はたしてその全貌は?、如何なる形となって現れるか
いつのまにか、そのデザインは見る影も無い
新国立競技場の建設が、相変わらず揺れているようだ。現在でも問題となっている建設費やその構造に関しては、当初から問題視されていた。それを今更であるが、また蒸し返している。だったら、始めからそのデザインにしなけりゃ良かったのに、と素人は思うばかりだ。なぜ、そのデザインにこだわったか分からない。
当サイトでは、この問題は以前にも取り上げた。そのときは、いくつかの情報から一番お金が掛かるであろうデザインを選んだに違いないと想像した。その理由はいくつかあるが、主に利権の構造の問題である。官僚の天下り、建設・土木会社、政治家、広告代理店などの利権には莫大な予算ほど都合のいいものはない。
一応建て前上は国際コンペを行った結果となっているが、何故ザハ・ハディド氏のデザインが相応しかったか。その明確な理由に乏しいと言わざるを得ない。それは、コンペの委員長であった安藤忠雄氏の説明不足にあったのは否めない。
ザハ・ハディド氏のデザインは、革新性に満ちたものであるが、同時に異様なものでもあった。しかし、個人的にはそのデザインは好きである。なお、あくまで当初のデザイン案である。自転車競技用のヘルメットみたいな形をした異形のデザインは斬新なものであった。
しかし、それと現実は違ったものとして捉えたいと思う。何故なら、そのデザインがはたして神宮の杜に相応しいかどうか。それを考えたときに、何かが違う気がしたのは当方だけではないはずだ。砂漠の中に突如現れるのならいざしらず、静寂な空間を有する神宮に、突如現れるその巨大な宇宙船のような物体は、どう見ても場違いという感じがした。なお、完成予想図で見る限りではあるが。
そんなことを思っていたら、あっという間にデザインが変更された。その理由は建設費が掛かり過ぎるということだった。そんなことも分からずに国際コンペをやって選んだのかと不思議に思うばかりである。なんでも当初のデザインで建設すると3000億円以上とされた。もうびっくりである。
なにしろ当初の予算計画では1300億円だった。国際コンペの委員たちは何を考えていたか。安藤忠雄氏だけでなく、建築業界で知られた人も幾人かいたはずだ。構造の専門家も同じくである。それらの人達は、何をしたか。それが問われてもおかしくないが、何故かその人達はだんまりだ。
無責任にも程があるとは、こういうことを言うのではないか。違ったか。
このようなことを考えると、前述した様にどうにも政治的な思惑が働いた結果としか思えないのである。なお、その実態は知る由もないが。
冒頭デザイン:2012年 コンペデザイン案 これは格好がいいが、如何せんでか過ぎる。これが似合うのはドバイとかではないか。
新国立競技場は、屋根なしになるとか?
2014年 修正デザイン案 無理に修正して寸詰まりとなった。なんとも不格好、ここまでしてハディド案にこだわるのが分からない。
2020年の東京オリンピックは屋根なしで…
なんといまごろになって間に合わないとか言い出した。どういうことなのか?。工法に難点があるとは、ずいぶん前から言われていたことである。それを、何故聞く耳を持たなかったか不思議である。
高さ70メートルといわれるアーチ型の構造は、橋桁の構造と同じらしい。これは当初から建築家のあいだで難工事が予想されていた。そして、屋根の構造も同じくであったのは言うまでもない。
同競技場はグラウンドの真上に開閉式の屋根を設置する計画だったが、下村文科相は18日に舛添知事と面会した際、「(五輪に向けて)全部やると間に合わない」と述べ、設置は五輪後になるとの考えを伝えた。
舛添知事は会見で「設計図を決めた時に予定はきちんと立てたはずだ。五輪は絶対に成功させないといけないが、非常に危機感を持っている」と語った。また、下村文科相から約1700億円とされる建設費のうち、約500億円を都が負担するよう要請されたことについては「都民にどういう利益があるのか、(国側に)説明してもらわないといけない」と述べた。
屋根付きが売りだったはずだが、それを放棄したようだ。とにかく期間内に間に合わせようということらしい。それぐらい切羽つまっているのか。それは知る由もないが、とにかく施工する建設会社から最後通牒でもあったに違いない。
いまさらであるがハディド氏のデザインにしなけりゃ、こんなことにはならなかったろう。融通の効くであろう日本人建築家にしてれば、例えばSANAAとかのデザインで良かったと思うのは、当方だけであろうか。
ところで、都知事も困惑しているように、いったいその責任は誰が取るのだろうか。それとも、このままうやむやにして済ますつもりか。その場合日本は、とても先進国とは言えないだろう。安藤氏はこの件について如何に思っているか。このままじーとだんまりを続けるつもりだろうか。
建築家の槙文彦氏をはじめ、幾人かの建築家がハディド案に異論を唱えていた。それが、どうやら正しかったかもしれない雲行きである。最近では、かつての安藤忠雄氏の盟友でもある浜野安宏氏(建築プロデューサー)までが非難しはじめている。
はたして、新国立競技場の行方はいかに。そして、どんな姿となって現れるか。その結論まで待ったなしである。
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