■社会|ロゴ盗作問題で学者先生が擁護、なんとツイッターのフォロワー数をやり玉にする?

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テレビの劣化が止まらない、もはやネタ見せでしかない

■情け無いテレビ、もう時事問題なんてやる意味はない

東京オリンピック2020のロゴ(エンブレム)デザイン盗用問題であるが、デザイナー本人は会見を行いそれを否定した。これは当たり前であり、なんら不思議な行動ではない。とにかく、関連ツールの制作等がすでに動いているから、代理店を含めた関係者はなんとかゴリ押しでいくつもりと思われる。

とりあえず、東京都などの関係団体とも「みんなで渡れば怖くない」とばかりに意見が一致したのが透けて見えるようだ。新国立の腐敗構造となんだかよく似てきた様相ではないかと思うばかりである。

この事案では、ある特徴が垣間みえる。それは否定派はネット=一般人が多数を占めており、逆に擁護派には何故か有名人とおぼしき人達が多いことである。

一般人である多くの人達は、デザインが盗作とまでは言わなくても似ているとして一致している。しかし、擁護派の有名人さんは何故か似ていることさえ否定している。その代表的な意見が以下のとおりである。

古市憲寿氏 オリビエ・ドビ氏を「弱小の人」と批判する一幕

スタジオでは、司会の小倉智昭氏が「ご本人(佐野氏)が『見たこともない』と言った以上、(盗作は)証明できないでしょうね?」と、コメンテーターの古市氏に意見を求めた。

すると古市氏は、佐野氏を1人で会見に臨ませたことについて不満を露わにし「これはコンペで選ばれたわけで、選んだ審査員もいたし、東京都の担当者もいた」と、昨日の会見が、佐野氏に責任を押し付けていることに苦言を呈した。

さらに古市氏は「あと、オリビエ・ドビさんて、そんなに世界的に有名なデザイナーではないですよね?」と、失笑しながら批判を展開し始めた。

古市氏はドビ氏に対して「Twitterもフォロワー数が300人しかいないような『弱小の人』なんですよ。だから、本当に言いがかりだなって思っちゃうんですけどねえ」と、Twitterのフォロワー数を絡めて“言いがかり”と切り捨てた。

■学者先生は、Twitterのフォロワー数が重要らしい

どうやらテレビ専用の有名人は、見る目がないようである。はっきり言ってなんでこのような見識でテレビで意見を言うことができるか、その神経を疑うしかない。

小倉氏は、「ご本人(佐野氏)が『見たこともない』と言った以上、(盗作は)証明できないでしょうね?」と述べているが、おなじことが盗作疑惑のデザイナーにも言えることが判りませんか?。おなじでしょ、違いますか。

要するに盗作してない、という行為を証明する手だてもないということです。違いますか、小倉さん。問題は、「似てるか、似てないか」であり、見える目さえあればそれは判ることです。ちなみに、多くの人達が似ていると言っています。

だから問題になっているはずですが…。

似ている、それが真実ではありませんか。それを何故か、問題をすり替えていくのは疑問に感じざるを得ません。何かしらの思惑が働いているような気がします。テレビという媒体を通じて世論を動かすつもりですか?。

それにしても、テレビはいいかげんだなーと今更ながらに思うしかありません。小倉さんの迷言はあまりに有名なので脇に置くとして、学者先生の何の根拠もない妄言を堂々と垂れ流すとは如何にである。

その学者先生は、「Twitterもフォロワー数が300人しかいないような『弱小の人』なんですよ。」と盗作を訴えているデザイナーを蔑むかのような発言をしている。

Twitterのフォロワー数でその人物が評価できるなら、芸能人が一番評価が高くなるだろう。違うか。しかも、何を根拠にしているのか意味不明である。

「これはコンペで選ばれたわけで、選んだ審査員もいたし、東京都の担当者もいた」、だから正しい判断だとしたら、新国立でもなんら問題はなかった訳である。しかし、その関係者達はなんの問題意識も持っていなかった。それどころか意識的にスルーしていた。

だから白紙になったはずじゃなかったか。

新国立が白紙になった経緯が、何一つ活かされていない。誰かが言っていたが、まるで戦前の軍部の発想とやり方を踏襲しているようだ。それは、国家または組織のシステムが決めたことは、そのまま実行していくということだ。

いったん決めたことを覆すのは責任問題に発展するし、すでに動いていることは止めることはできないという思考が中心となっている。

この問題の要は、繰り返すが「似てるか、似てないか」でしかない。盗作疑惑が騒がれているのは、多くの人が似ていると判断しているからだ、いくら有名人が似ていないと言っても、それは詭弁にしか聞こえない。

だから、さっさとデザインを差し替えればいいだけである。それが出来ない時は今後に問題を先送りするだけとなる。いつの日か、もっと大きな問題となって跳ね返ると思われる。とくに根拠はないが、あしからず。

しかし、新国立の問題、東芝の不正会計、その他にもあるが、いま日本では組織のシステムが劣化しているのは明らかに違いない。これを正していけるかで日本の未来が決まると言っても大袈裟ではないような気がする。

ついでに、デザインコンペなどの規約はどうなっていたのか。もし、一位となったデザインに盗作疑惑があった場合、どう対処するか明記されていなかったのか。

例え、商標登録されていなくても、「似てる、似てない」は主観の問題だ。法的な問題とは別次元にあるはずである。とくにデザインにおいてはそうである。デザイン界は、大きな傘(代理店やクライアント)の下にいるだけでなく、ぜひ独自の見解を示してほしいと思います。

…………
追記:ちなみに個人的見解ですが、もはやデザインにオリジナルはないと思っています。それなら何故これを問題にするかですが、それはやはり国家的なプロジェクトであり多くの税金が使われるからに他なりません。証拠を突き付けられる様なデザインでなく、少なくとも身辺のきれいなデザインで行うべきと考えます。

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コメント

  1. yosrek より:

    否定派はネット=一般人 ×
    →否定派はネット=一般人の一部(憂さ晴らししたい人達)◯

    • cragycloud より:

      コメント有り難うございました。

      異なる意見は大歓迎です。いろいろ意見があって当然です。ちなみに当方は憂さばらしで疑問を呈してはいません。これまでの経験の一部から客観視して、そう思わざるを得ないので書いたまでです。もちろん、それが正解とは思っていませんが。