■小説自作|コンビニの夜6 赤いルージュの女

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赤い口紅は女の覚悟の証し

 アタシは、夜の闇に包まれた鬱蒼とした森の中にいた。

 黒々とした闇のなか、僅かな月明かりに照らされて人影が揺れるように動いていた。それはまるで前衛ダンスか何かのようであり、周囲の暗闇と相まってなにか得体の知れない不気味さを醸し出していた。

 そして、その揺れる人影は何事かをつぶやいていた。

「うう〜きみに〜、あ〜かいくちべにを〜、ぬってあげたい〜」と訊き取れた。

「気持ちわる〜」と思うと同時に一瞬にして鳥肌が立っていた。

 な、なにー、くちびるを縫うだと、それは「勘弁しちくれ〜」と思った。だが、それは勘違いだった。さらによく訊くと「君に赤い口紅を塗りたい」と言っていたのが解った。一瞬安堵したが、すぐに別の意味で気持ち悪さが募ってきた。

「あのー、なんで口紅を塗りたいんですか〜」と思い切って訊いてみた。すると、その揺れる人影は不気味な震える声で答えた。

「あ、あなたを〜、あいしてるから〜」と言っていた。

 ちょっと待っちくれ、ちっとも覚えがないぞ。なんなんだーあいつは、誰なんだよー、とばかりに頭が混乱してきた。

 そして、なんとも気持ちの悪いこの状況からはやく抜け出したかった。

 徐々に近づいてくる揺れる人影は、呪文を唱えるかのようにおなじ言葉を繰り返していた。「あ〜かい〜、くちべに〜を〜」と震える声で言っていた。

 そのときアタシは気がついた。そうだ、走って逃げればいいじゃない。なんで気が付かなかったのかしらと。なんだ簡単じゃないとばかりに走ろうとしたが、あれれー何かが変だった。なんと、足が動かないのだった。

「えっ、なんでー」と思いながら、何度も足を動かそうとするがちっとも動かない。そうしてるうちに、揺れる人影はどんどんと近づいてきていた。

 焦る気持ちはもうマックス状態になって、気を失いそうだった。そのとき、背後の暗い茂みの中からもうひとりの揺れる人影が突然現れていた。

 そして、「あ、あいしてるから〜」と言いながらアタシの肩を掴んでいた。

「ギー、グ、グアウギャーー!」とアタシは声を限りに叫んでいた。

……夢幻のごとくなり、アタシはベッドからゆっくりと起き上がった。ベッドの周囲には脱ぎ散らかした洋服が四方八方に散乱していた。

 気持ち悪さと焦る気持ちがまだ記憶に残り、わずかに手が震えていた。震える手で汗ばんだ顔を拭った、その手には何か赤い色が付いていた。

 それは赤い口紅の色だった。なんのことはない、化粧を落とさずに寝込んでしまったようだった。「あー、またやっちまったか」とアタシは思っていた。

コンビニの夜6 赤いルージュの女

作:cragycloud
登場人物:アタシ(はたちの女性)

赤い口紅が似合う女になりたい

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 すっぴん美人と言われるアタシは、化粧への目覚めが遅かった。

 誰にすっぴん美人と言われたかはもう忘れたが、5〜6人からそう言われているはずだ。いや、2〜3人だったか。とにかく、そう言われたのは間違いなかった。ちなみに、なぜかいずれも中高年の男性だった。

 できれば若い男性に言われたかったが、美人と言われて悪い気はしなかった。だから、深く詮索せずにポジティブシンキングすることにしていた。

 ある日、おまけに釣られて買った女性誌に載っていた広告で、赤い色がとても綺麗な口紅が目に付いた。「これいいなー」と一目見て心を奪われていた。

 日頃、あまり化粧に興味がないのに、その口紅がなぜか気になってしまった。目にも鮮やかなその赤い色は、アタシの女というアイデンティティーを刺激したようだった。そして、その口紅を購入するために近くのドラッグストアに向かっていた。そこでは菓子類は買っても、化粧品は一度も買ったことがなかった。

 口紅のコーナーに行くとその種類の多さに圧倒された。そんな数多いなかから、なぜあの口紅を選んだか、不思議な縁を感じていた。

 そんな魅惑の口紅を買って帰宅すると、しばらくパッケージを眺めていた。そして、いよいよ本体を取り出すと口紅の色を確かめてみた。目にも鮮やかな赤い色は、はやく塗ってみてといわんばかりであった。

 手鏡を持ってきてベッドに腰掛けると、その魅惑の赤い口紅をそーとくちびるに塗ってみた。そのときビビッと全身を走るものがあった。

 何かが「キター!」と感じていた。鏡に映るアタシは、いいおんな度が一段と上がっていたのだ。魅力倍増、モテ度マシマシなのは間違いなかった。

 ついにやって来たか、とアタシはモテ期の到来を予感していた。

モテ期到来と思いきや…

 運命のモテ期を予感させた魅惑の赤い口紅を、くちびるにしこたま塗ってバイト先のコンビニに向かっていた。その日、男性陣は言うに及ばず、女性陣からも熱い視線を集めていたのがはっきりと感じられた。

 間違いない、モテ期到来だ。そうアタシは確信していた。

 翌日、幼馴染の冴子と夜に食事をする約束をしていた。冴子は、信用金庫に勤めているが、地味な会社のベクトルとは正反対の派手めの女であった。ファッション大好き、スマホはキラキラだし、そして派手な化粧をしていた。

 そして、いつもアタシにダメだしをして、化粧のうんちくを語っていた。いよいよ、そんな冴子をギャフンと言わすときがやってきたようだ。

 待ち合わせの時間に少し遅れて約束のレストランにやってきた。街一番のおしゃれレストランだ。アタシは滅多にこないが、冴子は常連のようだった。この日、アタシはめずらしくスカートを履いていた。そしてくちびるには、魅惑の赤い口紅を入念に塗っていた。おんな度マシマシは間違いなかったはずだった。

「遅くなってごめんねー、なにしろ向かい風が強くてー」とアタシは言った。

「ん…、な、なにごとー」と冴子は怪訝そうに言った。

 冴子は、若干身を引きながらも目を大きく見開いてアタシをまじまじと見つめていた。そして「な、なにごと…」と繰り返した。

「なにごとーってなにがー」とアタシは訊いた。
「いやいやいや、アンタ化粧してきたんだなーと思って」と冴子は言った。
「そうだよ、見ればわかるでしょ」

 どうも様子が変だ、冴子は何かを言いたそうだが、それをぐっと堪えているのが伝わってきていた。

「えっ、なに。アタシが綺麗になってびっくりした」とアタシはポジティブシンキングに徹していた。
「綺麗って、あんた、いい根性してるよ」
「もー、何か言いたいことがあるなら言いなさいよ」

「じゃー言うけど、悪く思わないでね。はっきり言うと、まずそのくちびるがチョー変過ぎるよ。赤い色が強すぎるし、しかもこてこて塗りすぎてる。まるでくちびる化け女になってるよ。そこんとこ解ってないかなー」

 それから、さらに冴子は言った。

「より具体的にいえばさー、大福餅あるだろ。あれに赤い色をちょんと塗ってみ。想像できるだろー、赤い色がやけに目立つはずでしょ。それと一緒だよ」

「えー、うそー、そ、そんなーー」とアタシは信じられなかった。

 アタシは、くちびる化け女と言われてしまった。さらに大福餅とまで。バイト先のコンビニでも同僚はもとより、お客さんまでもが、大福餅のくちびる化け女にびっくらこいただけだったのだ。

 それを思い出すと恥ずかしさで全身が赤く染まるような気がした。

「あのさー、せっかく可愛い顔してんだからさ、もったいないよ」と冴子は衝撃的な言動をフォローするかのように言っていた。

「で、でも魅惑の赤い口紅なんだからー」とアタシは微かな自尊心を奮い立たせて言い返していた。しかし、同時にそれが叶わないことと思っていた。

 それから、急いでトイレに駆け込んで化粧を洗い流した。とくに赤い口紅を入念に落とした。すっぴんになったアタシは、晴れ晴れとした顔をして食事のテーブルにもどった。何か、急に憑き物が落ちたような気分だった。

 その後は、アタシの化粧をネタにした笑い話で盛り上がった。アタシは、イタさも笑いに変えるポジテイブシンキングが信条であり、立ち直りも早かった。

 冴子との食事が終わって帰宅したあと、魅惑の赤い口紅を小物入れの引き出しの奥にそっと仕舞い込んだ。そしていつの日か、きっとこの赤い口紅が似合うおんなになってやる、と密かに想いを込めていた。

「くっくそー、いまにみておれー」と、つぶやきながら。

ビフォー&アフター

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 アタシの化粧への目覚めは僅か2日たらずで一旦終了となってしまった。

 すっぴん美人にもどったアタシは、魅惑の赤い口紅もどこへやらとばかりに以前とおなじ生活をしていた。いつの日か、赤い口紅が似合う女になると誓っていたが、どーしたらなれるのか皆目見当が付かなかった。

 コンビニの同僚であるBくんなど、アタシの黒歴史を思い出させるかのように、すっぴんのアタシに「あれ、赤い口紅はどーしたの」などと訊いてくる。

 しばらくは、なにかと弄られたが、それも時が経つにしたがって嘘のように忘れられようとしていた。時は、ある意味で何事にもやさしいといえた。

 そんなある日、コンビニのカウンターにいると見覚えのあるお客さんが入ってきた。お客さんは、まっすぐカウンターに向かってきた。そうだ、アタシを「すっぴん美人さん」だと言ってたのは、このお客さんだ。

 アタシはお客さんの買うものが解っていた。それはある銘柄のタバコだった。うしろの棚からそれをさっと取り出すとカウンターに置いていた。それを見たお客さんは、「おっ」と言って驚いていた。

「いやー、おねーさん久しぶりー、あいかわらずキュートだね。いやー、なんか大人ぽっくなったかな。うんうん、そー綺麗になったのかな。ねー」と独り言のようにつぶやくと「どうもー」と言って帰っていった。

「むふふー、そうかーそうかー」と思わず笑みが溢れてきた。すっぴんでもそう見える人もいるんだなー。お客さんを信じよう、信じるものは救われるだ。

 なにしろ、アタシはポジティブシンキングが信条だから。それから、なんだか気力が充実してきたようだった。人間なんて所詮は気の持ちようか、とくに女はそうかもしれないな、なんて想っていた。

 …魅惑の赤い口紅は、まだ引き出しの中にそっと仕舞われている。

<コンビニの夜6「赤いルージュの女」/おわり>

注釈:ルージュ=赤という意味ですが、タイトルでは「口紅」という意味で使用しました。ご了承ください。

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