■小説自作|美わしのかんばせ 募る想いのやるせなさが切なく身にしみる

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あなたの微笑みは誰のために

きみ美わしのかんばせを、わが枕辺にちかずけて

熱きくちびる重ねよや、とき移ろいて過ぎる間に 

花くれないに燃ゆるとき、いまひたすらの愛のなか…

美わしのかんばせ 作:cragycloud

募る想いのやるせなさが切なく身にしみる

 目黒川沿いの遊歩道を目黒から中目黒方面に向かって歩きながら、「きみ〜美わし〜の、か〜んば〜せを〜」と口ずさんでいた。ずいぶんと昔の歌だが、なぜか最近思い出したのだった。

 目黒川沿いの遊歩道には桜が見事に咲き誇っていた。中目黒から目黒、そして五反田に至る目黒川沿いは、桜並木がずーと続いていて桜の季節ともなると川沿いは淡紅色に染まった。川の水辺にも散った桜が広がって淡紅色に染めていた。

 そんな桜もあと少しですべて散ってしまう。そのあとは人々の記憶の奥底にそっと仕舞われることだろう。そして、また来年にはこの季節がやってくる。

 桜の花の命はなんて短いんだ、なんて思いながら、そういえばおれの同棲生活も短かったなー、といまさらながらに感慨深くなっていた。彼女が、いや元カノが家を出てから、そろそろ一ヶ月が経とうとしていた。

 元カノがいなくなった部屋にいるとやるせなさが募るばかりで仕方がなかった。だから、できるだけ部屋にはいないようにした。

 休日は用もないのに朝から外出した。しかし、一ヶ月もするといいかげん疲れてきていた。行くところが、だんだん思い浮かばなくなっていた。思わず「はぁー」とため息をついていた。その途端に遊歩道の出っ張りに蹴躓いてころびそうになった。「いてー、つつつー」と言いながら片足でぴょんぴょんしていた。

 そして、気分直しに近くにあったベンチに腰掛けて休憩することにした。ベンチから仰ぎ見る桜は満開で淡紅色した花びらがときおり、ひらひらと散っていた。

「なんで、こーなったんだ」と、遊歩道のベンチに座って満開の桜を仰ぎ見ながら思っていた。「はぁー」とため息をついてから立ち上がり、また満開の桜の下を歩き出した。そして「花〜くれないに〜燃ゆるとき〜」と口ずさんでいた。

 桜は満開に咲いていたが、おれの心はすでに萎れて散ってしまっていた。

よし、ロサンゼルスにいくぞ

 おれと元カノは、格安旅行でロサンゼルスに行った。この旅行は、炭酸飲料のキャンペーンで「ロサンゼルス・本場ディズニーランドに1000名様ご招待!」というものに応募した結果、まぐれで当たったのであった。

 ところが、内容をよーく確認したら、「御一人様5万円のご負担」という文言があった。なーんだ、体のいい旅行会社のキャッチじゃねーのと思ったが、ま、5万円ならいいかと思い直して、二人してロスに行くことにした。

 とにかく、ディズニーランドとか女性は大好きだから、おれとしては元カノへのサービスの意味も込めていたつもりだった。旅行当日まで二人は、仲睦まじく過ごした。ともにルンルン気分とでもいうか、浮き足立っていたと思う。

 いよいよロスに向けて旅発つ日がやってきた。空港に向かう途中もルンルンだったし、これは先行き明るいな、と思わずにはいられなかった。

 ところが、これが「行きはヨイヨイ、帰りはコワイ」ということになろうとは、この時は想像だにしていなかった。まさに未来のことは一寸先も闇だった。

 ロサンゼルスには、夕刻に到着した。そして、夜の8時にディズニーランドへ行く予定になっていた。なんとも忙しいが、そこは格安だから仕方がなかった。そして、なんと日本人1000人で本場ディズニーランドを貸切にするのだった。

 ロスアンゼルスの夜は意外と寒かった。

 それはガイドブックに書いてあった通りだった。しかし、元カノはぺらぺらの洋服しか持ってきていなかった。おれは口を酸っぱくして、なんどもロスは寒いってよ、と言ってきたが。元カノは、頑として聞き入れなかった。彼女はハワイと同じと勘違いしてたようだ。

 元カノは、可愛い顔とは裏腹に意外と頑固だった。だから、ぺらぺらの服ばかりを選んでトランクに詰める様子を黙って見つめるしかなかった。

 夜の8時も近づいて、そろそろ集合する時間だった。元カノはノースリーブのワンピースに薄い上着を着ていた。ホテルの外に出たとたん、元カノは顔をしかめていた。「さむ〜、さむーい」と言いながら、体を震わせていた。

 もう一枚何か着るもの持ってた方がいいとおれは言ったが、元カノはキッと睨み返すだけだった。おれはそれ以上はなにも言えずに黙った。すると元カノは、おれに近づいて抱きついていた、そして「あったかーい」と言っていた。

 おれは「ま、いいかー、これも悪くないし」と思うことにした。

 集合場所に向かう途中、元カノの顔からは若干の後悔の念がにじみ出ていたように感じた。しかし、元カノはそれを口にすることはなかった。

 おれは厚手のトレーナーにジャケットを着ていた。それでも若干寒い気がしていた。元カノが寒かったのは間違いないところだったが。

 さあて、ディズニーランドに到着した。周囲はみな日本人だらけだ。「ここはどこ、ロサンゼルスじゃなかったの、まるで日本にいるみたいー」と思っていた。

 日本人の集団がぞろぞろとディズニーランドに吸い込まれていき、それからセレモリーのようなものが行われてから自由に活動していいと解放された。どのアトラクションもそれほど並ぶことなく、すぐに順番がきた。

 最初のうちは、元カノも興奮もあり寒さも吹き飛んでいたようだった。しかし、時間が経つにしたがって震えてきているのがわかった。おれは売店でトレーナーかなにかを買おうと言ったが、ここでも頑として拒否された。

 そのくせ、口元からは「さむー、さむー」という言葉が漏れていたが。

 なんのアトラクションか忘れたが、水のなかをボートに乗って色々と巡っていくやつに搭乗しているとき、ついに我慢も限界を迎えたか、元カノはもう帰ろうと言い出していた。まだ、終了まで1時間近くが残されていた。

 ディズニーランドをあとにして、ホテルへと向かう途中、元カノはずーと「さ、さむ、さむー」と言い続けていた。おれの上着を着ることを園内では拒否していたが、もう拒否することはなかった。

 元カノは、ホテルにもどり部屋へ入るとすぐにバスルームへと駆け込んでいた。それからずいぶん長いこと出てこなかった。

 おれは買ってきたビールをソファに座ってちびちびと飲んでいた。だんだん眠くなってきたので、仕方なくベッドに横たわり目を瞑っていた。

 しばらくすると、「あなたぁー」という声がどこかでしていた。ゆっくりと顔を上げて、声のする方を見るとそこには、元カノが頭に白いタオルをグルグル巻きにしてバスローブを羽織り、モデルポーズをして立っていた。

 そして、モデルのウォーキングのようにしずしずと歩きながら、おれに近づいてきて、あることをおれに質問してきた。

「ねー、おにーさん、おにーさん、この世で一番綺麗なのは誰かしら」と、元カノはしなを作りながらそう言っていた。そこで当然のように、おれは「君だ、エンジェル」と答えていた。この世でというのは少々大げさだったが、少なくともいまは十分そんな気分になっていたからだった。

 元カノは満足げにニッコリすると、ゆっくりとベッドに入ってきた。

いざゆかん、ユニバーサルスタジオへ

 翌日は、ユニバーサルスタジオに行くことにしていた。朝早くホテルを出て、近くのレストランで朝食を食べた。それからタクシーでユニバーサルに向かった。

 ユニバーサルスタジオでは、映画でおなじみのでっかい地球儀のような立体物が出迎えていた。ディズニーランドとはずいぶんと趣が違って、なんだか期待ができそうな予感がしていた。園内に入ると遠くにハリウッドの山並みと、有名なハリウッドのサインボードが見て取れた。なかなか景観のいい場所だった。

 おれは、あまりに景観がいいので、カメラで周囲の景色やアトラクションの外観などを次々と撮っていた。後から思えばこのとき、どうやら元カノの存在をおざなりにしていたようだった。

 とにかく見るものすべてがめずらしくて、アトラクションやスタジオの造形物を見たり、カメラで撮るのに夢中となっていた。そしてふっと気がつくと、元カノがきつい視線をおれに投げかけていた。

「ねー、そんなに景色が好きなの。アタシは、いったいなんなのかしらね」
「いてもいなくても一緒じゃない、ちがうかしら」
「もー、あなたと一緒にいたくないわ」

 その他にも、罵倒の数々が続いたのは言うまでもなかった。

 おれはそのあと、元カノを主人公に見立てるかのようにして、アトラクションの外観や景色を背景にして写真を何枚も撮っていた。元カノもそれで若干機嫌を取り直したと思ったのだが、そうは問屋が卸さなかった。

 元カノは、ホテルに戻ったあとも機嫌が直ることなく、どこかよそよそしい態度を示していた。そして、なんとなく気まずい思いを引きずりながら帰国した。

あなたとはやっていけないわ

 帰国してからもよそよそしい態度はそのまま続いていた。おれは、そのうち機嫌は直るとたかを括っていたが、それは甘かった。

 ある日の夜に帰宅すると、部屋の中には段ボールの箱が積み上げられていた。なんだこりゃーと思って途方にくれた。もう一度部屋の中を見回すと段ボールの箱に貼り付けられた一枚の紙を発見した。

 その紙には、引越し屋がいつ来るか、持って出る物の名前などが記されていた。そして最後に、サインの代わりに「もう、あなたとはやっていけないわ」と書かれていた。な、なんだこれは…しばらく理解ができなかった。

 ようやく落ち着きを取り戻して、冷静に考えようとした。まず、元カノのケイタイに連絡してみたが繋がらなかった。着信拒否かもしれなかった。共通の知り合いにも連絡してみたが、よくわからないと繰り返された。

 それから会社に連絡してみようかとも思ったが、かろうじてそれは止めた。どうせ、居留守を使われるだろうし、また自分の何かがそれを踏み止めていた。

 そのあと、数日後に引っ越し屋が荷物を受け取りに来た。荷物が運び出されたあとにはぽっかりと空間ができて、なんだか空虚な趣を醸し出していた。

 何か悶々とした日々を過ごしているうちに、自問自答を繰り返していた。

 なんだかなー、ロサンゼルスのあの件だけではないだろうな、もっと以前から積もり積もった末の結果であるにちがいないと思っていた。そういえば、いつも怒られていたっけな。ま、それも俺の不徳の致すところなりかな。

「なんだか、キューピーちゃんみたいだね」と言っては、怒られた。
「プリンちゃんみたいだね」と言って、また怒られた。

 おれとしては、可愛いという意味のつもりだったが、言われた当人はすこしぽっちゃりがコンプレックスだったようだ。ちっとも太ってはいなかったが、イメージとしてぽっちゃりに見えるのが気になっていたのだろう。

 キューピーちゃんもプリンも可愛いと思うけどもね。

 でも、二の腕を摘んで「プリン、プリン」と言ったのはまずかったか。

 一方、元カノもおれのことを「おさるさん」みたいと言って笑っていたが…。

 そんな想いを胸に刻みつけながら、満開の桜の下を歩いていた。そのとき桜の花びらが、風に吹かれてひらひらと舞い落ちて、おれの身に降り注いできた。

 淡紅色をしたその花びらを見つめながら、おれは元カノの美わしのかんばせを思い出していた。やるせなくも切ない、そんな想いが身を包んでいた。

きみ香しの黒髪を、わが肩先にふるわせて

あつい吐息に酔いしれよ、胸の炎の消えぬ間に

花咲き誇る束の間に、いまひたすらの愛のなか…

参考:「美わしのかんばせ」 作詞:藤公之介 作曲:森田公一 歌:萩原健一

この小説は事実(ほんの少し)を参考にしたフィクションです。
美わし=魅力的で美しい。気品があってきれいだ。
かんばせ= 顔つき。顔のさま。

惚れた 萩原健一
ロック歌手から役者に、ユニークな演技で注目され始めた頃に発表したアルバムのCD化。日本的な情緒の音楽が多くてイメージの違いに戸惑うが、語るような歌がとにかく素晴らしい。
惚れた

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