■社会|EUの優等生ドイツに変調のきざしか 中国依存と難民に不安が…過る

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欧州で一人勝ちといわれたドイツに陰りがみえてきたか

中国依存のドイツにも変調のきざしが顕著となってきた

 欧州唯一の経済好調を背景にEUをリードしてきたドイツであるが、最近になって様子が変わってきたそうだ。それは中国に対する姿勢に現れている。これまで、ドイツのマスメディアは、中国こそ次代の救世主と持ち上げてきた。他国が、怪しいと思っていることでさえドイツでは好意的に報道されていた。

 それが、最近では中国の不適切な政治、経済運営を指摘しはじめた。しかし、日本からみれば、そんなことはいまさら言うまでもなく、10年以上前から指摘されていたことである。どうやらドイツでは、中国に依存するあまり政府、経済界、メディアなどが一体となって中国に対する不安を覆い隠していたようだ。

ドイツがついに中国を見捨てた!? 激変したメディア報道が伝える独中「蜜月時代の終焉」(川口マーン惠美「シュトゥットガルト通信」)

ドイツにおける中国報道が、ここのところ面白いほど変化してきた。

去年の半ばぐらいまで、ドイツメディアはとにかく中国贔屓で、聞こえてくるのは中国経済が力強く伸びていく話ばかりだった。「中国はあれも買ってくれる、これも買ってくれる」、「それも千個ではなく十万個」といった竜宮城のような話だ。

日本で報道される中国の姿とのあまりの差に、私はしばしばビックリし、どちらが本当だろうかと考え込むことさえあった。

当然のことながらドイツでは、中国に進出しなければ時流に乗り遅れるという機運が熱病のように蔓延し、産業界はずっと前のめりの姿勢が続いた。そしてメディアが、それらをサクセスストーリーとして報道し、同時に、中国と仲良くできない日本を皮肉った。

 ドイツは、一般的には技術大国であり、同時に環境などに配慮したエコロジーを推進する先進国というイメージがある。さらには、かつてのナチスの行いを反省した人道主義という側面も有している。

 イメージだけでいえば、日本などより高い評価であるのは否めない。ところが、そのドイツにも不安要素が立ちこめている。それは、なにごとも変化があるという前提を欠いた硬直化した政策にあると思われる。

 ドイツの政策は、一見すると理想的であり人類の未来に適合している。一方では、原発廃止などに見られるように短絡的ともいえる。原発を廃止してフランスから電力を輸入するという本末転倒ともいえることをしている。

 将来を見据えた場合、原発を廃止することは正解かもしれない。しかし、あまりにも舵を切り過ぎているようにも思えるがいかに。中国への経済依存もおなじく、ドイツでは中国に対する批判的な言動は自粛されていたようだ。

 ドイツは中国が永遠に成長すると錯覚したか。それとも、共産主義から民主主義へと様変わりすることを期待したか。共産主義が、資本主義(民主主義)と相容れないのはいまさら言うまでもない。

 現在の中国の市場経済は見せかけの資本主義でしかない。それは、ドイツのエリートなら判っているはずである。しかし、それでもなお、中国に依存しなければならなかった。それは、いわば問題の先送りをしていたといえる。

 ドイツは、かつてナチスに傾倒し世界を奈落の底に落とした。ナチスに傾倒していくときの、あの熱狂はなんだったか。何か、中国依存、エコロジー、人道主義への傾倒も、どこか共通するものではないかと穿ってみたくなる。

 それが単なる錯覚であればいいが、とにかく最近のドイツで起きている著しい変化が、次の時代に何をもたらすか興味がつきないところである。

フォルクスワーゲンの嘘の上塗り?

 VWが、排ガス規制を不正ソフトで逃れていたことが発覚し、世間を騒がせたのは記憶に新しい。なにしろ、技術の信頼度ではナンバーワンのドイツ製である。それが言うに事欠いて、嘘の技術で性能を補填していたのがバレた。

 誰がドイツ製の製品を疑うか、と自信があったのかもしれない。それぐらいにドイツ製は世界で信頼があった。しかし、もうそれも通用しなくなってきた。たとえドイツ製といえども、不正をすることが明らかになってしまった。

 VWは、欧州を中心としたクリーンエネルギーの勢いを後押しに急成長してきた。2015年の初頭では、日本車はクリーンエネルギーに乗り遅れている、と評論家達はドイツを見習えと言っていたはずである。

 ところが、クリーンなはずの欧州の都市は汚れているらしいことが判った。パリなどはスモッグで覆われる日が多いといわれている。まるで中国ではないか。

 欧州は、エコロジーでは先進国のはずであるが、どうしたもんだろうか。

 それは、VWの嘘がバレたことで、欧州の排ガス規制がゆるゆるだったことが証明されたことにある。「一見するだけでは、その実態は判らない」という見本のような出来事であるといえる。

 もはや確かなイメージというものはない、ドイツ=信頼の技術という概念は、失われたイメージとなった。これからは、ドイツ(信頼の証)も嘘を付くというイメージが拭えないだろう、と思われるがいかに。

ディーゼル排出ガス不正問題について「嘘はついていない」とフォルクスワーゲンCEOが発言(ライブドア)

VWグループCEOであるマティアス・ミュラー氏の物議を醸すインタビューを含めたつまずきが、同社のイメージをさらに悪化させた。

インタビューで、ミュラー氏は最初、VWは連邦監督機関に「嘘はついていない」と主張した。しかしインタビューがラジオでオンエアされると、その数時間後には彼の意味したところを説明するインタビューのやり直しを求めたという。

 ちなみに、VWの不正を告発したのはアメリカであった。ドイツには「緑の党」という自然環境派ともいうべき政党があったが、何故「緑の党」は見抜けなかったか、もしドイツ国内から告発されていたら、さすがドイツとされたはずである。

 しかし、それもあとの祭りというしかないが…。

パリ大気汚染
スモッグに霞むエッフェル塔

難民暴動?、ドイツの人道主義の行く末はいかに

 ドイツは、シリアなど中東からの難民を救済するという人道主義を明らかにし、来る者は拒まずの姿勢を示してきた。それ自体は、崇高な姿勢であり非難する根拠はないに等しい。しかし、それが国民の総意なのかは判らない。

 ドイツを主導する一部のエリートが先走っているとしたら問題である。難民を救済するのはいいとして、その先にあることをどこまで考えているか。国民は不安に駆られても不思議ではない。

 そして、2015年末にその問題が勃発した。難民を含む多数の移民が多くのドイツ女性を暴行したという事件が起きた。これに対しドイツ警察および政府の対処が遅れたようである。それは難民に配慮した結果ではないかといわれている。

 これはどういうことか。政府および警察は、難民政策に不具合が生じることを懸念し、事件を大々的に報道することを自制したとしたら問題である。それは、政府が、政策に対する民衆の不満を塞ぐという独裁に通じるだろう。

 難民問題でドイツは理念を貫き通すことに重きをおいて、どこか柔軟性を欠いている様に思われるがいかに。

 ドイツ政権は経済の好調を背景に、独裁色を強めているかと思わざるを得ないがいかに。難民救済は良い行いであるのは間違いないが、それにしても国民の総意を図った末でどこまで実施するか決定することが望ましいと思われる。

 いずれは日本でも、この問題が俎上に上がることになると思われるが、一部のエリート(政治家や学者)だけで決定されることがないように切に願います。

 十分に議論、検討(長期的視野)された上でなければ、国民および難民、共に互いのためにならないと思うが、どうだろうか。

独運輸相、国境閉鎖準備をメルケル首相に要請 難民流入(ロイター)

[ベルリン 18日 ロイター] – ドイツのドブリント運輸相はメルケル首相に対し、難民の流入を食い止めるために国境の閉鎖を準備するよう求めた。

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