明けない夜はない、そしていつか世界へ
珍説・CRチバノラッパー 序章
作:cragycloud
ここは、大都会の東京からほど近い千葉のどこかーー。
千葉県の北西部では東京からの浸食が激しく、もはや東京の植民地と言っても過言ではなかった。なにしろ千葉なのに、とあるアミューズメントなどに東京と冠付けても誰も異を唱えないぐらいだ。いやはや…。
イエー!こ・こ・は、都・田・舎チバだぜー!イエー!
オケー!カモーンヌ!レッツゴー!
ぐるりと海に囲まれた半島 それがチバー!イエス、チバー!
東はパシフィック、西はトーキョーワーン、チバー!
東京は目と鼻の先、だけどダサイといわれる、チバー!
それでもサイタマにはマケネーゼー!イエー!
(chi-ba) (chi-ba)
シーエチアイ、ビーエー! シーエチアイ、ビーエー、チバー!
解体現場の作業員、デブのラッパー
解体現場で重機がうなりを上げて建物を押しつぶしている。ガラガラと音を立てて崩れた瓦礫が辺りに散乱する。作業員は、解体中のホコリが近所に拡散しないように瓦礫に水をホースで掛けている。この街では見慣れた光景だ。毎日どこかで解体がされている。そして新しい集合住宅が建てられていく。
おれは、ラッパーのMJだ。と言っても当然のように音楽じゃ食えないので、解体現場で作業員として働いている。この辺りじゃ高卒で就職するには、建築土木が一番手っ取り早い。事務職で働くような器ではないおれは、迷う事無くそれを選んでいた。なにしろ90キロ超の体重があり、体力には自信があったからだ。
ちなみに身長は、165センチだ。ようするにデブと言っても過言ではない。いや間違いなくデブだ。それは仕方が無いと諦めている。
中学生の頃から音楽、とくに黒人のヒップホップに夢中になった。そして、いつの間にか自分なりの日本語ラップを作るようになっていた。音楽の素養はなかったが、どうしても込み上げる衝動を抑えることができなかったからだ。
高校に入ってからは、同好の仲間とグループを組んだ。夢は、日本を代表するラッパーになることだ。そしてその先には世界がある。無謀という想いがチラホラと頭に過るが、そんなの関係ねーと隅に押しやっている。
おれには、少し年下の彼女がいる。彼女は、とても可愛い顔つきだが、なぜかいつも好戦的な目付きをしている。きっつーい目つきの彼女に、なぜおれとつき合ってるか訊いたことがある。彼女いわく、「デブだから」と言っていた。彼女はデブ専らしい。このときほど、デブで良かったーと思ったことはなかった。
「あのさー、おれが成功したら何がほしい?」
「えー、別になんでもいいけど」
「なんでも買ってやるぜー」
「クルマは何がいい?ロールスか、ベントレーか」
「なにそれ?」
「だから、超高級車のことじゃん」
「ふーん、アタシはミラターボでいいや」
「なんだ、それ?おれをバカにしてない」
「だって、あんたの夢につき合うほど暇じゃないから」
「おれは世界にいくんだぜ」
「えー、いつ?そのまえに東京に行ったら」
「東京なんか目じゃないぜ」
「へー、ほんと。だったら来週にでも行こうよ」
「いやー、来週はちょっとー、都合が悪いかなー」
「このくず、いくじなしのデブがー」
開業医の息子、ニートDJ
この街には、いくつか病院がある。そのなかで一番大きい病院に出来の悪い息子がいた。それがDJのB・C・Gだった。ラッパーMJの同級生であり、おなじヒップホップグループの一員だ。かれは、親が医者にしようとしたが、どうにも頭の出来が悪く親からも見放されていた。
一応は、病院の事務をしていることになっているが、その姿を病院で見る事は無い。なぜなら、かれの容姿が異様なため人前に出る事を禁じられたからだ。それをいいことに、かれは好きな音楽に浸っていた。グループでは、主に作曲やリミックスというサウンドづくりを担当していた。
親が投資目的で購入した中古住宅をスタジオにして一日中こもっている。仲間のラッパー達は、始終ここに集ってはああでもないこうでもないと、尽きる事のない無駄話をして過ごしている。
「やっぱり、日本のラップは駄目だな、おれたちで何とかしないと」
「そうだな、おれたちのメッセージを早く届けないと」
「B・C・Gさー、何か良い曲できたかよ」
「MJこそ、世界に届けるメッセージはどうした?」
「あうー、とさ。いまひとつ時間が掛かりそうなんだ」
「それこのあいだも訊いたけど、いつまで掛かるんだ」
「まてまて、MJも忙しいから。追いつめるなよ」
「そうそう。いつも考えているから」
「ほんとかなー?」
「B・C・Gは、うたぐりブカイネー」
「いつも部屋にこもり過ぎなんだよ」
「たまには外に出てさ。ナンパでもしたらー」
「なんでナンパしなけりゃーなんねーんだよ、訳わかんねーよ」
「まあまあ。そんなにとんがらずにさ。みんなで考えようぜ」
そんな訳でみんなで歌詞を考えることにした。自慢じゃないがグループのメンバーは、いずれも頭の出来は良いとはいえない。だから、とんでもなく無駄な方向にとんでしまうことがしばしばであった。
「とにかくテーマを決めよう」
「そうそう、テーマだな。で、何に?」
「そうだなー、やはり地域性は欠かせなくね」
「とすればだなー、チバならではの特異性かな」
「ダサイという偏見に満ちたチバに対する見方をさ。開き直って自虐的に表現するってのはどうよ」
「サイタマとどっちがダサイか。チバも負けてねーぜということか」
「そうそう。こちとらチバだからーという感じで」
「シーエチアイ、ビーエー!か」
「それでいいんじゃねーか」
一同、揃っていわく…
「ほんとーかよー!(笑)」
こうして、グループのテーマ曲が作られることになった。
<つづく>
追記:このショートストーリーは、言うまでもなく「SRサイタマノラッパー」にインスパイアを受けて描いたものである。サイタマにあるなら、チバにあっても不思議ではない。そんな気持ちを込めてみました。
「SRサイタマノラッパー」には、全国を巡る47都道府県制覇の計画があると訊いています。サイタマといえば、とにかくチバでしょう。入江監督には、ぜひ「チバノラッパー」を製作して頂きたく思います。
なお、最近のヒップホップではラッパーをMCといいます。また、サウンド担当をDJというそうです。
冒頭動画:「SRサイタマノラッパー」テーマ曲PV
写真:おなじく「SRサイタマノラッパー」より
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