■社会|大人のクリスマス事情 叶わない想いが愛しい

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男女の愛とクリスマスに関係が…あるか?

クリスマスは、いま盛り上がっているか

2014年12月14日、衆議院総選挙は終わった。正確には、結果が出るにはまだ時間はあるが、個人的には終わったことである。マスコミの予想では、自民党の圧勝らしい。ヤフーのビッグデータによる予想では、自民党は300議席を超えるそうだ。もしかすると単独で2/3を超えるかもと言われている。

それはさておき、選挙も終わって次のイベントはクリスマスである。もうまもなくクリスマス、もういくつ寝るとお正月である。当たり前であるが、時は過ぎてゆくのである。人の思惑などは関係なくいや応もなくである。

みなさんは、クリスマスに何かイベントをしますか?、ちなみに当方は何もする気もない。しかし、ケーキぐらいは食べるかもしれない。ここ何年もクリスマスだからといって何かをした記憶が無い。かつては、どこかに出かけていたが、最近ではそんな気も失せてしまった。何故だろうか。

中高年の家族持ちの場合、子供も大きくなって個々の都合で出かけたりする。したがって、家にはおやじとおばさんのみである。二人でいまさらクリスマスで盛り上がる訳も無く、仕方なくケーキをもくもくと食べるのみである。違うか。

小さい子供がいる場合は違うだろうが、個人的に知る限りでは前述した内容が多いように感じられる。子供も高校生ともなれば反抗期真っ盛りであり、親と一緒にクリスマスなんてやってられっかよという気持ちであろう。個人的には、その気持ちは察して余有るぐらいである。

だいたいキリスト教徒でもないのに、なんで今更クリスマスを祝すのかと思うのである。そんな訳で中高年のクリスマスは、盛り上がらない。たぶん。

ところで、巷はどうかといえば、イルミネーションは華やかなれど、街の雰囲気を見ていてもあまり盛り上がっているとは思えない。かつては、どこもそれなりに盛り上がりを見せたクリスマスである。脅迫観念に支配されたように何事かをするのが当たり前であった時代があった。

クリスマス02
恵比寿ガーデンプレイスのクリスマス・イルミネーション2014

80年代のクリスマス、それは偽りに満ちていた

思い起こせば、80年代ではクリスマスは特別なものであった。なにしろ、若い人たちの間ではクリスマス当日には、高級ホテルを予約して泊まるのがトレンドとなっていた。なかでも赤プリが有名であった。いや、懐かしやである。何処かのパーティーに参加し、高級料理を食し、その後はシティホテルに宿泊するという具合である。

その行為の何が楽しかったのか、いまでは不思議である。それが、時代のなせる業と言ってしまえばそれまでであるが…。

とにかく、昨今ではかつてのようにクリスマスも盛り上がっていないように思うが、如何に。夜の社交界では、相変わらず稼ぎ時なのだろうか?、銀座、赤坂、六本木などでは、とにかく何かやっているだろうと想像する。やはり常連客はパーティー券などを売りつけられているのだろうか。

ま、盛り上がっている方が景気のためにはいいだろうが、個人的にはあまり感心がない。しかし、なんでこんなにも無関心になったのか。それはたぶん、かつてクリスマスなどの商業的イベントを仕事にしていたからだ。個人的な想いよりも顧客の関心が気になっていた、そんなときがあった。

かつて、毎年クリスマスの企画をしていたことがあった。思えば、それを夏の終わり〜秋にかけて、あーでもない、こーでもないと準備をしていた。

今年のテーマは何にするか、それが一番頭を悩ませたもんである。去年は、「ワンクラス上のクリスマス」だったから、今年はもっと上を狙うか?なんてことを本気で考えていた。とにかく、何かを買わせる事が目的であったから、その動機付けをしなければいけなかった。

そして、たしか80年代後半の90年を目前とした頃である。もうバブル崩壊直前のクリスマスの企画では、何故か「純愛」というテーマを思いついた。

もう嘘くさい愛なんてくそくらえという気持ちがあったはずである。もしかしたら。個人的に女性に振られたせいかもしれない。もう忘れてしまった、いや、思い出したくないだけかもしれない。

「純愛」とはなんだったか。何を根拠にそれを書いたか忘れた。まだ、本棚か段ボール箱の片隅に企画書があると思うが、探す気にもならない。したがって、想像であるが、たぶん、それまでのバブリーなクリスマス企画にうんざりしていたからだ。高級品(主に海外ブランド)をプレゼントすることが、クリスマスなのか疑問だらけであった。

しかし、求められるのは高額品をいかに売り上げるかであった。いやはや。

「純愛」とは、嘘偽りのない愛のことである。それは、自分に何をしてくれるかで愛を判断するのではない。その逆で、相手に自分がなにをしてやれるか。それを大事にするのが、本気の愛の証である。そんなことを書いたのではないかと想像する。

とにかく、見てくれがすべての時代はもう終わる、という予感があったのは間違いない。それは、当時の状況化であれこれ企画してれば、多くの人が気が付いたことであった。

行き過ぎた見栄の張り合いはいいかげんうんざりであった。いくら背伸びしても、たとえ高級品を身につけても品性や品格は備わらないようにである。当時の金持ちは、何故か嘘くさい人達ばかりであった。高級ブランド品が本来の輝きを失って腐りそうに思えたぐらいである。

そんな背景から、「純愛」に思い至ったことは間違いない。なんか人ごとの様に書いているが、自分のことである。いやはや。

そんな訳で、とにかく「純愛」をテーマに「トゥルーラブ何とか」(忘れた)というキャッチフレーズを付けて企画を実施した。しかしいま思えば、テーマは未消化であった。いまいち満足にはほど遠かった。

こんなはずではなかったが…過ぎ去った日はもう戻らない

それから時は過ぎて、世を席巻したバブルも過ぎ去っていた。それでも変わらずに毎年クリスマスはやってくる。バブルなクリスマスを経験した人達は、もううんざりしているが、それはクリスマスのせいではない。

うんざりするのは、クリスマスではなく人のやった行為のことである。なんと愚かなと思うしかない。高級ホテルがなんであれほど重要視されたか、たった一泊のことであり、しかも特別な日とは単なる思い込みでしかなかった。

何故、そうしたことが注目されたか。それはメディアのせいであろう。ネットはまだなかったから、主に雑誌メディアがそれを後押ししていたはずだ。女性誌はいうに及ばず、ファッション誌、男性誌のポパイやホットドッグとかもそうであった。

何を隠そう、前述したように当方もそれに加担していたひとりであった。過去は消せないが、反省することはできる。それで、良しとはならないが、しないよりはましと思っている。あしからず。

クリスマスをテーマにあれこれ書いてきましたが、当初の予定とは違ったものとなってしまいました。実は、当初は冒頭に貼った動画に関係したことを書く予定でした。ところが、書いてるうちに何故かバブル期のクリスマスを思い出して、それが中心となってしまいました。

こんなはずではなかったのに、と思ったときにはもう手遅れであった。

とにかく、日本のクリスマスは商業のためのものであり、それ以外のなにものでもない。人寄せのパンダとおなじく、賑わいをもたらせることが目的である。

こんなに、本来の目的とかけ離れた行事を大々的にやってる国はあろうか。たぶん、無いに違いない。おそるべし日本である。(なお、調べた訳ではありません)

追記、選挙結果が出ました。自民党は291議席となり前回議席数を下回りました。共産党は、8議席から21議席と大幅増となりました。これは如何に!

冒頭動画:クリスマスソング 梅林茂 映画「2046」サントラ収録

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