■社会|安保関連法案に関して 憲法9条は錦の御旗なのか?

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なんやかんや言うても、アメリカ様の思惑には逆らえない

憲法9条は、自衛権を放棄していない!?

 安保関連法案に関して、マスメディア(の一部)では国民の多くが反対していると伝えている。しかし、その実態はいかに。SEALDs(シールズ)という学生を主体とした、反対デモが盛んに行われているが、そこに参加している大部分が既存野党勢力の支持者であることが某新聞のアンケート調査で判明した。

FNN世論調査で分かった安保反対集会の実像 「一般市民による集会」というよりは…(産経ですが、あしからず)

 共産党、民主党、社民党などが、集団的自衛権の行使に反対しているのはいまさら言うまでもない。憲法9条を錦の御旗に見立ててはいるが、そこには何か腑に落ちないものがあるのは否めない。それは憲法9条の成り立ちにある。

 1947年、現行の日本国憲法は発布された。それは当時の日本の支配者マッカーサーとその幕僚たちによって作られたものであった。草案には日本人も関わったが、その内容はマッカーサー以下の監修によって最終的には決められた。

 憲法9条では、戦争を放棄するとしているが、実は自衛権は放棄していない。当初案では自衛権も放棄する内容だったが、それを当時のGHQの幕僚が覆したといわれている。当時の占領軍の幕僚も一枚岩ではなかった。

 ちなみに、当時の日本共産党の幹部も自衛権のない国家は、国家とは言えないと当初案に反対したそうである。以下をご参照ください。(元ネタは池上彰氏)

日本国憲法の前文は、どんな人が読んでも感動すると思うよ(BLOGOS/永江一石)

 1946年(昭和21年)の憲法改正審議で、日本共産党の野坂参三衆議院議員は自衛戦争と侵略戦争を分けた上で、「自衛権を放棄すれば民族の独立を危くする」と第9条に反対し、結局、共産党は議決にも賛成しなかった。

 アメリカは、日本を永遠に封じ込めることを目論んだ。しかし、当時の世界の潮流は米ソ冷戦という構造に傾いていた。アメリカは日本の左傾化を恐れた。そして、やがて日本に自衛隊を作り上げて防波堤の役割を担う組織とした。

 なんのことはない、憲法9条はアメリカ様の都合で作られたものだった、と言っても過言ではないだろう。その証拠に日本はいまでもアメリカの前線基地?と化している。そして現在、安保関連法案に揺れるのは何故か。

 それは当然、アメリカ様の思惑にあるのはほぼ間違いが無いだろう。

 アメリカは、憲法9条で日本を封じ込めてきたが、それも限度がきたに違いない。経済的環境やその他諸々の理由でこれまでどおり日本を封じ込めておく余裕がなくなったと見ていいだろう。そこで一定程度の役割を日本に肩代わりさせる。

 それがアメリカの思惑に違いない、と想像できる。

 それを考慮するとシールズや既存野党勢力が、憲法9条を戦争放棄=平和憲法とするのが虚しく想えてくる。それはアメリカが目論んだ一定の目的ではあったが、それもいまや役目を終えたようだ。

SEALDsや野党の言い分には、ご都合主義が漂っている

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 はじめに断っておくが、当方は安倍政権を支持している訳ではない。しかし、同じくらいにSEALDsや野党勢力も支持していない。何故なら、その言い分には短絡的な物事のすり替えが見え隠れするからだ。

 たしかSEALDsのある人は、国家間の問題の対処に関して「おれたちが中国や韓国の人達と酒を飲んだり、遊んだりして仲良くして解決に導く」などという趣旨のことをツイッターで言っていた。かれらの言う通り仲良く遊んで国家間の問題が解決するならば、この世に紛争の種は無くなるに違いない。

 ぜひそれを実行してみせて欲しいもんである。言うだけなら猿でもできる。いや、違ったか。猿は喋れなかった、だから猿より質が悪いというべきか。

 とにかくデモをやるのは自由である。それは日本が民主主義国歌だからである。従ってそれ自体は悪く無いが、かれらの言い草には引かざるを得ない。戦争反対という誰でもが当たり前に考えることを正義のように振りかざして、口汚く相手(安倍総理とその政権)をののしる様子には醜さしか想い至らない。

憲法9条を守れ(戦争を放棄してるから)
平和憲法は世界で尊敬されている(誰も聞いた覚えは無いが)
戦争法案反対(いつ、だれがどこと戦争するのか)
軍隊があるから攻撃される(それ故に侵略された国家を忘れたか)
お前は人間じゃない(これは大学教授様が言ったそうです)

 等々、他にも多くのバリエーションがあるが、言ってる事は概ねひとつである。それは戦争反対である。

 それ自体は誰でも賛成であるから、余計に始末が悪い。戦争反対を御旗にすれば、あまり考えない人(失礼ながら)はそれを良しとしてデモに参加したりするだろう。それも自由ではあるが、いまいちど周りを見渡してほしいもんである。

ベ平連とSEALDsに共通するもの

 かつて、おなじく戦争反対を唱えた団体がいた。1960年代のベトナム戦争が激化していた頃である。その名は、ベ平連であった。左翼陣営には属さず、どこからも自由な団体として多くの支持を集めていた。

 それを主導したのは、作家、学者などの進歩的文化人であった。有名なのは小田実氏、なだいなだ氏などであった。かれらは、当時のマスコミ受けがよくてテレビ等にも多く出演していたとか。

 ベトナム戦争は、とにかくアメリカに大義がなかった。冷戦構造の中でベトナムの赤化を防ぐという一点に絞られた戦争だったと言っていいだろう。しかし、やがてアメリカは、その目的も曖昧となって泥沼に嵌まっていく。

 そして、世界中の非難を浴びる中で戦争の落としどころを探る様になっていた。そのような背景において、ベ平連の活動は正義の活動としての役割があった。しかし、ベトナム戦争が終結したあとにはもぬけの殻となり、あげくには左翼に吸収されて胡散無償していた。そして指導していた小田実氏も、いつの間にか忘れられた。

 いまや、ベ平連など聞くことはない。過ぎ去り日の藻くずとなって消えた。

 いま話題のSEALDsは、このベ平連に似ている。それは、どこにも属していない(いまのところ)ことにある。そして、一般市民が多く参加しているところである。それは、前述した戦争反対=正義という様に、それに参加することがファッションの一部と化した部分があるからと思われるが。

 ベ平連は結局は、左翼に吸収されてしまった。SEALDsや野党の動きには、何故か中国や韓国が好意的な見解を示している。それは応援していると言ってもいいだろう。それは何故か?、いまさら言うまでもないことだ。その構図にこそ一方の隠された真実があるような気がするがいかに。

 安保関連法案→集団的自衛権の行使→軍備増強→海外派兵→徴兵制→侵略戦争という流れを想像することはできるが、はたしてその通りとなるか。

 戦前の統帥権(軍部は天皇直轄の組織)という特殊な構図の中で権力を握った日本軍部の時代と現在では大きく異なっている。軍部独裁となった戦前の体制が蘇るとは思えないのだが、どうだろうか。

 それよりも、世界のどの国よりも独裁の体を成している中国の方が、日本の戦前の体制によく似ていると思えるがいかに。SEALDsや野党はそれには知らぬ存ぜぬのようだが、それはどうしてだろうか。

 都合の悪いことには、頬被り(知ってても知らない振り)するのはよく無いだろう。中国にもおなじことを言うべきだ。そしてアメリカ様にもだ。

以下は、ツイッターに寄せられたデモへの疑問のいくつか。

以下のサイトからツイートの部分引用しました。
とりまとは、「とりあえず、まあ」の略だそうです。
 
【とりま廃案!それな、それな!】自身の直接的経験と比較することによってのみ世界を解釈出来る「機能的非識字者」

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