■時代と流行|クラシコ 流行を超えた美

とこしえなる美の永遠性とは何か


カワイイクリックの表紙 1989年 写真/田原圭一

このテーマは、1989年に発行された「カワイイクリック(Cawaii Click)」という資生堂イプサの広報誌を参考にしたものです。以下の本文も一部引用、抜粋しています。当時、カワイイも、クリックもまだ一般的でなかったはずであるが、ずいぶんと早いネーミングである。それもそのはず、編集は秋山道男であった。

しかし、後で知ったが、クリックの語源は、パソコンではなくカメラのシャッター音から取ったようである。1989年では、それも当然かもしれない。

クラシコ、それは英語ではクラシック

クラシコとは、イタリア語であり、その意味するところは時代を問わぬ優美、格式、上等、法則などを指すらしい。いわば、あらゆるトキ、コト、モノを超えて生きながらえ、流行という一時的な熱から成熟の域に到達した美の極致とも言うべきものである。なるほど、と個人的には納得する次第であるが、皆さんは如何に!。

しかし、クラシコも過去においては流行であったはずである。一時的な流行であったはずの様式が、現在でもその美を輝かしているのは何か訳があるはずである。何故、その様式は生き残ったのか。それは謎である。参考にした「カワイイクリック」にも具体的には書かれていない。

個人的に思うのは、人がその様式と向き合うなかで生まれた一種の関係式が深まることで、その美の様式が成熟したのではないかと感じる次第である。いわゆる経年したことで美が極致に到達したのではないか。しかし、一方ではすべての美が経年すればクラシコになるとは思えない。したがって、クラシコといわれる美は、歴史のなかで選ばれた真の美の様式なのかもしれない。


イタリア コモ湖 ルキノ・ヴィスコンティの別荘

上の写真は、映画監督ルキノ・ヴィスコンティの別荘である。なんでも、彼の祖父母がここを屋敷として建てたとか。ちなみに、元は修道院であったそうだ。この祖父母は、娘がヴィスコンティ伯爵と結婚するにあたり、この屋敷を娘に与えたそうである。この娘と伯爵の子供がルキノ・ヴィスコンティであった。

上段の写真は、イタリアのトリノに住む弁護士の居間である。彼は、美意識は進化するから家具は一度には揃えないと言っている。なかなかの審美眼の持ち主らしい。写真の家具は、オークションで巡り会うまで、代用品さえ置かずにがんばって獲得した一品だそうである。

下段の写真は、18世紀のフラワーオーナメントである。古今東西変わらぬ美を保っているのが花柄である。花や植物の柄は、古代エジプト時代からあるらしい。時代は変われども花や自然に感じる心情に変わりはないようである。


イタリア トスカーナ地方にある家の居間

クラシコな家とは、けっして豪華なという意味ではないようだ。お金には変えられない時がそこにはあり、静かに住民を見守っているようである。使い込まれた家具とどちらかといえば地味な内装のなかにも、豊かな精神性がたゆまない美を放っているようである。


上と同じ家のエントランスホール 床のモザイクが美しい


アールヌーボーの植物の美

以下は、ヴィスコンティ監督の名作「ルートヴィッヒ」復元完全版!

ルートヴィヒ 復元完全版 デジタル・ニューマスター [DVD]

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

おすすめ記事
スポンサーリンク