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■小説自作|消えた女 いつもの日常の裏側に

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消えた女 いつもの日常の裏側に

作:cragycloud

その女は何処から来たか、そして何処へ

<一日目……>

某月某日、月曜日の朝だった。

 その日の朝は、いつものと変わることはなかった。7時頃に起きて朝食を済ました後、8時頃には燃えるゴミの袋を持って自宅を出ていた。目黒の自宅から渋谷の南平台にある会社までは30〜40分であった。妻は少し遅れて自宅を出たはずだ。妻の会社は五反田にあり、始業時間は10時からだった。

 会社に着いていつものように仕事を始めて、そしていつものように残業した。仕事を終えて帰宅したのは、夜の10時を過ぎた頃だった。

 自宅のドアを開けて、「ただいまー」といつものように声を掛けたが、それに返答する言葉は聴こえてこなかった。シーンと静まりかえった部屋に、自分の声が響き渡るようだった。まるで他人の部屋であるかのように。

 あれれ、なんとなくいつもと違うなー?、そんな感じがしていた。それは家のなかに人の気配が感じられなかったからだ。いつもなら、「お帰りー」という声が聴こえるはずだが、それはなかった。残業かなー、と思いながらクローゼットにスーツを仕舞い、そして部屋着に着替えた。

 なんとなく腑に落ちない、そんな気持ちが静かに広がっていた。

 残業するはずはないが、どーしたのか。遅くなるなら連絡があるはずだが、それもなかった。妻と結婚して約3年になるが、これまで妻が残業して遅くなったことはなかった。いつも自分が帰ると大抵妻は家にいたのだ。

 ほんの数回ほど、会社の飲み会か何かで遅くなったことがあるぐらいだ。それも事前に連絡はあった。今日、朝に何か言われたか、と自問自答してみたが、思い当たることはまったくなかった。

 妻の携帯にもかけてみたが繋がらない。電波が届かないと繰り返されるばかりだった。おかしいな?と想い始めていたが、すぐにそれを打ち消していた。

 食事の用意は当然されてなかった、仕方がないのでカップラーメンと冷凍のピザを食べることにした。テレビを観ながら、それらを食べているとあっという間に12時近くになっていた。テレビでは、芸人がパンツ一丁で「安心してください。穿いてますよ」と言っていた。いつもなら笑うが、今日ばかりは笑えないものだった。

 食事の片付けをしてから、シャワーを浴びた。時計の針は、午前1時になろうかとしていた。しかし、いまだ妻からの連絡はなかった。

 仕方が無いのでベッドに入ることにした。まだ、あまり心配はしていなかった。きっと、友達の家にでも行ったのだろうと思うことにした。

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<二日目……>

 ほとんど寝付けないまま朝になっていた。なんとなくだるい体を起こしながら、とくに意味も無く「おはようー」と言ってみた。しかし、それに返答する言葉はやはり聴こえてこなかった。

 妻は、まだ帰っていなかった。部屋のなかは静まり返っていた。あれ?、ひとりでいるのが、こんなに静かだったのかと思っていた。携帯の着信記録を確認したが、どこからも着信はなかった。

 朝食をとる気力も無く、仕方が無いのでスーツに着替えて自宅を出た。部屋にひとりでいると気が滅入ってくるからだった。

 何故、連絡が無いのか、そればかりが気になっていた。会社には、いつもよりずいぶんと早く到着していた。携帯を取り出し、またかけてみたが繋がらなかった。おかしいな、という想いが昨日よりも広がり始めていた。

 妻の会社に連絡しようと思ったが止めた。妻から、会社には連絡しないでと言われていたからだ。どっちにしろ携帯があるから、わざわざ会社にかける必要もないと思って、とくに詮索はしなかった。

 昼休みに妻の友達に連絡してみることにした。たしか、どこかのアパレルに務めている女性だったはずだ。携帯に登録してあった番号にかけてみた。

「あ、どうもー、妻がいつもお世話になっています」
「あー、どうもー、ごぶさたしています」
「あのー、突然ですが、妻から最近なにか連絡ありましたか」

「どーいうことでしょうか?」
「あ、いえ、どーということもないですが。あれです、妻とですね、ちょっと訳ありで…何か連絡でもないかと思って…」
「あー、夫婦のよくあるやつですね。それは大変だ」

「で、どーでしょうか」
「最近は、連絡はないですよ。ずいぶんと会ってもないですし」
「そーなんですか」
「あのー、いまさらですけど、特に親しいという訳でもなかったし…」
「え…そーなんですか?」

 友達として紹介されたはずのその女性は、実はあまり親しくはないと言っていた。偶然、飲食店で隣り合わせになり会話を交わしてから、たまに会うようになったそうだ。だから、妻のことはあまりよく知らないようだった。

 そういえば、自分もあまり妻のことは知らなかった。というか妻の過去にあまり感心がなかったと言っても過言ではない。

 なにしろ妻と出会ったのは、yahoo!の結活サイトであった。それはyahoo!というブランドがなければ、単なる出会い系と言ってもいいものだった。自分は、離婚を経験し、また妻もおなじであった。それでお互いに似た境遇ということもあり、とんとん拍子にことは進んで結婚することになった。

 それから約3年が経っていた。これまでとくに問題はなく過ごしてきたが、本当は何か問題があったかもしれない。自分が感心を持たなかっただけかもしれない。それが何か、なんてことは思い当たる節もなかったが。

 妻に過去のことを聞こうとしたことはない。自分はあまり他人の過去に感心がない性分だからだ。妻も、また過去を語ろうとはしなかった。それでいいと自分は思っていたが、いまの状況では何かしら探る手がかりが欲しかった。

 思い余ってついに、妻の実家に連絡することにした。

 妻の実家は、杉並区の西武沿線にあった。あまり連絡はしたくなかった。何故なら、苦手意識が強くあったからだ。妻の父親がとくにそうだった。公務員であると言っていたが、何をしているかは知らない。

 父親からは、あまり深く詮索されたくないというオーラが感じられた。だから、会っても仕事の話しは極力避けていた。通り一遍のどーでもいい話ししかしなかった。したがって、交流もあまりなく妻と一緒に年に一回会う程度だった。

 携帯に登録された妻の実家の電話番号にかけてみた。ところが、呼び出し音が鳴る前に、「この電話番号は現在使われていません」という自動案内がされた。番号を間違えていたか、そんなはずはないがと思いながら、もう一度掛けてみた。

 しかし、おなじく「この電話番号は現在使われていません」と虚しく繰り返していた。何かがおかしい、その何かが判らないのがもどかしかった。

 杉並の実家の場所は判っている。明日、行ってみようと思っていた。

 そして、会社には、家族の病気ということで有給休暇を申請した。今週いっぱい休むつもりだ。そのあいだには何かが掴めるはずと思った。

 明日は、妻の会社にも電話してみようと考えていた。するなと言われていたが、携帯が繋がらない以上、仕方がないだろうと思うことにした。

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<三日目……>

 朝、8時に自宅を出た。山手線を池袋で降りて西武池袋線に乗り換えた。池袋からは、約30分ほどで目指す駅に到着した。

 東京にしては小さな駅舎であり、駅前には商店街らしきものはなかった。駅前の通りを左方向に歩き出して、しばらくして今度は右折した。駅から10分ほど歩くと畑が見えてきた。東京にはまだ畑があったのだ。

 畑を見ながら思い出していた。そういえば、妻の実家は昔農家だったと言っていたはずだ。それが本当かどうかは知る由もなかったが。

 畑を通り過ぎて、今度は住宅街に入っていた。そして、目指す妻の実家が目の前に迫っていた。妻の実家の前で立ち止まった。ガラス戸にはカーテンが、そして雨戸も閉められていた。人のいる気配は感じられなかった。

 なんかおかしい、そんな雰囲気がしたが、玄関の呼び鈴を押してみた。しばらく待ったが、応答はなかった。もう一度押してみた。やはり応答はなかった。

 少し考えた後、思い切って声を出して呼びかけてみた。何度か、それを繰り返したとき、通りすがりの主婦らしき女性と目が合った。

「あのー、こちらのお宅、引っ越しましたよ」
「えっ、あのー、それはいつ頃でしょうか」
「もう、ずいぶん前ですよ。三ヶ月ぐらい前かしら」

「どちらに越したか、判りますか」
「ちょっと、それは判りません。お隣にでも聞いてみたらいかがですか」

 通りすがりの主婦の言うとおりにお隣の家を訪ねてみた。玄関口に現れた高齢の女性は、自分をうさん臭気に見ながら言った。

「挨拶もなく、突然いなくなったんですよ」とお隣の主婦は言っていた。
「引越しのトラックが来てあっという間に荷物を積み込んで…、それはもうー、ほんとにあっという間、近所じゃ気が付かなかった人もいるぐらいだから」

 お隣の主婦は、「突然いなくなった」「あっという間」を繰り返していた。どーやら、引越しの準備は、引越し当日のだいぶ前からされていたようだった。

 引越業者は、梱包された荷物を次々に家から運び出し、トラックに積み込むと、何処かへと走り去っていったそうだ。そのあいだ、僅か1〜2時間程度だったらしい。要するに、いかに準備されていたかが想像できた。

 しかも、引越しの当日に、家人の姿が見られなかったとか。つまり、妻の両親はいなかったということだ。それは何故なのか?、お隣の主婦は言った。

「あの、おたくも宗教関係の人かしら」
「はっ、いや違いますけど、何か?」
「いえね、お隣の人にセミナーだかなんだか知らないけど、やたらと誘われて迷惑していたのよ。だから、あなたもそうかもと思って…」

「そーなんですか。それはどんなものでしょうか」
「どんなものかは知らないけど、うちの息子が言うにはカルトだって。だから近づくなと言われたのよ」
「カルト?、カルトですか…」

 それははじめて知ったことだった。妻の実家はカルトと関係があるのか?。ということは、妻もなにかしら関係があっても不思議ではない。いや、そんな兆候はなかったはずだ。自分は妖し気な勧誘などされたことはないし、そんなはずはない。

 なんだか、頭のなかをぐるんぐるんと、得体の知れない何かが廻っているような気がしていた。

<つづく>

消えた女2

追記:この物語は、言うまでもなくフィクションです。

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