アタシのウエストにはくびれがない
カ、カピバラじゃねー
「あー、気持ちがいいなー、なんて温かいんだろ〜」と、うっとりとしながら温泉に浸かっていた。打たせ湯(滝湯)から流れ落ちる温泉が、肩のあたりにほどよく当たってほぐしてくれている。「ふぁ〜、あー癒されるわ〜」と感じていた。
気持ちがよくて、ついうとうとしていたが、なんとなく気配を感じて閉じていた目を僅かに開けてみた。すると、なんか茶色い物体が湯けむりの向こう側に見えた。なんだろうか、ともう一度確認しようと目を凝らしてみた。
なんだか、茶系の剛毛に覆われたずんぐりむっくりとした生き物のようだった。
えっ、あれはもしかして、カ、カピバラじゃね。なな、なにー、なんでカピバラが温泉に入っているんだろー。と不思議に思ったのもつかの間、すぐ隣でなんだかもそもそと動く気配が感じられた。それはゆっくりと静かに近づいてきていた。
すると、ぬーとばかりにカピバラが湯けむりの中から現れて、アタシをじーと見つめていた。カピバラは只々ボーと見つめていた。アタシもそれに釣られてボーと見つめ返していた。カピバラは動かざること山の如しだった。
アタシはしばらくカピバラに負けじと、じーとして、ボーと見つめていたが、その単調さについに辛抱たまらずに視線を逸らしてしまった。
そのとき負けたと感じると同時に、なんだろーねこの生き物は、と不思議に思っていた。アタシのことなんて眼中にないとばかりに、全く動じることがなかったからだ。なんとなく、アタシは悔しい想いに包まれていた。
いやーなんの、一匹や二匹のカピバラで驚くアタシではないぞ、仲良く一緒に湯に浸かろうね、とばかりに度量の大きいところを見せるつもりになっていた。
ところが、湯のけむりが風に流されて、すーと消えたあとに現れた光景を見て、アタシはびっくら仰天となった。なんと、カピバラは一匹や二匹ではなかった。あっちも、こっちもカピバラちゃんだらけだった。
なんと、ここは「カピバラの湯」だったのか。アタシはなんの間違いか知らないが、カピバラの湯に入っていたようだ。これはやばい、やばいと思って急いで湯から出ようと立ち上がろうとした。
しかし、立ち上がった感覚はあるが、なぜかカピバラちゃんと目線が一緒であった。あれー、変だなーと感じつつ、自分の足元を見てみた。そしたら、なんと茶色い剛毛に足全体が覆われていた。
しかも、とっても短い足だった。「う、うそー、なんなのこれー」、とアタシは誰に言うともなく思わず叫んでいた。
ちょっとまて、と一旦気を落ち着かせてから、自分の体をもう一度見直してみた。なんと、なんと体全体がやっぱり茶色い剛毛に覆われていた。しかも、カピバラ特有の寸胴体型で、ウエストのくびれはどこにもなかった。
ずんぐりむっくりの寸胴そのものであり、間違いなくカピバラちゃんだった。
「いやだー、いあ、嫌だーーーーー!、ウエストのくびれがないいーーーー!」、とアタシはあらん限りの大声を上げていた。
そして、その叫び声は、静かな温泉郷にこだまとなって響き渡っていた。
引用:http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/005/055/99/N000/000/002/126044684236316232206_DSC_1100.JPG
<アタシの部屋>
「いやだー、いあやだーーー」と叫びながら、ベッドのヘッドボードに、振り上げた手をしたたかに打ち付けて、「いててて、てつー」と言いながら夢から覚めた。
パジャマは、思いっきりはだけていて、お腹が丸見えとなっていた。まるだしのお腹は、こころなしぽっこりと膨らんでいた。そこにくびれはなかった。
それを見たアタシは、なぜか「ゾゾゾ、ゾー、タウン」と言っていた。それがなにを意味していたかは、本人でさえ知る由はなかった。
コンビニの夜11 カピバラの湯から愛を叫ぶ
作:cragycloud
登場人物:アタシ(ウエストのくびれに悩む21歳の乙女)
夏が終わり、ようやく秋が近づいていた。しかし、まだ涼しくはなくて、ときおり夏を思わせる気温が続いていた。昨日は長袖で、今日は半袖で十分というように、夏服を一旦仕舞い、またひっぱり出すことが繰り返されていた。
「ねー、あのさ、あんたウエストにくびれあるー」とアタシは幼馴染の冴子に訊いた。
「なにー、なんで急にそんなことを訊くんだよ」と冴子は怪訝そうに訊き返した。
「いやね、じつはね……」と、夢に見た「カピバラの湯」の話をした。
「がははははー、それでウエストのくびれが気になってんの」
「だってね、体が寸胴のカピバラちゃんだったんだよ。もう焦ったわー」
「むふふふ、あたしはねー、ちゃーんとくびれあるかんね」
「えー、そうなの。で、ちなみにウエストサイズはいくつあるの」
「えっ、ウエストかー、たしか58かな」
「おー、おー、言うじゃん。嘘ついたら針一万本だかんね」
「あ、そうそう60、いや63だったかな。いやや、ほんとは68だよ」と冴子は半ば切れかかってヤケクソ気味に言った。
「はっははー、やっぱりね。そうだと思ったよ」
「くくー、じゃあんたはいくつだよ」
「むふふふ、アタシはねー、ヒ・ミ・ツだよーだ」
「ちぇ、てめいー、いつか思い知らせてやるー」
アタシと冴子の会話は、いつもどおりのくだらない話で盛り上がっていた。冴子は、ウエストサイズは友達には言わないでくれー、と懇願していた。アタシはどうしようかなーと勿体ぶって、冴子を困らせた。
20代 64〜67センチ
30代 64〜69センチ
40代 69〜72センチ
<芸能人のスリーサイズ>
女性芸能人は、みなさんウエスト60センチ以下と公表している。しかし、それはどーも信用ができないぞ。なんせ60以下とは、かなり細いからだ。それでも、桐谷さんだけは、公表通りかもしれない。なんせ細いからね。
桐谷美玲
スリーサイズ:B78 – W57 – H83 cm(これは本当ぽい)
指原莉乃
スリーサイズ:73 – 53 – 81.5 cm(ウエストは嘘だな、バストは間違いない)
ローラ
スリーサイズ:88 – 58 – 86 cm(ウエストはもっとある)
壇蜜
スリーサイズ:85 – 60 – 89 cm(近いかもしれないが、もっとある)
個人的な想像だが、ウエスト公表数値に10を足した数値が正しいのではないか。
コンビニ女子のガールズトーク
秋の夜長は、これからが本番となる。コンビニは、夜のしじまに煌々と明かりを灯しながら、秋深しをいまか、いまかと待っている。
アタシは、きょうも麗しのともみさんと一緒に夜のコンビニで仕事をしている。ともみさんは、元介護師で落ち着いた雰囲気のある大人の女性である。しっとり系の美人さんとあって、お客さんからの人気も高い。しかも巨乳である。
なんとも羨ましいかぎりだ。ひそかにアタシは憧れている。
「ねー、ともみさん。アタシのウエストくびれてますかね」
「えー、何を言ってるの。決まってるじゃないくびれてるわよ」
「そーですかねー、なんだか自信がなくて」
「ちょっと、触って確かめてくれますか」
「仕方がないわね、じゃー確かめてあげる」
ともみさんは、そういうとアタシの腰に手を当てて僅かにぎゅっと握った。そのとき、ともみさんは一瞬ではあるが、怪訝そうな顔つきをした。
「だ、だいじょうぶよ。しっかりくびれてるわ」
「そうですか、でもともみさん一瞬、あれっという顔しましたよ」
「気のせいよ、気のせい。くびれてるわ」
「そうですか、じゃーくびれあり、ということにします」
「そうよ、自信持ちなさいよね」
ともみさんは、なんだかほっとした顔つきとなっていた。それがまたアタシを若干不安にしていたが、気にしない、気にしないと言いきかせていた。
最近、コンビニの無人化が話題となっていた。街中にはまだないが、工場などに設置が進んでいるそうだ。そういえば、このあいだ「GU」に行ったら、レジカウンターが無くなっていた。その代りに、自動精算機がずらーと並んでいた。
ボックスのなかに商品を放り込むと自動精算ができるシステムらしい。便利なのはわかるが、なんだか味気ない気がした。ファッションは女子には夢がある商品だが、まるでスーパーの無人レジで精算する生鮮食品みたいだった。
「ねー、ともみさん。最近、AIとかロボットが人に変わるって言われてるけど、やっぱりコンビニもいずれ無人化するんですかー」
「そうね、いずれはそうなる日がくるでしょうね」
「人がいなくなるのは、なんか寂しくないですか」
「そうよね、人と人のコミュケーションが、少なくなるのはなんだか寂しいわね」
「そういえば、最近はスナックが人を癒すって注目されてるそうですよ」
「スナックって、行ったことあるの」
「いやー、ないです。どんなとこですか」
「あなたの行くところじゃないわ。それだけ覚えていてね」
「わかりました。でもなんだか気になるなー」
「いいの、気にしなくて」
「そ、そうですか。じゃ気にしないようにしまーす」
カリフォルニアはどこでしょうか
夜の帳もすっかり下りて深さも増した深夜12時を過ぎた頃、入り口のチャイムが鳴って客が入ってきた。なんと“例のあいつ”だった。
※“例のあいつ”については「コンビニの夜10 涙あふれて」を参照ください。
“例のあいつ”とは、アタシに「ラブレター」をくれたハゲ男くんのことだ。ちなみにハゲ男くんというのは、アタシが勝手につけた渾名であり、ハゲの実態は定かではなかった。帽子(ハット)をいつも被ってるからどーなってるかは判らない。
アタシを見ると、恥ずかしそうに頭を下げて会釈した。そのあと店の奥の方に向かっていった。なんだか挙動不審だ。アタシはやはり来たかと感じていた。訊きたいんだろ〜例のあれを、その前に何か買っていけよなーと思っていた。
あいつはぐるっと店を一周して、商品をいくつか手にしてアタシのいるレジにやってきた。「どうもー」、と言いながら商品をカウンターに置いた。
「いらっしゃませー」とアタシはできるかぎり可愛い声を出したつもりだった。
「あ、あのー、ですね」といいながら千円札を出した。
「793円になります。千円からでよろしいでしょうか」
「あっ、よろしいです。全然よろしいです」
「あのですね、ちょっと訊きたいことがあるんですけど。あ、その前に返事をくれてありがとうございました。うれしかったです」とあいつは言った。
「あっ、あのー、返事くらいで大袈裟ですよ。べつに好きとか言ってる訳じゃないし、そのあたりは判ってくれますか」と、なぜか少しきつい口調で言いながら、レジ袋に入れた商品をあいつに渡した。
あいつは「判ります、判ります」と商品を受け取りながら、また二回繰り返していた。もしかして緊張してるのかもしれなかった。アタシはなんだか調子に乗りそうだった。少しだけウキウキとした気分が体を駆け巡っていた。
アタシって悪い女かしら、という想いがふっと浮かんでは消えた。
「それでですね、訊きたいことがあります。あのーですね、カ、カリフォルニアってどこですか。ネットで調べたのですが、この辺りにカリフォルニアっていうお店は見当たらないです。いったいどこでしょうか」
「カリフォルニア、さーどこでしょうか」とアタシは惚けた。
「あのー、あなたが書いたのですよ。カリフォルニアって」と言うと、あいつはなんとも不思議だという顔つきをしていた。
「たしかに、カリフォルニアと書きました。だからヒントを教えます。その1)香港にあるバー、その2)東京の恵比寿にあるレストラン、その3)近辺にあるスナックバー、その4)近辺にあるイタリアン・ファミリーレストラン、さあどれでしょうか、次に来るときまでに答えを用意してきてくださいね」
「は、はい。ていうか、なんだかゲームみたいですね。でも、なんだか楽しいです。コミュニケーションが深まるというか、なんというか」
「そうですかー、だといいんですけどー、あっ、その前に帽子取ってください」
「え、帽子ですか。いいですよー」と言って帽子を取ると頭髪はフサフサだった。しかしボサボサだった、ヘアースタイルに拘らないタイプのようだった。
なんだー頭髪あるじゃんか。なんだか肩透かしを食わされたとアタシは感じていた。勝手な思い込みだったが、一方ではフサフサでよかったーと思っていた。
「ありがとうございます、頭髪フサフサですね」
「あ、そうですか、普通だと思いますが…」
「そうですよねー、たしかに」
「じゃー、これで帰ります。また」
「ありがとうございました。またきてくださいね」
“例のあいつ”は、どこか楽しげな面影を漂わせながら帰っていった。
入り口のチャイムがまた鳴って、新しい客が入ってきた。夜は深まり、深夜1時になろうとしていた。コンビニの夜はまだこれからだ。
「いらっしゃいませー」とアタシは声を出していた。
<コンビニの夜11「カピバラの湯から愛を叫ぶ」/おわり>
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