■デザイン|何故か、東京オリンピックのデザインが迷走する

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こんどはオリンピック・エンブレムが盗作騒ぎに!

■東京オリンピック2020は、何かに取り憑かれたか

 日本のデザイン界には、もういやはやというしかない。日本のデザインは優秀だったと思っていたが、それもいつの間にか劣化していたようだ。決めつけるのはよくないが、そうとしか思えない体たらくだ。新国立で迷走したことも、どく吹く風とばかりのデザイン界のシステムには、今後も期待できそうにない。

 今回のロゴ・デザイン(エンブレム)であるが、一部マスコミでは亀倉雄策氏のデザインを継承しているとされていたが、それは言い過ぎだろう。どこが?、と思うばかりであった。たぶん、広告代理店の差し金でヨイショしたに違いない。

 そこまでしないと、一般には浸透しないし、話題にもならないと分かっていたからだろう。しかし、今回の盗作騒ぎで悪い方で話題となってしまった。反面、いいデザインだという話題は皆無でしかない。少なくとも当方は知らない。

 このデザイナーさんは、いまのところ公式なコメントはしていないようだ。安藤忠雄氏が疑惑の中でだんまりを決め込んだあげく、情けない様子をさらけ出したのは記憶に新しい。それを活かして早めに対処したほうがよいかと思われます。しかし、どうやって証明しますか?。それが問題であるのは間違いないだろう。

 採用されたデザイン制作者は、元博報堂のデザイナーらしい。博報堂といえば、Jリーグやソフトバンクのロゴ、さらに昔では豊島園の広告デザインで一世を風靡したデザイナー、大貫卓也氏。そして昨今ではもっとも成功したデザイナー、佐藤可士和氏などを輩出している。

 コンペなどしなくても、この両氏のどちらかで良かったのではないかと思うばかりだ。ロゴを作らせたら、好みの差はあれど安定感のある両氏である。もっとも、この二人はいまやデザイン界のトップであり、そのデザイン料も半端無く高いはずである。

 何故か、大貫氏、佐藤氏のお二人はオリンピックには関係していないようだ。それとも、どこかしらで関わっているのか。残念ながら当方は知る由もありません。

 それはさておき、東京オリンピック2020に関して、何故このような出来事が頻発するのか。それはもしかしたら、今後起きるであろう良く無いことの前触れではないか、などと想像してしまう。何が起きるかといえば、それはアベノバブルの崩壊による未曾有の経済不況である。

 2010年代後半をピークにオリンピック後には、経済の右肩下がりが止まらなくなり、そのあげくに税収不足を補うべく消費増税を追加してさらなる不況へとまっしぐらという具合だ。まさに80年代バブルの崩壊の再来といえる。

 なお、あくまで想像であり、それは穿ち過ぎだと個人的にも思います。

 それにしてもデザインの重要性が叫ばれている昨今でありながら、この有様には日本のデザイン選定システムの未熟さが露呈している証拠ではないか。

 しかし、事前にこのような場合はどう対処するか明記していなかったのか。いわゆる危機を回避する対策はどうなっていたか。新国立もそうだったが、日本人の悪いくせがここでも発揮されそうだ。せっぱつまった危機が来るまで誰も決断しようとはしない。いったん決めたものはそのままで済まそう、という空気が腐臭を放っているようだ。

<オリンピックに関するデザインの評価>

・新国立競技場→諸条件に不適格→ごり押し→ゼロベースでやり直し

・おもてなし制服→目立つことが優先→おもてなしは何処へ→評価最低レベルに

・オリンピック・エンブレム→どこかで見たような→やっぱり→盗作騒動に

冒頭の写真:上左=ベルギーの劇場のロゴデザイン
     :上右=スペインのデザイン会社によるデザイン
     :下=東京オリンピック2020採用デザイン

<エンブレム審査員>
永井一正
浅葉克己
片山正通
長嶋りかこ
真鍋大度

■偶然?、それを証明する手だては無いに等しい

 これは偶然ではないかと擁護する声もあるが、それはたぶんデザインを知らない人々によるものだろう。少しでもデザインの現場にいたことがあれば、あー、なるほどね!と思うに違いない。何故ならば、デザインをする現場には多数の資料が存在する。世界のロゴデザインという資料本はいくらでもあるに違いない。

 デザイナーのなかには、資料を一切使用しないという人もいる。たしか、佐藤可士和氏は、作業現場から一切の資料を排除しているらしい。しかし、そのようなデザイナーはけっして主流ではない、多くのデザインの現場では洋書のデザイン誌や書籍が山のように積まれたなかで作業している。

 何故そのようなことがいえるか、実は当方も過去にパクリをしたことがあるからだ。例えば約20年ぐらい前であるが、某会社のクリスマス・キャンペーンで企画した「メイド・イン・クリスマス」のビジュアルに、バーバラ・クルーガー氏の作品集からヒントを得てパクったデザインを使用しました。

「Made in Xmas」という言葉だけを繰り返し表記しただけのポスターを色違いで2種類作りました。その他のツールもおなじく。ちなみに、このデザインにデザイナーの責任は一切ありません。責任の所在は、企画またはディレクションした当方にありました。幸い?にも、このときはとくに問題は起きませんでした。

 ちなみに、当方が仕出かしたパクリはアートからのものでした。また上記した案件以外でもおなじ様なことをしました。ただし、デザインからのパクリはしていない。何故ならば、それはなんとなく気が引けたからであった。

 当方の事例を参考にしましたが、それが今回のパクリ疑惑に通じるかどうかは分かりません。しかし偶然とするには、それを証明する手だてが無さ過ぎます。本人がやってないというのは、とても当てになるものではありません。それで、もし通用するようだったら誰だってそうするでしょう。

 いや、お前がしたから他人もしたと決めつけるな、というご意見もあろうと思います。いや確かにそのとおりです。しかし、冒頭の写真を見て頂ければ、偶然というのは苦しいかな、パクリではなくとも参考にしたと思われるのは仕方のないことではないですか。

 「似てしまうことはよくあること」とデザイナー仲間さんは擁護してるらしいが、たぶんそれを主張してるのは一部のお友達だけではないか。一般のデザイナーさんは、きっと違う意見ではないかと思われる。何故なら、擁護してるのは東京中心のデザイン中枢にいる人達であり、それはADCなどのデザインの権威が損なわれるからに違いない。

 それにしても、「似てしまうことはよくあること」という擁護論は、ある意味ではパクリを容認していると捉えられても仕方がない。当方とおなじく、擁護派デザイナーのみなさんもきっと身に覚えがあるからだろう。

パクった人と選んだ人が同じ人脈(ネットゲリラ)

■疑わしきは、排除すべき

 とにかく偶然を立証するのは難しい、であれば疑わしくばそれを排除するしかないだろうと思います。新国立では、何故かザハ案を擁護し続けて迷走が深まり、ついにギリギリで回避しました。それを思えば、パクリ疑惑が付きまとうデザインをいつまでも引き摺るのはどうか?と思います。

 関係者がいかに新国立問題を活かすかが問われるに違いないと思われます。ちなみに少し言い過ぎたかなーという思いもありますが、しかし、それでもなお東京オリンピック2020絡みのデザインには、擁護する点がまったく無いに等しいと感じています。

 なお、当方は最近のデザイン事情には疎いことを申し上げておきます。あしからず。

 追記:このデザインは、なんでもグラフィックデザイン業界の大御所?と呼ばれている原研哉氏と葛西薫氏を抑えての採用だったそうです。いやーほんとかよと思うばかりなんですが、いやほんとに。また、デザイナーの仲間内では擁護の声が多いそうです。そりゃーそうでしょーね、ある意味狭い世界ですから当然かもしれません。

コンペを仕切った代理店は、やはり博報堂ですか?。

 8月5日、デザイナーが記者会見を行って「世界に類のないデザイン」と自ら述べたそうである。なにかしら強い背景が伺える発言である。新国立で建築界は、不条理を押し戻した。しかし、グラフィックデザインの業界は、そうはいかないようだ。やはり広告と密接な関係があり代理店筋と強い絆があるせいではないか。

グラフィックデザイン業界の中枢は、これでその体質が知れたと言っていいだろう。

ランドスケープからみた新国立競技場の提案

■渋谷川がいまに蘇る新国立競技場/案

 白紙となった新国立競技場ですが、以下のような素敵なデザイン案がウェブで公開されていました。ちなみに、これをデザインしたのは建築家ではなくランドスケープアーキテクトをしてる人だそうです。詳しくはサイトまで。

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守屋 実/ランドスケープアーキテクト
渋谷川の復元(ランドスケープからみた新国立競技場の提案)

 現在、暗渠となっている渋谷川を復活させることがポイントとなっています。また、緑に囲まれた自然豊かな競技場としても魅力があるように思います。サブトラックも併設されていて、至れり尽くせりではないでしょうか。

 ただし、敷地の関係から客席数は8万とはいかず、約4万2千席を見込んでいるとか。やはりサブトラックを併設すると如何ともし難いところか。仮設で増席すればもう少しなんとかなりそうだがいかに。

 それにしても、このデザイン案はしっかりしたものである。見た目より中身優先であり、機能と環境が融和されている、これでいいんじゃないの。なにもザハ案の様なモニュメント性などなくてもかまわない。

 どうせそんなものは建築家のエゴでしかないからと思います。

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