オレには、いまさら失うものなど何もない
なんでも始末屋 その1「今日から始末屋」
作:cragycloud
登場人物:オレ(元チンピラの探偵)
目黒駅前の通りは、いつもながら混み合っていた。時間も夕方であることから、日出学園の生徒などとすれ違った。ここの女生徒は割と美形が多い。それもそのはずで、タレントの卵などが多いと聞いたことがある。あのエリカ様もたしかここだったはずである。
それはさておき、今日も鹿鳴館で何かライブがあるらしい。バンドのグルービーらしい女がやたら目立っている。
全身黒で統一した衣装に、化粧までが黒っぽい。そんな女たちがたむろする通りを抜けて、その先にある煤けたラーメン屋の角を右に曲がり急な坂を降りていった。
この辺りは坂が多いし、しかも勾配がきつい。坂を降りた先をしばらく歩いたところに昭和30年代か、と思わずつっこみたくなる古いビルがある。そこが、オレの事務所兼住居である。
この古いビルは、目黒駅前にある某不動産屋の持ち物だ。この不動産屋は、ある筋の系列にある会社である。したがって、オレの住むビルもまっとうな方法で手に入れたものでないことは明らかだ。実はオレもその筋と関係がある。
それで、この物件の始末がつくまで、ここに住む事になった訳だ。いわば、このビルの見張り役も兼任という訳である。ま、いわくつきの物件ということだ。
オレは、ある筋の系列に属する会社に勤務していた。セキュティーサービス関連の会社である。なんと、この会社は警察OBが社長であった。後で知ったが、この会社はある筋と警察OBが出資して創立されたそうだ。
表向きは要人警護が主体であるが、裏ではセレブの行動を監視し弱みを握ることで恐喝まがいのことをしている。そして、ある筋の都合に合わせて利用するのである。その変わり、スキャンダルを始末することを請け負うのである。
オレは、そのスキャンダルを始末する役目を担っていた。
オレの住むビルは、元はオフイスビルだ。だから、住むには少々使い勝手が悪い。バスタブはない。シャワーが設置されているが、部屋から離れた場所にある。
これが、メンドーである。ま、只同然で住んでいるから仕方がない。5階建てのビルに住んでいるのは、オレとある筋から派遣された管理人と犬が一匹いる。この犬は獰猛な犬種だが、何故か大人しい。というか馴れ馴れしい犬だ。
いつものように、オレがビルのなかに入ると犬が尻尾を振りながら近づいてきた。飛びかかられると服が汚れるので、腰を落として犬の頭を撫でてやった。
犬は調子に乗って仰向けになり、腹をさすれと催促をする。やれやれと思いながら、腹を撫でてやった。うれしそうなこの獰猛と言われる犬は、たぶん番犬には不向きだろう。そんな事を思いながら、犬に「また、あとでな」と言って、オレは自分の部屋に向かった。
この古いビルの5階がオレの住居である。ひとりで住むには広過ぎるが、いくつかある部屋の一つを住居としている。他の部屋には入る事はない。持ち物はあまりない。ベッドと洋服がハンガーにいくつか掛けられている。テレビはない。
その変わりにパソコンとスピーカーがある。後は冷蔵庫と本が何冊かあるだけだ。だから、引っ越しは、簡単なはずだ。
パソコンの置かれた年代物の机に向かった。パソコンのスイッチをオンにして、立ち上がる間にコーヒーを入れた。メールを確認するとオレのクライアントからファイルが届いていた。
依頼案件の資料らしい。オレは、以前いたセキュリティーサービスの会社を辞めて、フリーランスの探偵業を始めたばかりである。今回の案件が、独立後、はじめての仕事だ。元請けは、かつての勤務先である。
そもそもオレが独立したのは、個人の都合ではなく、勤務先の都合であった。かつての勤務先は、まっとうな仕事というより、塀の上を歩くような仕事であった。そのような仕事は、社員より外部の専門家に依頼する方が、何かと都合がいいのだ。
そこで、オレは外部の人間になるように促された次第だ。それには、従うほかないのだった。なにしろ、まっとうな会社ではないからだ。
さて、オレに何をしろというのか。気は進まないが、それでも習慣というものは恐ろしいもので、見るしかなかった。どうやら、今回の案件は某セレブタレントのスキャンダルらしい。この手の案件はこれまでにも手がけたことがあった。
スキャンダルが拡散しないようにいろいろと手を回すのである。金を配ったり、女を抱かせたり、ときには脅す事もある。ま、世間で言われていることは一通りやる訳である。それが、オレの仕事である。
オレは、早速クライアントにメールをした。内容は、
「了解致しました。今日から始末屋を始めます」と書いた。
さて、これから、フリーランスの探偵家業の始まりだ。気は進まないが。やるしかないのが、オレの置かれた立場というもんだ。なにしろ、オレには失う物はないし、だから、怖い物もないと言っていい。この先どうなるか、それは神のみぞ知ることだ!。
つづく
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