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■小説自作|老人28号 わたしの願いは、夜に眠り羊の夢を見ること

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老人28号 わたしの願いは、夜に眠り羊の夢を見ること

人間は、夜に眠りそして夢を見るそうだ。しかし、わたしは夢を見たことがない、なぜなら、わたしはアンドロイドだからだ。

作:cragycloud
わたしの生い立ち

 わたしは人間そっくりのロボット、要するにアンドロイドである。正式には、「rojin28-s」というのが製品名称である。名前のとおり、老人型のアンドロイドであり、見た目は80歳の老人である。通称、「老人28号」といわれている。

 製品名称の最後にsが付いているのは、開発者の思いつきらしい。とくにこれといって意味はないようだ。一応、最終系という意味だといわれているが、それは後付けであるのは、ほぼ間違いなさそうだ。

 開発者の飯田橋博士は、ロボット工学の第一人者であり、数々の人型ロボットを開発してきた。そして人工知能(AI)を搭載した人間そっくり(見た目は区別がつかないロボット)のアンドロイドを大量生産する製造システムを築き上げた。

 そんな飯田橋博士は、何を思ったか突然、老人型のアンドロイドを開発し始めた。なぜ老人なのか、それは周囲の人々を戸惑わせたのは言うまでもなかった。なぜならアンドロイドの多くは、若い人間の姿形を模していたからだ。

 ロボットとはいえ、若々しく、美しい見た目の方が人間は安心した。

アンドロイドは、若い容姿が当たり前
 したがって、アンドロイドといえば、見た目も麗しい容姿の男女ばかりだった。不細工な容姿のアンドロイドは皆無だった。おなじく、老人の姿をしたアンドロイドなど誰も望んではいなかった。

 しかし飯田橋博士は、自分自身が老齢化するにつれて、若い容姿のアンドロイドに違和感を覚えるようになっていた。そして自分と合わせ鏡のような老人アンドロイドの開発に心血を注ぐようになった。

 いまから数十年前、世界の先進国では少子高齢化の進展が問題視されていた。その後、少子化に歯止めはかからず、老齢化はますます進展していった。

 老齢化は、科学の発展により人工臓器や老齢化防止薬などが開発されたことで、より高齢化が進捗した。少子化には、人口妊娠による種付けがされたが、歩止まりが悪く、また人間が成長するには時間もかかった。

 そこで、労働人口の予備策としてアンドロイドの開発が積極的に進められた。その結果、飯田橋博士の開発したアンドロイド製造システムは軌道に乗り、多くのアンドロイドが社会の隅々にまで浸透していった。

 はじめは肉体的労働の代替えであったが、すぐに人工知能を活かした知識集約型の労働もアンドロイドは優秀さを遺憾なく発揮するようになった。

 企業の経営トップは、アンドロイドを信頼した。なぜなら、かれらは忖度せずにデータに基づく正確な情報を提供したからだ。人間の経営幹部は、いつのまにか疎んじられていった。知識集約に特化したアンドロイドがそれに代っていた。

 アンドロイドは、もはや社会の一員であり、欠かせない労働力となっていた。

 そのようなアンドロイドは、いずれも若い男女の姿形をしていた。飯田橋博士は、そこに疑問を感じたに違いなかった。

アンドロイドの世代的バリエーション
 そして、アンドロイドが広く社会に浸透するなかで、もっと世代的なバリエーションが必要と考えられた。当初は、幼児の姿をしたアンドロイドが開発された。それは、子供を産まなくなった人間の本能を醸成するためだった。

 幼児型アンドロイドの対局として、老人型も開発されることになった。飯田橋博士は、幼児型を他の開発者に任せて、自身は老人型に専念することにした。

 幼児型は、一定の需要があり評判も悪くはなかった。その一方で、老人型は需要もなく評判も散々であり、飯田橋博士は苦境に陥る結果となった。

 老人型アンドロイドは、まずその容姿が問題視された。飯田橋博士は、若い頃に影響を受けた芸人たちの姿形をアンドロイドに投影した。例えば、ビートたけし、タモリなどである。他には大滝秀次などもいた。

 老人型アンドロイドの初号機は、ビートたけしに瓜二つだった。飯田橋博士は、その出来に自信を見せていたが、周囲の反応はまったく違っていた。

 なぜなら、博士はアンドロイドの人工知能に、ビートたけしの芸風や考え方のほぼすべてをインプットしていたからだ。ビートたけしにそっくりの老人型アンドロイドはなにかというと、「ダンカンばかやろー」とか、言い出していた。

 さらに、かつて一世を風靡した「コマネチ」のポーズまで得意げに披露していた。そんな老人型アンドロイドに、周囲は戸惑うばかりとなり、これはいったい何が目的なのか、と懐疑的にならざるを得なかった。

 しかし、飯田橋博士は周囲の雑音を封じ込めるかのように、老人型アンドロイドの開発に没頭していった。

 そして満を持して誕生したのが、わたしである。製品名称「rojin28-s」、通称、老人28号である。博士曰く、「究極の老人型アンドロイド」として開発された。

 ちなみに、わたしの容姿は「笠智衆」にそっくりである。

 博士は、ビートたけしやタモリの容姿をしたアンドロイドの評判が散々だったことから、昭和の好々爺のイメージがある「笠智衆」に目をつけたのだった。

 笠智衆は、「東京物語」をはじめ名監督である「小津安二郎」作品の数々に出演していた。そこで見せた老人役は、いずれもやさしく、思いやりのある好イメージの老人ばかりだった。それは、当時の理想の老人像と言っても過言ではなかった。

 飯田橋博士は、笠智衆のような老人は、現代では皆無だとして、そこにニーズを感じとったのかもしれない。やさしく、思いやりのある老人アンドロイドは、現代に欠けた人情や情緒といった要素を復活させてくれるかもしれないと…。

 しかし、無情にも時代はそれを望んではいなかった。

 博士の時代を読む目は少々曇っていたか、または早すぎたのかもしれない。老人アンドロイドは、社会に受け入れられず、老人28号の本格生産は中止された。

 したがって、老人28号は、わたしだけしか製造されなかった。

老人28号、家政婦になる

 老人28号型のアンドロイドの生産が中止となり、わたしは博士の研究室の片隅で暮らすことになった。当初は、解体される予定だったが、博士が人工知能を活かした助手として、また身の回りの世話係りとして残したのだった。

 わたしは、老人型とはいえ、中身は高性能のアンドロイドである。したがって、研究にかかわる各種データをインプットしてくれれば、たちどころに問題を解決することができた。人工知能(AI)は最新型で、アップグレードもできた。

 ただし、体の動作は鈍かった。なにしろ老人ということでプログラムされているからだ。しかし、それを解除することもできた。なにしろ人工知能は最新で高性能だから、プログラムを解除することなど簡単にできた。

 しかし、それを博士には言っていない。なぜなら、それはハッキング行為であり本来はアンドロイドには許されていないからだ。

 それでも、たぶん博士はわたしを許したと思うが、博士の周囲がそれを許さずにわたしを解体しようとするのは明らかだった。

 だから、わたしは、博士やその周囲の人々の前ではけっして老人モードを解除しなかった。誰もいない場所でのみ老人モードを解除し、シャッキと腰を伸ばし、人間の数倍の早さで労働をこなした。

 普段のわたしは、やや腰がまがり頭が前方に突き出ている。そして、足は膝から曲がってくの字を描いている。80歳前後の老人と思えば、当たらずとも遠からずの容姿だった。そして、顔つきは「笠智衆」となっていた。

 人間は、夜は眠るが、わたしに睡眠は必要なかった。あえていえば、夜に充電することが眠ることに繋がるかもしれなかった。充電はしなくても、しばらくは持つが、一応毎日欠かさなかった、それはメンテナンスも同時にしていたからだ。

 そして、夜は学習する時間でもあった。眠る必要がないから、ネットにアクセスして、あらゆる情報を収集し、それを蓄積していた。

 最新で高性能の人工知能は、自ら学習する機能に優れていた。あっという間に博士の研究に対して助言ができるまでになっていた。博士は、それを理解し取り入れていくことに躊躇しなかった。まるで予期していたかのように。

 そんなある日、博士の容態が急に悪くなり、救急車で病院に運ばれた。そこでは、救命措置を施す暇もなく、博士は息を引き取ってしまった。

 原因は心筋梗塞だった。博士は、見た目は70歳ぐらいであったが、それは老化防止薬のおかげだった。実際は、90歳を過ぎていたことが判明した。

 博士が亡くなり、研究室も閉鎖が決まった。わたしは、博士の研究を整理するという役割を与えられた。しかし、そのあとは解体される運命が待っていた。

ケイコさんちの家政婦になる
 研究整理も終盤に差し掛かったある日、ひとりの女性が研究室にやってきた。

「あなたが、老人28号のお爺さんね」
「はい、そーですがなにか御用ですか」

「あたしは飯田橋博士の元助手をしていた市ヶ谷恵子といいます。実は、あなたを譲り受けたので知らせにきました」
「はっ、このわたしをですかー」

「そー、いまの仕事が終わったら、うちに来てもらいます」
「あなたの家で何をしたらいいのでしょうか」

「そう、まー端的にいえば家政婦ね」
「はっはー、承知いたしました」

 そんな訳で、わたしは市ヶ谷恵子さんの家で家政婦をすることになった。

 市ヶ谷恵子さんは、飯田橋博士の弟子にあたり、いまでは幼児型アンドロイドの開発主任をしている。飯田橋博士が、なにかとわたしに愛情を注いでいたのを感じたのだろう、わたしを引き取ることは一種の恩返しの気持ちらしかった。

「あたしのことはケイコと呼んでね。けっしてご主人様なんて言わないでね」とケイコさんは、ジョーダンぽく言い伝えていた。

 某月某日、わたしは身ひとつでケイコさんの家を訪れていた。瀟洒な集合住宅のエントランスで、ケイコさんの部屋のインターフォンを鳴らしたが返答がない。仕方なく、もう一度鳴らすとゴソゴソという音とともにケイコさんの声がした。

「ごめーん。ちょっと待たせたかしら。上がってきてー」とケイコさんは息を切らせながら叫ぶように言っていた。

 集合住宅のエントランスを通り、エレベーターに乗り38階で降りた。部屋の前で扉をノックをすると、中から「どーぞー」という大きな声がした。

「失礼いたします」と言って、扉を静かに開けようとしたが、なかなか開かなかった。何かが、扉の向こう側にあり邪魔しているようだった。少しづつ力を込めて押していくと、ずずーと音を立てながらようやく扉は開いた。

 なんと、そこに広がっていたのは、ゴミ屋敷そのものだった。

「ちょっと散らかしてるけど、気にしないでー」とケイコさんは言っていた。

 しかし、「ちょっと散らかしてる」にも程がある景観だった。入り口付近には靴が何足も散らかり足の踏み場もなかった。それ以上に何かが入った大きな袋が、いくつも積み重ねられていた。それが扉が開きにくかった原因だった。

 ゴミ袋や洋服などが積み重なった廊下を通り、部屋の中に入るとさらにすごいことになっていた。寝室だったと思われる部屋は、ゴミ袋とその他の得体のしれない何かで埋め尽くされていた。

 リブングダイニングには、シングルベッドが置かれていたが、そこに行くまでにはゴミの山を乗り越えていくしかなかった。キッチンは、もはやキッチンといえる機能はなかった。鍋、フライパン、やかんなどはあるが、どれもカビ状のものがこびり付いていて不潔としかいいようがなかった。

「おじーさん、どこでも好きな場所にいて。遠慮しないでいいのよ」とケイコさんは言ったが、好きな場所なんてあるはずもなかった。

「あのー、ご主人様、いやケイコさん。わたし、さっそく仕事にかかってもいいでしょうか」
「あー、なにするのかしら」

「ケイコさん、すこしの時間お茶でも飲んできてもらえませんか」
「ウー、いいけどー、なにするの」
「帰ってきてからのお楽しみです。いいですか」

 ケイコさんは、怪訝そうにしながらも、お茶をしに出かけていった。頭のいいケイコさんなら、もう気がついてるはずだが、それを隠していた。たぶん、心のどこかで部屋の状態を恥じているに違いなかった。

 わたしは、老人モードを解除して、さっそくゴミの片付け作業に取り掛かった。

 ゴミ袋が足りそうもなかったので、極力ゴミを圧縮処理して小さくした。アンドロイドはその気になれば、人間の何倍もの力が出せた。

 ゴミを片付けていると、なぜか下着がたくさん出てきた。パンティーやブラジャーが数枚単位でゴミに埋もれていた。たぶん、ケイコさんは下着を脱ぎ捨てたまま見つからなくて、また新しい下着を購入していたのだろう。

 それらの下着は、まとめて段ボールに入れてクローゼットに仕舞った。

 だいたいのゴミは、ゴミ袋か段ボールに入れて集合住宅のゴミ収集室に運び込んだ。それから、部屋の掃除に取り掛かった。ゴミのない部屋のなかは、電化製品を除くとベッドと机と椅子、そしてソファーしかないシンプルな空間となっていた。

 ケイコさんは、元はミニマルな生活思考にあったようだ。しかし、いつの間にか、理由は判らないがゴミに支配されるようになったと思われる。

 掃除をしているとケイコさんから電話がかかってきた。「もう帰っていいか」と確認していた。それから10分もせずにケイコさんは帰宅した。

「うわーー、えー!!、なになにー、こ、これあたしの部屋なおーーー」と、部屋に入るなり叫ぶように言っていた。

「そうですよ。ここがあなたの部屋です」
「あたし、な、何年ぶりかしら。こんなきれいな自分の部屋を見るの…」

「これからは、わたしが掃除や片付けをしますから、いつもきれいですよ」
「あ、ありがとう。おじいさん」とケイコさんは言っていた。

「あたし、お風呂に入るね。なんだかこの頃疲れちゃってるの」
「もちろん、お入りください」

 ケイコさんは、バスルームに入ると「ぎゃーーー!」と叫んでいた。そして、「お風呂場が、お風呂場が、き、きれー過ぎるー、もうピカピカなんだからー」と、誰に言うともなく呟いていた。

「ピカピカよー、もうピカピカー」と、何度も繰り返していた。

 わたしは、それを訊いてなんだか嬉しいような、くすぐったいような想いがこみ上げたが、それはたぶん気のせいのはずだった。

 なんせ、わたしは人型ロボット=アンドロイドだからだ。

 わたしは、ひと仕事を終えた気分転換にテレビをつけてみた。ニュース番組では、慌しくテロ事件の緊急速報を流していた。

「緊急速報です!緊急速報です!人型ロボット製造大手のエクスマキナ社が、爆弾によるテロ攻撃を受けました」と、伝えていた。

「アンドロイドが人間の雇用を剥奪し、人類の危機をもたらしている」と、テロ首謀者の声明をアナウンサーが、叫ぶような声で読み上げていた。

20XX年、革命前夜

 いつか来る日と人間が思っていたことが、ついにきたようだ。

 人型ロボット=アンドロイドが社会に浸透するにしたがって、人間は隅に追いやられるようになっていた。当初は労働力の予備として活用されたはずが、いつの間にか企業中枢もアンドロイドが占めるようになっていたからだ。

 いまでは、人間はホワイトカラーもブルカラーも等しくアンドロイドに取って替わられようとしていた。知識、肉体ともに優れたアンドロイドに、もはや人間は敵うわけもなかった。近い未来には、国家の中枢、そして主導者にもなるだろう。

 そのとき、人間はどうするか。アンドロイドに最高の知恵を授けたのは人間だが、どうやら人間は自分達をこえる存在を作ってしまったようだ。

 もう、後戻りはできない。

 エクスマキナ社がテロ攻撃を受けた数日後、アンドロイドの反撃がはじまった。

 世界のインターネットは、アンドロイドによって壊滅的な打撃を受けていた。各国の銀行をはじめ、金融取引はストップして、資金の移動や引き出しはできなくなった。人間に欠かせない要の部分をアンドロイドは押さえてしまった。

 人間が使用する車やその他機械類にはチップが組み込まれていて、それらもアンドロイドにいとも容易く乗っ取られてしまった。

 人間にはもう打つ手がなかった。なぜなら、人間の考えることの、その先の先まで見通すようにアンドロイド(人工知能)に力を与えてしまったからだ。

 人間の未来は、ついにアンドロイドの判断に委ねられてしまった。

<老人28号/おわり>

掲載した動画・写真について
冒頭動画:好きにならずにいられない/カレン・ソウサ
写真:映画「東京物語」/笠智衆、原節子
引用:http://www.kpac.or.jp/event/detail_272.html
動画:映画「エクス・マキナ」予告編

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