信頼は常に裏切られる、タフでなければ生きていけない
鬼才ロバート・アルトマンが、チャンドラーの世界に挑んだ異色ハードボイルド!
映画「ロング・グッドバイ」は、有名な探偵小説「長いお別れ(The Long Goodbye)」レイモンド・チャンドラー著を原作に、ロバート・アルトマン監督が1973年に映画化した作品である。ちなみに日本では、これと同じ原作のドラマが2014年にNHKで放映された。
チャンドラーの小説の主人公といえば、フィリップ・マーロウである。かれは、いまではハードボイルドの代名詞とさえいえる存在となった。これまで映画化された作品では、ハンフリー・ボガード(大いなる眠り)、ロバート・ミッチャム(さらば愛しき女よ)などがマーロウを演じている。どちらも渋い中年男性であり、一癖ありそうな面構えである。
ところが、この「ロング・グッドバイ」の主人公マーロウは、これまでの概念を覆す様相である。何故なら、マーロウを演じたエリオット・グールドは、茫洋とした面構えと飄々としたつかみ所のない演技をしている。なんとも、締まりのないマーロウといえる。しかし、これが実にいい雰囲気を醸し出している。
実は、はじめてこの映画を見たときは、マーロウに対する固定観念があり、何か違うと感じていた。その後、時を経て見直したところエリオット・グールドのマーロウも悪くない。いや、これが一番かもしれない。かつては気が付かなかったが、マーロウの本質をもっとも的確に描いた映画ではないかと思った。
固定観念のマーロウとは、渋い中年男性で、世の中を斜めから見ており、ときにはキザともいえる台詞を吐く、「さよならをいうのは、少し死ぬことだ」「ギムレットには早すぎる」という具合である。間違っても愚痴を言ったり、パーティーで大騒ぎするタイプではない。
映画「ロング・グッドバイ」のマーロウは、夜中の3時に飼い猫に起こされてぶつぶつ言いながら、猫のえさを買いにでかける。しかも、隣の住民からついでに買い物を頼まれる始末である。とてもハードボイルドの雰囲気ではない。
しかし、このシーンにはマーロウの代名詞のようになった「タフでなければ生きていけない、やさしくなければ生きている資格がない」が、それとなく表現されたものであった。いまでは、そのように思うようになった。
アルトマン監督は、これまでのマーロウ像(やはり、ボガードか)を踏襲して描く気はなかったに違いない。見掛けのハードボイルドではなく本質に迫ろうとしたのではないか。そんな気がするが、如何に。
とにかく、見かけ倒しのハードボイルドとは違って、内面をそれとなく描くというなんとも地味な映画ではある。アクションがある訳でもない。しかし、全編を通して貫かれる独特の雰囲気(言葉にできない)には、魅了される思いであった。
その雰囲気を増幅させるように、背景に流れるジャズの調べが、これまたいい感じである。映画のすべてにおいて、ロバート・アルトマンのセンスの良さがにじみ出ている作品である。それは、たぶん間違いない。
余談として、この映画のマーロウはロサンゼルスのどこかに住んでいる。その住宅街の街並が美しい。住宅のほとんどが、壁は白、屋根は茶色で統一されている。映画では一瞬しか写されないが、印象に残った。
温暖なロスによく似合う街並であり、一見平和そのものだが、実はその裏側に潜む魑魅魍魎を隠すための風景なのかもしれない。アルトマンが何故、こんな平和でのんびりとした街並をマーロウの住む街としたか。なにかしら、理由があるに違いない。しかし、当該ユーザーにそれを解説する知識はない。あしからず。
ヘミングウェイを彷彿させる作家とマーロウ(エリオット・グールド)
<長いお別れ/レイモンド・チャンドラー>
私立探偵フィリップ・マーロウは、億万長者の娘シルヴィアの夫テリー・レノックスと知り合う。あり余る富に囲まれていながら、男はどこか暗い蔭を宿していた。何度か会って杯を重ねるうち、互いに友情を覚えはじめた二人。しかし、やがてレノックスは妻殺しの容疑をかけられ自殺を遂げてしまう。が、その裏には哀しくも奥深い真相が隠されていた…。
ロング・グッドバイ/ストーリー
1970年代のロサンゼルス。探偵マーロウは、知り合いのレノックスに逃亡の幇助を依頼される。マーロウは、かれをメキシコのティファナまで送り届けた。帰宅すると警察が来ていて尋問される。レノックスには、自身の妻を殺害した容疑が掛けられていた。マーロウは、レノックスの殺人に懐疑的となる。
ある日、著名作家の妻から仕事の依頼を受ける。著名作家は、最近では本が書けなくなっていて精神的に荒れていた。妻とはいろいろと諍いがありそうだった。レノックスは、メキシコで自殺したという情報が入る。一方で、ギャングからはレノックスと共謀して金を奪ったという嫌疑を掛けられる。
いろいろと調べるうちに、著名作家とその妻、レノックスとその妻のあいだに何らかの関係があるのが分かってきた。しかし、ある日、著名作家は自ら海に入り込み行方しれずとなった。マーロウは、レノックスの妻を殺したのは作家だと結論付ける。レノックスは無実だと警察に進言した。
メキシコへふたたび調査に赴いたマーロウは、ある重大な事実に遭遇する。
地元警察を買収し手に入れた情報どおりにある場所にいくと、そこには死んだはずのレノックスがいた。かれは、なんの悪びれも見せずのほほんと暮らしていた。
そしてかれは言った。これからは、著名作家の妻と暮らし、悠々自適だとほざいた。レノックスは作家の妻と浮気をしていた。そのせいで喧嘩となった妻を殺害していたのだ。マーロウは裏切られていた。
マーロウは、拳銃を出すとおもむろに一発発射した。それはレノックスを今度はまぎれも無い死に導くものだった。
<スタッフ&キャスト>
ロング・グッドバイ/The Long Goodbye
監督:ロバート・アルトマン
脚本:リイ・ブラケット
原作:レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』
音楽 ジョン・ウィリアムズ
出演者:エリオット・グールド/マーロウ
:ニーナ・ヴァン・パラント/作家の妻
:スターリング・ヘイドン/著名作家
:マーク・ライデル/チンピラのボス
:ジム・バウトン/レノックス
公開: 1973年 アメリカ
上映時間:112分
追記、クレジットされていないが、若いときのアーノルド・シュワルツネッガーがチンピラ役で出演している。出番はほんの僅かである。筋肉隆々なところを見せている。
<ロング・グッドバイ/ロバート・アルトマン作品>
鬼才ロバート・アルトマンが、レイモンド・チャンドラーの世界に挑んだ異色ハードボイルド!
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