■映画|アラビアのロレンス 女王陛下の秘密工作員

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アラブの混迷はここに始まり、いまも続く!?

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オスマン帝国に反抗するアラブに現れた一人の英国人

映画「アラビアのロレンス」(1962年)は、今更言うまでもなく映画史に残る名作として誉れ高い作品である。主人公は、T・E・ロレンスという英国人将校である。ロレンスはある特命を帯びて、オスマン帝国とアラブ民族が対立するアラビア半島に現れる。そこから起こる様々な出来事を、砂漠を舞台に一大叙事詩として描いたのが本作である。

映画の歴史大作とはこういうものだという見本のような映画である。そして、作品の出来映えは文句なく傑作であることは間違いない。しかし、それと史実は関係ない。あくまで映画の話である。したがって、史実を知った上で本作を観るとより興味深く堪能できるに違いない。

映画を端的にいえば、アラブの地に君臨する巨大な帝国に対し、目的の統一性がなかったアラブ民族を一人の英国人将校がまとめあげて戦いを挑み勝利するというものである。いわば、ロレンスをヒーローとした英雄物語である。しかし、そこは歴史映画である、そんな単純である訳がない。

この映画では、英国の植民地政策がどんな経緯で行われるかが垣間見える。たとえば、アラブ人は文明に取り残された野蛮な人々であり、部族という身内で固まり国家という概念の欠片もない、そんな人々として描かれている。

それは英国にとっての植民地とは、文明から遠くにあることが基本であった証である。何故なら、そこに付け入る隙が多くあるからであった。さらに対立があればそれを利用するのが英国流であった。まさに、そのような英国流の定番を見せてくれるのが、本作「アラビアのロレンス」である。

時代背景は、第一次世界大戦(1914〜1918)の最中である。

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当時の英国は、ドイツ、オーストリア=ハンガリー、そしてオスマン帝国と戦っていた。そして、その戦いに勝利するためにオスマン帝国に対しアラブの反乱を画策する。その作戦の特命をもってアラビア半島に現れたのが、英国情報局の将校ロレンスであった。

ロレンスの役割は、オスマン帝国に対抗するために群雄割拠するアラブ人部族をとりまとめ一大勢力にすることであった。

ロレンスは、マホメットの末裔であるファイサル王子に近づき、英国軍の進路確保のためオスマン軍が居留するアカバ攻略を進言する。そして、王子と彼の部族にはオスマンに勝利した暁にはアラブの独立を約束する。

アラブの独立を約束し、また英国からの支援を獲得したロレンスは、対立する部族をとりまとめ一大アラブ部隊を形成する。そして、アカバ攻略は成功した。

これに気を良くした英国軍は、ロレンスに更なる侵攻を命令する。しかし、ロレンスは葛藤を抱えて一旦はアラブの地から離れた。そして、再びアラブの地にもどり根深い対立を抱える部族をなんとかまとめ、オスマン打倒の戦いにダマスカスへと向かうのであった。

ダマスカスで勝利したロレンス率いるアラブ反乱軍は、領土統治に関するアラブ国民会議を開くが一向に意見がまとまらない。部族対立が再燃して収集が付かなくなっていた。英国は、はじめからそれを見越して傍観するのみであった。

ロレンスは、それに対し何ら対応する術もなく失意の念を抱えて帰国する。かれの役割は終わっていたのである。あくまで、かれは英国の手の内でその戦略を達成する一人の兵士でしかなかった。

しかし、ロレンスは、女王陛下(英国)の秘密工作員としての役割は見事に達成していた。

結局、オスマン帝国の領土は英国とフランスが勝手に線引きして自国の管轄にしてしまった。さらに、英国はユダヤ人にパレスチナの地にユダヤ国家樹立を約束していた。英国は、アラブには独立を、フランスとは領土分割を、ユダヤには国家樹立を、という三枚舌の約束を交わしていた。

ここに端を発して、その後のアラブの混迷が深まったことは今更言うまでもないことである。現在でもなお、その混迷具合は解消されていない。2014年現在では、イスラム国という新興テロ組織がイラク、シリアを攻撃、侵略している。

ロレンスは、英国に帰国後、1935年にオートバイ事故で亡くなった。享年46歳であった。ちなみに映画「アラビアのロレンス」は、この事故の場面から始まる。また、この事故はオートバイにヘルメットが認識されるきっかけになったそうである。

映画としての魅力、それは過酷なロケ地での撮影にあり

「アラビアのロレンス」は、その撮影のほとんどが中東のロケ地であり、それが映画の大きな魅力となっている要因であるのは間違いない。いまではCGで行うであろうシーンもすべてロケで撮影された実際の映像である、それを想像するとさらに魅力は倍増する。

なんせ、CGであれば、どんなすごい映像見せられてもどうせ作り物でしょという醒めた視線でしか観ていない。したがって、想像力も萎えるというもんである。

本作は、50度になろうかという炎天下の砂漠の中で撮影された。役者もスタッフもさぞ大変だったに違いない。しかし、その過酷な体験が素晴らしい映像となったことは幸いであった。史実に忠実かどうかは別にして映画作品として上質であり、映画史に残る名作となった。

現在、CGを使わずにこれと同じ映画を撮るとしたら、3億ドル(300億円以上)は掛かるだろうとスピルバーグ監督は言っていた。(参考:DVD特典)

砂漠の過酷さと魅力を余す事なく描ききったのは、この映画をおいて他にはないと言っても過言ではない。砂漠の描く優美な曲線、風に吹かれて舞う砂、それらが見せるなんとも言えぬエキゾチックな様には、誰でも魅了されるはずである。

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しかし、その撮影には困難が多数あったそうである。カメラは暑さに絶えきれずフィルムにシミが出来たりしたとか。また、砂漠の痕跡を消すのに一苦労であったとか。(撮影毎に足跡やその他痕跡を消してから撮影した)

いまではCGで後処理すればいいが、当時はそうも行かなかった。しかし、それが映画に深みをよりもたらしている。

炎天下50度に近い撮影は、役者陣もそうとうに堪えたようである。主役ロレンスを演じたピーター・オトゥールは、撮影終了後「撮影なんてくそくらえだ」と言ったとか。それは、思わず本音が出るほど撮影が過酷だった証である。たぶん終わってほっとしたに違いない。

この映画で印象深いシーンを上げるとやはりアラブの部族長アリが登場するシーンではないか。それは、砂漠のなかでロレンスとアラブ人ガイドが井戸で水を飲んでいると地平線の彼方からぼんやりとした像となって現れる。

はじめはほんの小さな点でしかないが、それはしずしずと近づいてくる。その周りには陽炎が立ち上り、神秘的な様相さを漂わせている。そして現れたのは、らくだに乗った黒ずくめの衣装に身を包んだ部族長アリ(オマー・シャリフ)であった。

このシーンは有名過ぎて今更であるが、それにしてもよく出来た映像美である。ちなみに、地平線の彼方に僅かに砂埃が立っているが、それは遠く離れた場所で車がぐるぐる回ってわざと砂埃を上げたそうである。

いまでは当然CGで行うだろう、しかし、そのようなことをしていたと思いながら観ると感慨深いものがある。CGにはない楽しみ方である。

現在DVDとなって観られるのは、再編集されたオリジナル版となっている。1988年に再編集されたとか。その編集にはスピルバーグも関わっているらしい。なんでもオリジナル版は映画会社の勝手な編集(TV放映や短縮版など)によって長い間喪失していたとか。それを、失われた映像を探し、再編集して元に戻したそうである。

本作は、CGを見慣れた若い人たちに是非観て頂きたい作品である。きっとCGにはない感動をあなたにもたらしてくれるに違いない。保証はしないが、観て損のない映画であるのは間違いないと思います。

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■アラビアのロレンス(1962年)製作概要

監督:デヴィッド・リーン
脚本:ロバート・ボルト
:マイケル・ウィルソン
製作:サム・スピーゲル
出演:ピーター・オトゥール
:アレック・ギネス
:アンソニー・クイン
音楽:モーリス・ジャール
撮影:フレディ・ヤング
配給:コロムビア映画
公開:1962年
上映時間:207分

第35回アカデミー賞では、作品賞、監督賞など7部門で受賞している。
参考文献:ウィキペディア(アラビアのロレンス)、赤い盾(広瀬隆)、DVD特典など

<砂漠の反乱 (中公文庫) T・E・ロレンス >
第一次世界大戦の最中、ドイツと同盟するトルコ帝国を揺さぶるべく、アラビアの地に送り込まれた青年ロレンスが自らの戦いを詳細に記した回想録。

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