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■小説自作|春きたる スウィートメモリー(桜咲く一瞬の季節の中で)

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春きたる スウィートメモリー

作:cragycloud

桜咲く一瞬の季節の中で

 今年は桜が満開になる時期が例年より早くきそうだと、テレビのニュースが伝えていた。どうやら桜は、いつでも蕾を咲かせる準備は万端のようだった。

 さて今日は何を着ようかと思案にくれていた。もう春だしサイケな花柄のシャツもいいかもしれない、いやストライプもいいかもしれない、などと迷っていた。

 どのシャツも中古衣料品店で500円ぐらいで購入した、派手な色の柄ものばかりだった。とにかくいずれも目立つこと半端ないしろものといえた。

 その中にヴィトン(のような)の柄ものシャツがあった。あれいつ買ったんだこれ、と思いながらとりあえず着てみた。「おっ、意外にいいかも」と感じて今日はこれを着ることに決めた。シャツがヴィトンなら、やはり帽子はあれだな。

 最近、購入したグッチ(のような)のハット帽子を被ってみた。アイボリーの地に淡いグレーでグッチの柄がプリントされたものだった。

 ちなみにヴィトンのシャツは、ヴィトンの柄が様々な色でプリントされたものだった。アーティスト村上隆がデザインしたマルチカラーというヴィトン柄によく似ていた。

 グッチとヴィトンのそれぞれの柄が絶妙のマッチングを見せていた。しかし、それは当人だけが思うものであって、他人がどう思うかは知る由もなかったが。とにかく、当人以外は怪しい雰囲気のファッションだと思ったはずだ。

 というのも、グッチもヴィトンもパッチもんだからだ。その出所が怪しいから着こなしも同様となったのは必然であった。


ルイヴィトン/モノグラム マルチカラー
引用:https://www.pinterest.jp/pin/782219028998794183/

元妻、春にきたる

 関東の某地方都市に住んで数年が経っていた。もとは東京に住んでいたが、この10年で数回の引っ越しの末に、この地に住むようになっていた。

 いまでは街の界隈も、勝手知ったる我が地のごときであり、脇道から脇道へとさっそうと歩く姿はファッションショーの花道をゆくかのようだった。

 そんな感じで細い脇道を歩いていると、たまに出会う人はみなぎょっとした顔をして道の端によって通り過ぎていく。そうか、そうか、そんなに格好がいいかと当人は思っていたが、そうでないのを知らないのは当人だけだった。

 脇道を右折しようとしたとき、生垣の中から猫が飛び出してきて「シャー」と威嚇してきた。それにびっくらして、思わず飛びのいた。その拍子に交通標識のポールにぶつかり、もんどりうって後ろにひっくり返っていた。

「うー、いてててー」と思わず呻いていた。そのとき後ろから声が聞こえてきた。

「おじいさん、おじいさん、大丈夫ですかー」と言っていた。

「だ、だれがおじいさんだよー」と思いながら振り向くと、そこには女子高生が二人並んで立っていた。片方の女子高生がグッチの帽子を手にしていた。

「おじいさん、おじいさん、大丈夫ですか」
「うー、ういしゅ、大丈夫でしゅー」とおれは言っていた。

「帽子落ちましたよ。これ格好いいですねー」
「あー、ありがとうね。ありがとう、ういっしゅー」

 そしておれは腰の痛みを堪えながら、ようやく立ち上がると、帽子を受け取り頭髪が薄くなった頭にかぶった。背筋を伸ばすと、もう一度「ありがとうね」とお礼を言って親切な女子高生と向き合っていた。

 しかし、そこにいる女子高生二人はなぜか不思議そうな顔で立ちすくんでいた。鳩が豆鉄砲を食らったような、という顔つきだった。

 なんで、あんなに不思議そうな顔をするのか、おれも不思議な想いとなりながら、ふたたび歩き始めていた。歩きながら、「だーれがおじいさんだよー」と再び思っていた。まぁー、間違いじゃないけどね、一般的には。

 それよりも、駅近くで会う約束をした人がいるのだ。もう約束の時間も過ぎているから急がなければ、と歩きを少しだけ速めた。

 その人とは、駅前のカフェで会う約束をしていた。久しぶりに会う人だった。その人は、なんと元妻だった。10年前に離婚して以来会っていなかった。

 妻と離婚する少し前まで、おれは某大手会社に勤めていた。案外居心地のいい会社でリストラもなかったが、なぜかおれは、その会社を自己都合で退社した。

 その理由を妻に伝えた時、激怒したのは言うまでもなかった。

 おれは妻に言っていた、「アーティストになるぞ、それが宿命なんだ」と。

「ア、アーティストってなんだよ、おめーにそんな才能があるのかよ、ねーよ、そんなのねーよ。みじんもねーよ」、と妻は大声で罵倒の限りを叫んでいた。

 それからは、おれは小説を書いたり、絵を描いたりしたが、ちっとも稼ぐことができなかった。あっという間に数年が経ち、蓄えも無くなりかけていた。

 そして、当然のごとく離婚に至った訳である。

 それから早いもので10年である。ちなみに元妻とは年の差は一回り違っていた。元妻は、まだ若く十分に美しくもあるはずだったが、再婚はしていなかった。それは看護師という職業と、同時に子育てで忙しかったからに他ならなかった。

 そんな元妻が、今日おれに会いにきたのは訳があった。それは一人娘の結婚が決まったからだった。娘は23歳で会社に勤めて1年ほどしか経っていなかった。

 元妻は、「まだ早いんじゃない」と言い訊かせたが、それは通じなかった。

「まーたく、言い出したら利かないだから。いったい誰に似たんだか」と元妻は電話で散々に愚痴を言っていた。おれのいせいだと言わんばかりに。

元妻、ふたたび激怒する

 元妻と待ち合わせたカフェは、この街で唯一の都会の香りがするカフェだった。茶系を基調としたシックシンプルな店内造作が案外気に入っていた。

 元妻はスマホに向かって何か操作をしていた。おれが「よう、久しぶり」と声をかけると、ぎょっとした顔つきでおれを上から下まで見ていた。

「どうよ、元気していた」とおれは言っていた。
「ちょっと、あんたそれ脱ぎなさいよ」と元妻はいきなり怒りモードで言った。

「えっ、ななにを…」
「そのシャツよ、恥ずかしいから脱ぎなさいよ。はやくして」

 ヴィ、ヴィトンなんだけどーなー、と言いながら渋々おれはシャツを脱いだ。元妻は、そのシャツを取り上げて何これ、趣味悪〜と言っていた。

「いやいや、ヴィトンなんだけどー、高級ブランドの」
「知ってるわよ、どうせパッチもんでしょ。ちがう」

「あたりー、よく判ったねー」
「わかるわよ、だって下品だしパッチもん丸出しよ」

 そして、元妻はヴィトンのパチもんシャツをくしゃくしゃに丸めると、おれの隣の席に向かってゴミのように放り投げていた。

 それから本題の話に入った。

「でね、あんたも親であるのは間違いないから、結婚式にはきてほしいって言ってんだけど、どーする。ね、どーするよ」
「えー、まじか。本当におれが行ってもいいのか」

「向こうの親御さんは、問題ないと言ってるし、だだし多少は好奇の目はあるでしょうね。それは仕方がないでしょ」
「まー、そだね。それは覚悟の上でおれは行くよ。それでお前はいいのか」

 という訳で娘の結婚式に出席することになった。それからは、お互いの近況について話をした。元妻に再婚しないのか尋ねると、もう懲りたと言っていた。

 おれは近況を訊かれて、長々と説明していた。

「あのさ、いまは絵をまた描いてるんだ。今度は抽象画ね、そう現代アートだ。それでね、描きためてリースにしようと思うんだ。アートリース、またはレンタルね。月々一定額で貸し出すんだ。え、どうよこれ。でね…」

 長々話すおれを元妻は、呆れた表情を隠そうともせずに、これみよがしにスマホをいじったりしていた。おれの話が終わると、元妻は待ってましたとばかりに、もう帰ると言っていた。そして一緒にカフェの外へと出た。

「おー、帰るのか」
「帰るわよ、当たり前じゃない。あしたも仕事だし」

「じゃ、またね」とおれは言った。
「いやいや、またはないから」と元妻は苦笑しながら言っていた。
「いやさ、結婚式でまた会うから、ね」

 そして元妻は、くるりと向き直るとそのまま駅に向かって歩き去っていった。おれはその姿を見送っていたが、元妻は一切振り返ることはなかった。

スウィートメモリー


引用:http://www.ninamika.com/

 おれは、帰途についたがその途中で、なぜか猛烈な胸の動悸がしてきた。それはこの十年感じたことのないものだった。

「寂しいー」という感情か、いやいや、そんなはずはない。おれには、その手の感情が欠落していると思っていた。もう一度、そんなはずはないと言い訊かせた。

 しかし猛烈な胸の動悸は、ざわざわと増していき一向に鎮まる気配はなかった。

 そんな胸の動悸を抱えながら歩いていると、前方に淡く甘いピンク色に染まった空間が見えてきた。目の悪いおれは目を細めながら近づいた。

 なんとそこには、他よりも早く桜が満開に咲き誇っていた。まるでおれを待っていたかのように。その淡く甘いピンク色の桜をしばらく見ていると、なんだか胸の動悸が静まってくるようだった。

 それは気のせいかもしれなかったが、癒されたのは間違いなかった。

 そして、元妻がおれとの結婚式で歌った「スウィートメモリー」を思い出していた。

 しかし…あれ、ほんとーにそうだったかなー、「スウィートメモリー」は結婚式には不釣り合いだろう。

 じゃなにを歌ったかな、思い出せなかった。そして「あ〜記憶が〜、記憶が〜」と、思わず呟いていた。

 どうやら、おれのメモリーはもう寿命らしかった。

♪なつかしい 痛みだわ

ずーと前に 忘れていた

でもあなたを見たとき 時間だけ後戻りしたの

幸せと訊かないで 嘘をつくのは上手じゃない

友達ならいるけど あんなには燃えあがれなくて…

引用:うたマップ/スウィートメモリーより
作詞:松本隆
作曲:大村雅朗
唄:松田聖子

<春きたる スウィートメモリー/おわり>

<おまけ/ルイヴィトンの代表的な柄

モノグラム柄
ルイヴィトンの代表的な柄といえば、なんといってもモノグラム柄でしょう。日本の家紋からヒントを得て作り出したといわれています。

ダミエ柄
ダミエ柄はモノグラム柄よりも昔からあった柄だそうです。

モノグラム マルチカラー
ご存知、現代アーティスト村上隆とのコラボで生まれたデザイン。

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