■映画|惑星ソラリス 得体の知れない何かがそこにある

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ソラリスの海は、人間のイメージを物質化する

■惑星ソラリスの海は、何を意図しているか?

 映画「惑星ソラリス」は、「2001年宇宙の旅」に匹敵するSF映画の名作として名高い作品である。「2001年〜」が1968年に、「惑星ソラリス」は1972年に公開されている。ほぼ同時期の作品といっていいはずだ。一部では、「2001年〜」への回答として作られたと言われているが、その真相はよく判らない。

 旧ソ連のきびしい思想統制下のなかでこの作品は製作されている。したがって、なんらかの検閲が行われたのは間違いない。しかし、それを経てもなお観るものに迫ってくる得体のしれない独特の閉塞感は隠しようがなく漂っている。

「惑星ソラリス」には、なにかしら、当時の体制に対する想いが込められているはずである。とくに、不気味に蠢くソラリスの海は、なにかそれを象徴しているように思われる。また、生き物のように蠢く海の映像は一見に値する。

 映画では、「惑星ソラリス」の軌道上にある宇宙ステーション・プロメテウスで起こる異変が物語の主要素として進んでいく。ソラリスにある海にはなんらかの知性が存在していることが発見されて、それを観察していく過程でステーションに異変が起きていた。乗員はそれと共存していくことを余儀なくされていた。

 共存を余儀なくされたものは何か。それは乗員、人間が抱くイメージを物質化して現れたものであった。それは、生きているとも、そうでないともいえた。また、それが何を意図したものかも判然としなかった。

 しかし、ソラリスの海がなんの目的で異変を起こしたか、それは一切映画で説明されることはない。「2001年〜」とおなじく、この作品も実に難解な映画といえる。アンドレイ・タルコフスキー監督は、後に意図的にそうしたと述べている。

 難解=退屈である映画が、いまでは名作の誉れも高いのは何故か。それは描かれた内容が、深淵かつ普遍的なテーマだったせいではないかと想像する。ソラリスの海には、なんらかの知性があったが人間はそれとコミュニケーションすることができない。したがって、判り合えることも不可能ともいえる。

 意思の疎通ができないというのは、当時の旧ソ連体制の社会を思い浮かべると何か意味深である。そこでの国民は、国家からただ押し付けられるだけの世界であって、一方的に押し付けられた価値観に国民は従うしかなかった。

 知性のあるソラリスの海とそれを観察する人間の関係性に、それは如実に表されている。そう思われるが違うだろうか。なお、幾つかこの映画に関する資料を見たがとくに説明したものが見当たりませんでした。

 とにかく、ソラリスの海が一方的に人間の心の奥底まで入り込んでくる様子は、不気味としか言い様がない。それは全体主義社会が人々を支配する構造に似ているのは言うまでもない、と思うがいかに。


惑星ソラリス 予告編1972

首都高が、何故か未来の世界として登場する

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 タルコフスキー監督は、映画の未来世界の様子を70年万博が行われていた大阪で撮ろうとしたとか。しかし、万博とは撮影時期が合わず、仕方なく首都高を滑走するシーンを変わりとしたそうである。ちなみに、監督は当時の首都高の未来感をいたく気に入っていたといわれている。

 ところどころ首都高の案内板の漢字が映るのは、なんとも変な感じであるが後のSF映画の金字塔「ブレードランナー」の異文化ごった煮の世界観を先取りしていたともいえるだろう。ちなみに、ブレードランナーでは歌舞伎町、香港、中近東などが混ざり合った都市世界を構築していた。

 この首都高のシーンは、案外長くていわば映画の見所の一つともなっています。現在、これを観るとなんともいえない既視感を覚えますが、とにかくタルコフスキー監督が首都高をこのように映像として記録、または記憶されたことは、とてもよかったのではないでしょうか。

 この作品は、難解といえる映画として有名になりましたが、見方を変えればきっと面白い映画になるに違いない。それは、不思議映画として捉えると案外簡単である。映画を読み解こうとかせずに、ただ単に感覚を開け放ち映像に浸れば、おのずと不思議世界のなかに、である。

 ぜひお試しあれ、ただし保証はいたしません。あしからず。

 他には、宇宙船内の描き方も興味深いものがあります。「2001年〜」での宇宙船のなかは塵ひとつないクリーンな世界観でありましたが、「ソラリス」のステーションもおなじく、一見するとクリーンです。しかし、少しだけ様相が異なっています、それは船内に部材やモノが散乱しているところです。

 この船内の一見クリーンだが、部材などが散乱している様子には、まさに後のソ連を想像してしまいます。それは、穿ち過ぎかもしれませんが。


首都高を未来世界としたシーン

■惑星ソラリス/ストーリー
映画はプロローグ(地上の現実)とエピローグ(惑星での未来)を持つ2部作。

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惑星ソラリス、それは宇宙のかなたの謎の星で、生物は存在は確認されないが、理性を持った有機体と推測されるプラズマ状の“海”によって被われていた。世界中の科学者達の注目が集まり、”海”と接触しようとする試みが幾度か繰り返されたが、いずれも失敗に終った。

そして、ソラリスの軌道上にある観測ステーションは原因不明の混乱に陥ってしまっていた。心理学者クリスが原因究明と打開のために送られることになった。美しい緑に囲まれた我が家を後に宇宙ステーションヘと飛び立つクリス…。

しかし彼を待っていたのは異常な静寂と恐しい程の荒廃だった。物理学者ギバリャンは謎の自殺を遂げ、残った二人の科学者も何者かに怯えている。そんなある日、突然クリスの前に、すでに10年前に自殺した妻ハリーが現われた。

彼女はソラリスの”海”が送ってよこした幻だった。”海”は人間の潜在意識を探り出してそれを実体化していたのである。妻の自殺に悔恨の思いを抱いていたクリスは、遂には幻のハリーを愛するようになるが、科学者としての使命感と個人的な良心との相剋に悩まされる……

アンドレイ・タルコフスキー映画祭/解説より
 
■惑星ソラリス 製作概要

<スタッフ>
監督:アンドレイ・タルコフスキー
原作:スタニスラフ・レム「ソラリスの陽のもとに」
脚本:アンドレイ・タルコフスキー、フリードリヒ・ガレンシュテイン

<キャスト>
ハリー:ナタリア・ボンダルチュク
クリス:ドナタス・バニオニス
スナウト:ユーリー・ヤルヴェト
アンリ・パートン:ウラジスラフ・ドヴォルジェツキー
サルトリウス:アナトーリー・ソロニーツィン
クサスの父:ニコライ・グリニコ

1972年/モスフィルム製作/長編劇映画/35mm/シネマスコープ/カラー/165分/2部作
1972年 カンヌ国際映画祭審査員特別賞、国際エヴァンジェリー映画センター賞
配給:ロシア映画社/日本公開:1977年

惑星ソラリス、それは…
「人間と、意思疎通ができない生命体との、ややこしい関係」を描いている…

参考文献:アンドレイ・タルコフスキー映画祭/解説より、ウィキペディア、他

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