■社会|いまの日本のモノづくりは、ミニバンに象徴される?

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機能や利便性はあるが、何故か心がときめかない

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ミニバン=一見理にかなったクルマだが、魅了はされない

クルマに強い興味が有る訳ではないが、それでもミニバンの多さには違和感を感じざるを得ない。一頃よりは一段落したかもしれないが、まだ根強い人気があるようだ。とくに地方に行くとミニバンと軽自動車ばかりと言っても過言ではない。なんとも色気のないこと夥しい。もっとも、道路に色気がある必要性はないが…。

なんでミニバンがこんなにも流行ったのか。たしかミニバンが注目され始めたのは、ホンダがステップワゴンを発売した頃からと思われる。当時(1996年頃)は、まだミニバンという用語もなかった。それが、俄然注目を集めたきっかけは広告にあったはずである。

「こどもといっしょにどこいこう」というキャッチフレーズのやつである。ご存知の方も多いと思うが、如何に。子供が描いたような絵と一緒にステップワゴンの写真が切り抜きでコラージュされたビジュアルが特徴であった。

この広告は、なんといまをときめく佐藤可士和氏のディレクションであった。佐藤氏は、当時はまだ広告代理店の社員であったが、この広告で一躍注目を集めた。いわば、かれの出世作といっていいだろう。そして、その後の活躍は今更言うまでもないことである。

ステップワゴン=ミニバンは、かつてのバン=商用車というイメージから新しい価値を与えられて生まれ変わった。その新しいイメージ形成に貢献したのが、佐藤氏であったのは間違いない。これによって、小さい子供をもつ若い夫婦たちが躊躇せずに購入する機会を与えられた。

若い夫婦の感覚には、子供がいてもお洒落でありたいという気持ちがある。これは、トレンドから外れたく無いという願望である。かつてのバンのイメージでは、如何に機能的であっても飛びつかなかったはずである。

そこをうまくついた佐藤氏の戦略勝ちであった。新しい家族像を踏まえつつ、自然を交えた遊びごころという時代のトレンドを取り入れていた。かれは、かつて商用車であったバンのポジショニングをちょっと変えたのであった。生活シーンのなかで使える要素を取り出して、それを魅力あるものとして提示して見せたのである。

そんなこんなで、ステップワゴンは人気を博し一般に浸透していった。ホンダはこのヒット以後は、すべてミニバン風味付けのクルマばかりとなっていた。違うか。競合他社もこれにならってミニバンを発売していく。

そして、いつしか街中に溢れるばかりとなったという訳である。いやはや。


戦後ベンチャーの代表として、ホンダと共に並び称されたソニーが輝いていた時代のコマーシャル!

しかし、ミニバンは利便性はあれど、心がときめかないクルマだ

ステップワゴンは、たしかに一時代を象徴するクルマとなった。しかし、なんだか、つまらないと思うのは当該ユーザーだけであるか。いや、違うようだ。以下にリンクした記事でも同じようなことが書かれていた。

現役官僚が提言!日本のモノづくり衰退の真因は、組織的うつ病による「公私混同人材」の死蔵である

ステップワゴンが象徴するのは、中庸というイメージである。ときめきよりも、利便性重視という使い勝手が優先された実利商品だ。そして、家族をターゲットにした多くの商品で見られるように中庸さが半端無い。

中庸さとは、言葉を変えれば個性の消失である。多くのユーザーに支持を得るために個性を殺すのである。それが、中庸ということである。

ちゅう‐よう【中庸】
かたよることなく、常に変わらないこと。過不足がなく調和がとれていること。また、そのさま。

これは一見すると理にかなってはいるが、一方で個性を殺している訳である。個性とは、代え難い魅力を発する何かである。人間は理にかなったことだけで生きている訳ではない。頭のいい人は、いや違うというかもしれないが、心は利便性で動かせるものではないはずである。

こころがときめくとはどいうことか。

それは意味もなく、情動的に突き動かされる何かである。この何かを、なんだと言われると説明にこまるが、端的にいえばハッとしてドキドキする感じである。説明になっていない?歌の歌詞かという指摘もあろうが、いまはこれしか思い浮かばない。あしからず。

エモーショナルな刺激がある、そんなときめき感が昨今の日本の製品には欠けている気がする。それは気のせいかもしれないが、あくまで個人の感想である。昨今としたが、ずーとないと言っても過言ではない。何故かといえば、それを実感した記憶がないに等しいからだ。

日本の家電は言うに及ばずのは今更言うまでもない。クルマだってそうである。ホンダは、ずーと魅力(ときめきのある)ある商品を出していないように思う。どのクルマもバンを想定したとしか思えない。

日本の製品が面白く無いのは、ミニバンに代表される中庸さを重視した結果だろう。多くのユーザーを考慮するあまり、クリエイティブでない製品となったと言う事ができる。マーケティング(リサーチ重視の)への偏りが似たような商品ばかりとなった原因か。

同じマーケティングでも、市場創造という新しい価値と市場を造りだす気概に欠けるのが昨今の日本企業の現状ではないか、そのように思う次第である。

ここで前述したことを訂正したい。昨今、心ときめく商品が無いとしたが、いやはや申し訳ない。スバルとマツダを忘れていました。この両社はエモーショナルな商品開発をしていた。マツダなどは、そのものずばり「魂動デザイン」をコンセプトにしている。

<マツダのデザインコンセプト>
クルマは、単なる鉄の塊ではありません。それは「命あるもの」だとマツダは考えます。 ドライバーとクルマの関係を、まるで愛馬と心を通わせるかのように、エモーショナルなものにする。 そのための造形を追い求めつづけるのが、マツダの「魂動デザイン」です。(公式サイトより)
http://www.mazda.co.jp/beadriver/design/

長々とここまで書いてきましたが、で何が言いたかったかといえば、ミニバンに代表される中庸という姿勢からの脱却こそが、いまの日本企業のモノづくり再生への道ではないかということである。

「個性の復権」、これがキーワードか。違うかもしれないが、当たらずとも遠からずと思う次第である。

また、日本にジョブズ?(救世主)が現れる訳も無く、待ってるだけ(日和見)では何も変えられないはずである。違うか。異端を如何に取り入れるかで道は別れると思われます。

生意気かもしれませんが、あくまで個人の感想、意見であります。あしからず。

冒頭写真:ホンダ ステップワゴンの広告 1997年頃
広告のディレクション:佐藤可士和

プロフェッショナル 仕事の流儀 アートディレクター 佐藤可士和の仕事 ヒットデザインはこうして生まれる [DVD]

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