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■小説自作|コンビニの夜10 涙あふれて… As Tears Go By

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夜はやさしく、つかの間の至福のとき…

群青色の空に灰色の雲が流れていく

 群青色の空は徐々に深みを増していき、そして夜のとばりがおりてくる。

 月はときおり現れては、恥ずかしそうにまた灰色の雲に隠れてしまう。ビルには明かりが燈り、道路のアスファルトは灰色を深くして夜に溶け込んでいく。

 夜が街をやさしく包み見込んで、街はオレンジ色に染まる。やがてオレンジ色の明かりは徐々に少なくなり、漆黒の闇に街は包み込まれてしまう。

 夜はやさしく、つかの間の至福のとき、それは夢幻のごとく…。

 アタシの想いは、深い湖の底にいる。ときどき湖上に出ようとするが、その願いはいつも叶わない。アタシの想いが、重すぎるからだ。

 深い湖の底には、僅かに水の流れがあり、アタシの想いを揺すぶって驚かす。

 それは、まるでイタズラのようでもあり、またアタシに決意を促しているようでもあった。いつまでも、ここにいてはダメだよ、と言っているかのように。

 そして、ついにアタシは決意した。僅かな水の流れに乗って湖上に出ようと…。

 そのときがやってきた。いつになく水の流れが強く、それに乗っていこうと水の流れに身をまかせた。ゆらゆらとアタシの想いは水の中を漂う。

 湖上には微かに光が見える。うまくすれば、このまま湖上に浮かぶかもしれなかった。それがいつになるか、見当もつかなかったが…。

 水の流れにゆらゆらと漂いながら、湖上の微かな光を見つめていた。

 目から涙があふれてきた。とめどもなく、涙があふれてきた。

 もうすぐだよ、大丈夫だから、判っているから…。

 目から涙があふれてきた。

 As Tears Go By…、アズ・ティアーズ・ゴー・バイ…。

コンビニの夜10 涙あふれて…As Tears Go By

作:cragycloud
登場人物:アタシ(デートに誘われた21歳の乙女)

デートに誘われて、カリフォルニアの青い空

 アタシは、水の中でもがいていた。水面まであと少し、あと少し、だけどもう息が続きそうもない。く、くるしい…、もうダメだ。

 そう感じたとき、なんだか顔を舐められている感覚がした。ぺろ、ぺろと舐められている。な、なんだろうと思って重い瞼を開けてみた。

 そこには、我が家の愛犬ポン太が、アタシの上に乗っかって顔をまじまじと見つめていた。その距離、僅かに0.1mm。ち、近すぎだろうと思った。

 ポン太は、アタシが起きたのを確認して、うれしそうに尻尾をふりふりしながら、また顔を舐めはじめた。なんだよー、と思いながら気がついた。アタシの顔は濡れていた。それはポン太が舐めたからではなかった。

 ポン太はアタシの濡れた顔をぬぐっていたのだ。それは涙のようだった。

 そういえば、なんだかとても重苦しい夢を見た記憶がある。とても苦しくて、苦しくて、もうダメだと思ったときに目が覚めた。

 どんな夢だったかは、もう覚えていない。

 しかし、ポン太はいつからアタシの上にいたのか。あの重苦しい夢の原因は、ポン太のせいでもあるに違いなかった。

「ポン太、重いんだけど…どいてくれる」、ポン太はその言葉を理解せず、尻尾をふりふりしながら、また顔を舐めてきた。

 アタシは諦めてされるがままにした。そして涙はすっかり無くなり、その代りにポン太のヨダレが顔を濡らしていた。

カリフォルニアで、お会いしましょう?

 ラブレター…、この響きはとてもいい。ところが、いざラブレターを貰ってみると、なんだか複雑な心境となっていた。

 そう、アタシは、なんとラブレターを頂いたのだ。ムフフッと普通は思うに違いないが、ウーンこれまたどないしよーと考え込んでしまった。

 福士蒼汰からラブレターを貰ったら、ウキウキ気分となったかもしれない。そういうお年頃だし、無理はないと思うが違うかしら…。

 ところが、ラブレターをくれた相手は、なんだか冴えない感じのハゲ男だった。ハゲというのはアタシの想像だけど、いつも帽子を被っているから、そうに違い無いとアタシは確信している。

 あの野郎、絶対ハゲだ!間違いない、という確信は日を増すごとに強くなっている。あーあ、福士蒼汰だったら、どんなに良かったかと思う今日この頃だ。

 そ、それにあの野郎、アタシのことをアホだと思っている。アタシのアホみたいなところが好きだとかなんとか言っている。が、我慢がならない。好きになったのはいいよ、しかし、もっと違う所に惚れろよ、と思わずにはいられない。

 例えば、容姿淡麗であるとか、どこか美しいところをひとつでも言えよ。あるだろうに、違うか。ほんとに女心をわかってない奴だ。

 僕がアナタに恋したのは事実ですが、しかし、容姿が美しいからとか、可愛いいからとか、という理由とはだいぶ違うようです。

 いつだったか、アナタがレジカウンターの中で、小顔エクササイズ(たぶん)をしているのを見たことがあります。目を吊り上げたり、口を大きく開いたり、一心不乱にしていました。まるで変顔の練習みたいでした。

 そのとき、僕はなんて可愛いんだ、と思っていました。本当です。そして、変顔のアナタに恋をした、と言っても過言ではありません。

 変顔のアナタに恋をした、なんてラブレターで書くのは変ですよね。しかし、いま振り返ってみれば、思い当たる恋の動機はそこにあります。

 恋(縁)は異なもの、といわれますが本当のことのようです。

小説自作|コンビニの夜9 幾年月の夜をこえて

 とにかく、なんて野郎だとは思っても、アタシは悪い女ではないから、とりあえず返事を出そうと考えている。しかし、なんて書いていいか判らない。

 そこで幼馴染の冴子に相談することにした。冴子は、信用金庫に勤めているが、地味な会社のベクトルとは正反対の派手めの女であった。ファッション大好き、スマホはキラキラだし、そして派手な化粧をしていた。

 おとこ友達も多いようだった。その辺りは、アタシよりずーと進んでいた。

 アタシが非番の日、夜8時に下々が安心して寛げる「サイゼリヤ」で待ち合わせた。アタシは約束の時間の10分前に着いた。冴子は、10分遅れてやってきた。

 冴子は、花柄が大胆にプリントされたひらひらのワンピースを着ていた。それどこで買ったんだ、と思わず突っ込みたくなる衣装だった。ちなみにアタシは、ユニクロとGUのミックスコーデだった。

「お、おまたせーー」と言いながら、顔をアタシにうんと近づけてきた。

「な、なにー。近すぎだろ〜に」
「いやね、恋する乙女はどんな顔してるかと思ってね。確認したんだ」
「いあや、恋してねーし」

「このこのー、意外とやるなー」
「いあや、全然意外じゃねーし」とアタシはなぜか強がっていた。
「ところでラブレター、見せてみー」と冴子は興味津々の顔つきで言った。

 ラブレターって、当人以外に見せてもいいものか、それがよく判らなかったが、冴子の勢いに釣られて渡してしまった。冴子は、ラブレターを読みながら難しい顔と、にやにやとニヤけた顔つきを交互に繰り返した。

「うーん、こいつ変人だな。案外アンタとお似合いかもね」
「うそー、なんでアタシと変人がお似合いになるねん」とつい関西弁になった。

「だってー、アンタも相当変だしね。違うかー」
「アタシは変じゃねーし、違うからねーだ」と言いながら、なんとなく思い当たる節があり、自信をなくしていた。

 それから冴子には、どんな相手だ、どんな顔つきだと根掘り葉掘り訊かれた。

 アタシは、きっとハゲだと思うと言うと、冴子は「がははははーー」と笑いころげて、「きっとお似合いだと思うぜー」と言っていた。なんて失礼なやつだと思うと同時に、冴子に相談したのは間違っていたかもと、また自信を失っていた。

 でも、アタシには、なんでも話せる相手は冴子しかいなかった。だから冴子に一抹の希望を託すしかなかった。冴子ー、頼むぜー。

 冴子が一通りの情報を掴んだところで、ラブレターの返事の下書きを見せた。

 それは母親が取っておいた、用が無くなったカレンダーの裏に書いたものだった。アタシには、便箋など無かったからだ。なにせ手紙など書かないし、必要がなかった。そしてサインペンで擲り書きした文字は、判読しにくかった。

「きったねー文字だな、パソコンで書け、なー」と冴子は当然のように言っていた。とにかく文句が多い冴子だった。
「うるせー、汚くて悪かったな、でもさ書道習ってたんだけどねー」

○○○○様

 お手紙をありがとうございました。

 えーと、あまりに突然のことでびっくりしています。

 なにをどう言っていいか、よく判らないのですが、とにかくありがとうございます。こんなアタシを好きになってくれて恐縮です。

 とは言ったものの、いまいちよく理解できていません。

 なんでアタシ…という気持ちがゆらゆらと漂っています。

 ところで、あなたはなんだか、アタシを何か変わった女と勘違いしています。

 アタシは、変人でも無いし、またアホでもありません。あなたの手紙を読むとなんだか、アタシは馬鹿にされているように感じました。

 それから、あのような手紙を書くには、相手をもっと褒めるとか、美しいとか、かわいいとか書いた方がいいですよ。次からは気を付けるようにしてください。

 そして、デートの誘いについてですが、まー行ってもいいかなーと思っています。でも、付き合うとかそんなことではなく、知り合いになるという意味でですが…。

 それでも良ければ、某月某日「カリフォルニア」でお会いしましょう。

 では、ご返事をお待ち致します。

 アタシより

「おうおう、けっこう積極的じゃん。やるじゃん」
「そうかなー、けっこう気を使ってんだけど」
「でもさ、なんか説教してるけど、これってどーなん」

 そうかー、「相手をもっと褒めるとか、美しいとか、かわいいとか書いた方がいいですよ」ってのは、説教になるのか。まーたしかに、そうかもね。

「ところでさー、このカリフォルニアってどこよ」
「あー、それね。どこだろーね」

「こ、このー、カリフォルニアってなんだよ」
「実はね、それってここのことだけど」
「サ、イ、ゼリヤのことか…うーん、わからん」と冴子は絶句した。

 そして、「サ、サイゼリヤって、一応イタリアンだよね…、カ、カリフォルニアってなー」と冴子は呟いていた。

 冴子は、理解ができない、訳が判らないと散々言ったあげく、でも「面白いかもね」と言っていた。面白いという言い草は、少し理解できた証拠に違いない。

 なぜなら、相手は絶対に「カリフォルニアってどこよ」と思うはずだから。

 アタシは、この返事を書くことで、映画「恋する惑星」を気取ってみたかった。「恋する惑星」を観たことがない人には、なんのことか判らないだろうが、あの人にはたして通じるかどうかを試したかったのだ。

 我ながら、乙女心はなんと複雑怪奇なんだろうと思わざるをえない。

 それともアタシはやっぱり変かしら、冴子にそう訊けば、きっと変と答えるに違いなかった。変という文字は、しかし恋とよく似ている。

 恋は、きっと人を変にするに違いない。そう確信していた…。

コンビニの夜10「涙あふれて…As Tears Go By」おわり

写真:映画「恋する惑星」のワンシーン
  :「恋する惑星」に登場する「バーカリフォルニア」のネオンサイン

おまけ/As Tears Go By(涙あふれて)について

「As Tears Go By」(1965年)は、ミック・ジャガー、キース・リチャーズ並びにアンドリュー・ルーグ・オールダムの作詞作曲による、ローリング・ストーンズの楽曲。マリアンヌ・フェイスフルの代表的楽曲としても知られる。

 ミック・ジャガーが、マリアンヌに捧げた楽曲といわれている。当時、ミックとマリアンヌは恋愛関係にあり、その後破局している。

As Tears Go By (涙あふれて)

It is the evening of the day

一日も夕暮れ時になって

I sit and watch the children play

ぼくは座って子供たちが遊ぶのを眺めている

Smiling faces I can see

笑っている顔がぼくには見えるだけ

But not for me

でも、それはぼくへのものじゃない

I sit and watch

ぼくはすわってただ眺めてる

As tears go by

目から涙があふれてくる

As Tears Go By
As Tears Go By

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