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小説創作|とうきょうながれもの 其の三:二人のながれもの

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時は、やさしくながれて

 かつての繁華街のはずれにある伝統的な和風建物の中から、「ちんとんしゃん〜、ベんベん」という三味線の音色が細い路地裏に情緒を与えていた。

 三味線の音色は、ずっと忘れていた風情(風雅で味わいのある感じ)を思い出させるように、また遠い記憶の彼方へと誘うようだった。

 この和風の建物は、この地方で唯一といわれる見番だった。見番とは、 かつての三業組合の事務所であり、芸者の集会所、また稽古場でもある。

 この日の見番では、三味線の音色に合わせて日本舞踊の稽古が行なわれていた。

三業組合= 料理屋、芸者屋、待合茶屋の三種の営業を意味した。

『お師匠さん、ありがとうございました』
『おつかれさま、じゃまた来週ね』

 稽古を終えた着物姿の女性は、かすかに額に汗をかいていたが、それを気にせずに凛とした佇まいを漂わせて、風格を感じさせていた。

あたしの名は、お富


写真:masahiko murata

 はじめは「和風ラーメン」ってなに、とかなり疑問に感じたが、とりあえずものは試しとばかりに頼んでみた。それが意外とおいしかった。

 思えばそれから、もう3年ほどが経過していた。

 見番からほど近い、旧繁華街にある和食の店「蔵屋」を訪れるのは、週一回の稽古帰りの習慣となっていた。昔は海産物や乾物の問屋だったという蔵造りの建物の一階店舗部分を改装した飲食店だった。

 注文するのはいつも和風ラーメンという、この店独自のメニューだった。ラーメンといえば中華である、和風中華とはどんなものか気になった。

 あるとき、ご主人になぜ和風ラーメンなのか聞いてみた。すると主人は、苦笑いしながら、「いやね、うちは和食の店でしょ。ほんとはラーメンなんてつくりたくなかったんだ」というと、和風ラーメンの由来を語ってくれた。

 和風ラーメンの誕生は、ある常連の客が、「どーしてもラーメンが食いたい」って無理いうから仕方なくつくったのだそうだ。

 和食の店だから、当然ラーメンの出汁などはない、そこで和食ならではの、鰹節や昆布、そして醤油で味付けしたラーメン出汁に中華そばを入れてみた。

 それを食べた常連客は、これは意外とうまいぞ、といったそうだ。またつくってよ、という常連客の要望に仕方なくメニューの端っこに加えたという。

 その後、この和風ラーメンは口コミで広がり、このラーメンを食べるためにわざわざ来店する客が多くなったそうだ。あたしも、そのひとりとなった。

 何度かの改良を加えながら、いまでは店の看板メニューとなっている。

『お富さん、あんたのインスタ見たという客がけっこうくるんだよね』
『あっ、そうなんですか。知りませんでした』

 そうだあたしは、このラーメンを何度かインスタにアップしていたのだ。

『来てくれるのはうれしいんだけど、この女性はいつ来店するのかって訊かれてさ、こまったよ。だけどあんたの器量良しじゃ無理ないよね、いやほんと』

『ちょっとあんたー、なにいい年こいて、色気だしてんのよ。あたしがいるだろうにー、あん。ねーお富さん、そうでしょ』

 店の奥から出てきたおかみさんが、勢いよくそういうとご主人はすごすごと厨房へと戻っていった。そして、厨房のなかから両手を挙げて、外人さんがホワーイ?というような仕草をしていた。

『ごめんなさいね、お富さん。うちの人ね、あんたの大ファンだから、つい余計なこと言って、きょうもね、お富さんくるかな、くるかなーってそればっかり』
『あ、そうですか、ありがとうございます』

『こちらこそ、あんたのおかげで客も増えてるんだから』

 それから、少しのあいだおかみさんと会話をした。その内容はご主人の愚痴をこぼしてあたしに同意を求めていた。それを訊いていたご主人は、またホワーイ?という仕草を繰り返していた。

 和食の店「蔵屋」をでると、あたしは住まいのある集合住宅に向かった。繁華街からは少し離れた住宅地のなかにある五階建ての建物だった。

 あたしはその三階に住んでいた。すこし広めの1LDKだった。部屋の中は、ほとんどモノは置かれてなくて、がらんとしていた。けっして、ミニマリストではないが、空間がひろく感じられるのが好きだった。

 部屋にもどる前に、集合住宅の駐車場に向かった。そこには、あたしのバイクが停められている。1日に一回はエンジンをかけるようにしていた。

 バイクにかけられたシートをめくると、スタートボタンを押した。ブルんと車体が震えると、エンジンがかかった。ドッドッドッというエンジン音が響いた。

ハーレーダヴィッドソン・FXDLローライダー


写真引用:https://www.bikemanv2.com/entry/harley-davidson-osusume
 いまから5年ほど前、ある男が死んだ。交通事故だった。その男が所有していた数台のバイクの一台が、いま目の前にあるこのバイクだった。

 ハーレーダヴィッドソン・FXDLローライダーという。排気量は1689ccもある大型バイクだ。男の影響であたしはバイクに乗っていた。当時は、ヤマハSR400というバイクが愛車だった。まだ大型バイクの免許はなかった。

 男がイタリア製のバイクで交通事故死したあと、男の両親はバイクの処理にこまり、好きなバイクをあげるといってくれた。

 それで選んだのがローライダーだった。男は、スポーツタイプのバイクで事故死した。だから、あたしはゆっくり走るタイプのバイクを無意識に選んでいた。

 死んだ男は、日本橋にある江戸時代からつづく呉服屋の跡取りだった。両親は、跡取りの息子かわいさに、なんでも買い与えた。クルマは、ポルシェなど、バイクはイタリア製、ドイツ製、そしてアメリカ製と、いずれも高額なものばかりだ。

 男と出会ったのは、あたしが向島の芸者をしていたときだった。

 呼ばれた宴会の客のなかにいたのだ。その後、なんどか宴会で出会い、そして男から食事に誘われた。何度かデートするうちに、おたがい惹かれるものがあり、男女の仲となった。あたしが、まだ20歳代の前半だった頃だ。

 このバイクを譲り受けたあと、あたしは教習所で大型バイクの免許を取得した。それから、バイク乗りの知り合いの手ほどきを受けながら、なんとかこの大型バイクを乗りこなすようになっていた。

 ドッドッドッと低音のエンジン音が駐車場に響き渡っている。あまり長くエンジンをかけていると周囲に迷惑だから、スイッチを切った。カバーシートをもとに戻すと、集合住宅のエントランスに向かって歩きはじめた。

 日は暮れかかり、そろそろ仕事の準備にかからねばならかった。
 
追放された吉国の父

 社長こと望月さんのお世話になって、もう一週間が過ぎた。

 おれはいま、ITオタクのヤスこと安田くんと、バイク女子の萌絵ちゃんと同じ部屋でパソコンに向かって仕事をしている。

 収支計算シートをエクセルで作っていた。これが終わったら商品アイテムの単品管理シートのつづきをしなければならない。なんでこんなことしてるかといえば、数日前のことだ。この事業の収支はどうなってるか、ヤスに訊いてみた。

 するとなんと知りませんときたもんだ。なにー、なにを言ってるんだと思った。

 そこで経理や総務、その他雑用をしているおばちゃんこと大野さんに尋ねた。詳しいことは、知らないといわれた。大野のおばちゃんは、卸事業の管理はしてるが、小売事業の方は社長しかわからないと言っていた。

 小売は、アイテムが多いから管理がめんどーなのだろう。おばちゃんは、伝票のたばを持ってくると、これ整理してくれると助かると言ってよこした。

 それから、おれは商品アイテム単品ごとに在庫は何枚あって、何枚売れたかをエクセルに打ち込んでいた。それは気の遠くなる作業に思えたが、おれはこういうのがぐずぐずなのが我慢ならなかった。

 いま思えば、おれは闇金の支店長時代、収支だけは間違えないようにしていた。それを間違えると首が飛ぶからだった。

 それは冗談ではなく、文字通り首が胴体から切り離されるのだ。それは、まことしやかに社内で噂されていた。ある日、グループ会社の支店長が失踪した。

 その支店長は、売り上げをごまかして本社に報告し、差額を自分のふところに入れていた。それがばれて、だれかに拉致されて首を飛ばされたあと、どこかの山に埋められたという話だった。社内で知らないものはいなかった。

 会社の幹部たちは、社内の噂を否定しようとはしなかった。それはある意味、社内の引き締めを狙ったものだったと思われた。

 だから、おれは会社の金をごまかしたことなどなかった。なんせ、もとはたんなる平凡な大学生あがりだから、びびりなのだ。

 会社の幹部たちは、おれたちのしてることはたいして悪いことではない。そして、もっと胡散臭いのは、国家のシステムだ。特別会計の何百兆円もが、特殊法人の闇のなかへと消えている。それに比べればまだマシだ、と言っていた。

 そんな屁理屈あるか、と思っていたが、納得するそぶりをしていた。

 そんなことを思い出していると、おれの顔のすぐ横に萌絵ちゃんの顔があった。おれは、びくっとして思わず身を引いていた。

『な、なんだー、なんか用があるのか』
『あれ、ヨサさんって案外びびりなんですね』

 なんだか見透かされたようで、ムッとしたが、それを堪えてもう一度訊いた。

『なんのようだー』
『あのですね。いいですか、少しお時間ー』

 まだ顔が近かったので、おれの方から距離をとった。

『あのー、実はですね。うちの父がAVにでたんです』
『はっ、なに、AVって、あのAVか。なんでおとうさんがでたんだ』

 この娘はなにいってんだー、と思いながら話を訊くと、ほんとに彼女の父親はAVに男優として出たようだ。そして、その噂というか事実は、あっという間に近所に知れ渡ってしまったそうだ。いやはや。

 それを知った萌絵ちゃんの母親は、怒り心頭におよび父親を家から追放してしまったとか。現在、父親はどこかのホテル住まいらしい。

 彼女の話では、父親の吉国京三さんは、ある日まちを歩いていると、どこかの若い女性のあとを、カメラを担いだ男ともうひとりの男がうしろをついて歩いていたのを目撃したそうだ。吉国父はそれを何だろうと思い、ついていった。

 そして、カメラマンに寄り添う男に「なにやってんのー」と声をかけたそうだ。すると男は、いうまでもなく撮影ですと応えた。

 さらに興味を持った吉国父は、「なんの撮影なのー」「もしかしたらAVとかー」などと、迷惑そうにする男を気にすることなく訊いていた。

 しかたなく、男は「まー、そのようなもんです」と応えていた。

『おー、はじめてだよ。AVの撮影かー、奇遇だなー』

 などと言って、さらに興味深々となった吉国父は、あろうことか出演交渉をしたそうだ。ギャラはいらないからとしつこく迫ったらしい。

 撮影スタッフはもう呆れて、しょうがねーなーという感じで承諾したそうだ。

 そして、吉国父は、女優が住んでいるという設定の集合住宅の大家という役どころで出演することになった。そして、女優の住んでいる部屋を合鍵であけて押し入り、いやらしいことをするスケベ親父を嬉々として演じたそうだ。

 主役の女優は、売れっ子であり、男なら訊いたことのある女優さんだった。それが災いして、このAVが世にでると、近所の若い男たちが観たのは当然のなりゆきだった。その結果、このスケベ親父はどこかで見たことあるぞ、となった。

 そういう噂は、現代ではネットを通じてあっという間に広がる、そして、それが事実として認定されるまでに時間はかからなかった。

 そして、吉国父は、家から追放されたという訳だった。いやはや「まったくあきれてものがいえない」を絵に描いたようなできごとだった。

『で、おれにどーしろというんだ』
『父親も反省してるみたいだからー、なんとか両親のあいだをとりもってほしいんですけどー、おねがいできますかー』

 またまた、萌絵ちゃんの顔が近いので、おれは身を仰け反らせていた。でもなんでおれなんだー、と萌絵ちゃんに尋ねると、なんだか雰囲気的にAV問題に詳しそうだったからと言っていた。なんだそれは、おおいに異議があるぞ。

『しょうがないなー、とにかくおとうさんに会ってみようか』

 なんとも訳がわからんことをいう娘だなー、と思いながら渋々承諾していた。

つづく

小説創作:cragycloud
写真:masahiko murata
冒頭動画:花様情曲 by cragycloud

当該小説は、設定の引用はありますが、あくまでフィクションであります。舞台とする某地域のまちの様子も事実とは異なります。ご了承ください。

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