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■小説|チンピラの夏(4)真夏の雨が降る

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半島の南に、真夏の雨が降る!

<前回までのあらすじ>
 オレは、テキヤ系組織の一員だ。普段は、地元のスーパーでクレープの屋台を出している。夏も盛りになる頃、社長に呼ばれて半島の南端にある海の家に行けと言われた。海の家では夜になるとクラブ営業をしていて、そこの防犯要員としてかり出されたのだ。そして、いまオレは昼間は海の家でかき氷を作り、夜はクラブでボディガードをしている。

チンピラの夏 その4 真夏の雨が降る

作:cragycloud(当該ブログユーザー)
登場人物:オレ

 外は雨だ。それもかなり激しく降り続けている。今日は、オレは久しぶりの休みである。ここ、半島の南端に来てから休みがなかったのだ。もっとも、休みがあっても行くところがない。なんとも寂しい限りだ。

 オレがいる宿舎は、組が借り上げた一軒家だ。普段は店長が、倉庫兼用にして住んでいる。そのうちの一部屋をオレが間借りしている訳だ。居心地は悪くない。これも、オレが組長の兄弟分の組織の一員だからだろう。

 海の家では、今日は上がったりだ。この雨じゃ仕方がないだろう。夜のクラブ営業は、いまのところ順調そうだ。なにしろ一夜のアバンチュールを求める若い奴らには事欠かないからだ。しかし、営業がこのまま続けられるかどうかは判らない。なにしろ、警察や一般住民の目がうるさい。他の場所では、すでに閉鎖されたところもあるらしい。

 一応、経営者は組とは関係ない人物になってるが、その背後に組がいることは警察も知っているはずだ。それでも何とか運営が継続しているのは、警察への付け届けが効いてるからだ。と店長が言っていた。

 そんなこんなを思い出しながら、オレはやる事がないので飯を食いにいくことにした。海からほど近い山の中腹に南欧風のレストランがある。ずいぶんと洒落た外観をしている。少なくともオレにはそう感じる。ここは、店長に教えてもらったのだ。なかなか料理がうまいのだ。

 しかし、今日はオレはひとりだ。少しだけ勇気をだして行く事にした。なにしろオレは19だから。しかし、オレはやくざだ。

 一番渋くてお洒落な服を選んで着てみた。といっても服はたいして持ってきていない。そのなかでもやくざを感じさせないような服を選んでみた次第だ。頭には通販で買ったハットを被った。

 サングラスもしたが、雨であるので外していく事にした。やれやれ、オレも案外お洒落なもんだ。などと呟きながら、外にでた。そうか雨だったか、傘はどこだ。玄関の脇に立てかけてあったビニール傘を思い出して、それを取って再び外に出た。

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 レストランまでは、歩いて10分ほど掛かる。この雨だ、たぶん空いてるだろう。と高を括っていく事にした。雨が激しくアスファルトを叩き、そして側溝へと流れていく。オレの足下はたちまちずぶ濡れだ。雨のせいで多少は熱さが和らいだが、蒸し暑いのは変わらない。

 服に雨が染みてくる。濡れた服が肌に不快感を伝えてくる。なんとも言えない気分の悪さだ。オレはレストランに急いだ。

 なんてことだ。レストランは若い女で一杯だ。女の匂いでムンムンしている。失敗した。雨で行くところがなかったのはオレだけではなかったのだ。しかし、オレはそんな風に考えてる事など少しも感じさせないように努力した。

 いつも来てる常連の如く、落ち着いた振りをして案内を待った。なんとか席はあるようだ。とりあえずなんでも良いから食って早く帰ろうと考えていた。

 案内された席は、予想どおり周りは女ばかりだ。なかにはカップルもいるが、僅かである。あー、落ち付かないこの気持ちはなんだろう。オレは、やくざだぞ。と自分に言い聞かせていた。レストランから宿舎に帰ってほっと一息ついてるとスマホが振動した。

 メールだった。レイコからだった。オレよりひとつ下の元不良の女だ。オレが属していた不良グループの周辺にいた仲間のひとりだ。彼女は、いまは東京にいるはずだ。キャバクラで働いていると聞いたことがある。

 なかなかケバい感じのいい女だ。オレの先輩にあたる人たち何人かとつき合っていた。しかし、まだ18歳のはずだ。あんなに大人びてこの先どうすんのか気になる。メールには、お盆には地元に帰るから一緒に飲もうと書いてあった。

 夜は行くところがないので、仕方なく海の家に行った。店長が、休みなのに働いてくれるのか。とジョーダンとも本気とも付かない事を言って笑った。しかし、それっきり放っておいてくれた。なかなか優しい店長だ。彼はこの世界で成り上がるかもしれない。

 さすがに雨のために客の入りはあまりよくない。それでも、まあまあ入ってるのはみな行くところがないせいだ。なんせ若い血潮は滾ってるからじっとしてられない訳だ。若い男は女を物色し、若い女は男を品定めしている。いつもの光景である。

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 オレが、カウンターの端っこで飲んでると、スタッフの女の子が声を掛けてきた。ショートヘアーがよく似合う、活発そうな女の子だ。

 しかし、オレより年上のはずだ。なにしろ、オレは19だから。ホットパンツというのか、短いパンツの下から伸びる足がまぶしくて堪らない。

「行くところがなくて、つまんないでしょ」
「いや、そんなことないよ。こうしてここにいるし」

「彼女と遊びには行かないの?」
「いや、彼女はいない。それに遊びに行く暇もないんだ」

「うそー!信じらんない。もしかしてアッチ系の人?」
「そんな訳ないだろ。ノンケだよ。普通だよ。そっちこそどうなんだ」

「それがさー、良い男がいなくてこまってんの。ほんとよ」
「それは残念だ。でも望みが高すぎるんじゃないのか」

「そんなことはないわよ。約束を守れる人があたしの望みよ」
「あ、なるほど。ふーん、どこかで聞いた事があるような…」

 そこそこ飲んだオレは、翌日に備えて早めに切り上げた。ショートヘアーの似合う店のスタッフの彼女が、こんど一緒に飲もうと言ってくれた。それは、うれしいね。と言って昼は海の家であるクラブを出た。オレは、シャワーを浴びてから寝ようと考えていた。

 今日は、何もしていないが、何故か満たされた思いに包まれていた。それが何故なのかは、自分でもよく判らない。雨はすでに上がっていた。明日は、また暑くなりそうだ。歩きながら何かが不足してるのを思い出そうとしていた。そうだ、傘を忘れてきたのだ。

「ま、いいか」と独り言を呟いて、そのまま歩き続けた。

つづく

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