■社会|東京一極集中と地方のマイルドヤンキー化 そこに見える未来は

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やがてくる未来では、地方は東京の植民地に!?

東京一極集中と衰退するマスメディア

 日本では東京への一極集中が止む事無く続いている。これはもはや東京が膨張し過ぎて破裂するまで続くのだろう。東京に対抗する関西の雄である大阪はいまいち元気無く、衰退気味と言っても過言ではない。企業は、関西を離れて東京へと向かっている。それは生き残りを賭けた生存への道でもある。

 企業は、東京へと一極集中しているが、見方を消費者に変えてみれば違った様相も見えてくる。かつて、日本のあらゆる構造はすべて東京から発して地方へと伝播していた。しかし、それも最近では若干様相が違ってきた。

 東京発の情報が必ずしも地方の需要と一致しなくなっている。例えば、流行現象は東京で生まれて地方へ広がるのが普通であった。それはテレビ、新聞というマスメディアを多くの人々が信奉していた時代の産物であったといえる。

 ところが最近では、多くの若者はテレビや新聞を信頼していない。それどころか見る事さえしていない。それは、マスメディアには事実を伝える以上に作為があるのがバレたからに他ならない。単純にいえば、ヤラセ=ステマがごく当たり前に行われていることが、一般大衆に広く知れ渡ったのである。

 かつてはその様な情報は隠されていた。それが誰でも知る事になったのはネット社会の進展のおかげである。これは間違いないだろう。

 テレビの視聴率は年々下がっていて、新聞の売上部数も落ちている。情報はネットでが当たり前となった昨今では、マスメディアを押さえれば大衆を煽動できるとするのは時代遅れとなってしまった。それでも、旧態依然の意識しか共有できない大企業経営者などは、まだ過ぎ去り日の夢を見ているようだ。

 テレビ局では、いまでも東京発の情報をこれでもかと流し続けている。それがあたかも望まれているかのように。しかし、視聴率を見れば一目瞭然であり、誰もそれを望んでいないことが明白である。状況を顧みて変化に対応できないテレビ局は、江戸幕府末期の症状の様な呈を成している。

 新聞の状況もおなじである。新聞が中立公正ではなく、特定の目的の元に世論を誘導しようとしているのは、隠しようが無い事実となっている。雑誌は、さらに酷い有様と成り果てている。多くの雑誌は、いまや広告主の単なる広報雑誌と言っても過言ではない。とくにファッション誌はかつてなく、それが進展している。

 テレビも新聞も雑誌も近い将来には、その姿を大きく変えざるを得ないのは間違いないだろう。もしくは消えてなくなるかである。

 ところで、東京一極集中が止む事無く続くのは何故だろうか?。それは、いまさら言うまでもなく経済その他の環境要因にあると思われる。とくに環境インフラは東京はダントツに優れている。政・官・財の中枢は元より、昼夜を問わず娯楽の殿堂まで用意されている。仕事から遊びまで何をするにも利便性がある。

 さらには公共交通の発展があり、どこに行くにも簡便である。これは地方には絶対真似のできないことであり、東京の特異性を際立たせている。そして、2020年の東京オリンピックも控えている。さらに東京のインフラは整備されて地方との格差はますます拡大していくだろう。

 したがって、東京は当たり前過ぎる程に優位性を持ち続けていくことになる。

 一方でマスメディアはその恩恵に授かれるかというと、そうはいかないだろう。なにしろメディアの一極集中は前述した様に時代遅れだからだ。夢をもう一度はないと言っていい。そして、これからのメディアは多極化の時代と成らざるを得ない。その中心がネットであるのは否めないと思われる。

イオンモールと若者意識、地方のマイルドヤンキー化

「東京へは〜もう何度も行きましたね♪」という歌があった。その歌が流行った当時は、東京は憧れの都であり若者の誰もが行きたいと願っていた。しかし、それも時代の変化と共に意識が変わってきたようだ。

夢よりも現実が大事!

全体的にいい人が多く、やさしくマイルドになっている
地元から出たがらない(「地元」の範囲は5km四方)
電車を嫌う。渋谷まで20分なのに「いつかは東京に行きたい」
車は大きいほどよく、仲間と盛り上がれるミニバンが好き
イオンは夢の国。イオンに行けば、何でもできる
夢は「あと5万円、給料が上がること」
ITスキルが低く、ネットでの情報収集に消極的
音楽は男女問わずEXILEが大好き

『ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体』より

 最近というか、だいぶ前から地方ではジモティーとか、マイルドヤンキーと呼称される意識動向が顕著となっていた。それは、地元に密着した生活を満喫する若者像であり、彼らは東京に対してかつての様な憧れはない。

 これは、バブル崩壊後から徐々に浸透してきたと思われる、90年代は、まだ顕在化していなかったが、2000年代には公然と表面化してきた。そして、現在2015年では、ごく当たり前の地方の光景である。

 東京に憧れて上京するということは、夢を見ることと同義といえる。そしてそれは、ある意味ではいい時代であったともいえるだろう。叶えられるか判らない夢を見られた時代と言っても過言ではない。

 そして、それは80年代を以て終了したのかもしれない。

 バブル崩壊後の90年代には、リストラ(リストラクチャリング)という手法が大流行りとなった。再構築という意味ではあるが、単なる企業の人減らしであったのは言うまでもない。そして、現在に至るまでリストラは絶えず行われている。

 90年代の東京発の若者文化は、渋谷系とかクラブとかを生んでいる。しかし、それほどの広がりを見せたとは思えなかった。それでも渋谷系は、いまでは意識高い系に引き継がれているか。クラブも定着しているが一般的とは言い難い。

 とにかく90年代の若者の特徴は、どこか醒めた趣にあったと思われる。良く言えばクールであるが、悪く言えば怨嗟的ともいえる。80年代の享楽的なライフスタイルは、もう見る影も無くなっていた。

 90年代にJ-POPが隆盛を極めた理由は、失われた夢の変わりを代弁していたからではないかと想像する。夢を見られなくなった、いや見る必要が無くなった若者達の共感はそこにあったと思われる。

 2000年代以降、若者たちの生活環境は良くなったとは言い難い。非正規雇用は増大し、そして定着してしまった。リストラもいまだ止む事無く続いている。そんな環境要因のせいか、生活環境を優先して地元に根付く若者が増えていた。

 それがやがてジモティとなり、マイルドヤンキーとなっていく。そして、それは東京に憧れて上京する時代の終焉を告げていた。大した夢も無く、ただ憧れだけで東京に出ても苦労するばかりである。

イオンモールという疑似東京

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 それなら生活を優先して勝手知ったる地元で仲間とツルんでいたほうが楽しいということに他ならない。そして、彼らはミニバンに乗ってイオンモールに行く。そこでは東京発のブランドが軒を並べている。

 さながら疑似東京を体験しながら買い物ができるのである。それがイオンモールの地方への役割に他ならない。東京なんぞへもはや行く必要は無い。

 イオンモールは、地方の若者の隠れた東京意識(お洒落な感覚)を刺激して止まない。最近の若者は、80年代の様なファッションでの差別化を意識していないが、それでも心のどこかでお洒落であろうとは思っている。

 そんな差異、差別化とは無縁な若者たちに、ファッションの安心と安全、そして信頼の証となるのが東京発の提供である。例えそれが疑似的体験であろうと東京まで行くことを考えたら理に適っている。

マイルドヤンキー化する地方

 地方と言えば、東京から遠く離れた地というイメージがある。しかし、実は東京から交通機関で僅か1時間足らずも離れれば地方と言っても差し支えない。東京は実質的には23区のことであり、東京都下はもはや田舎と同義である。

 それを考えると埼玉も千葉も神奈川も遠く離れた地方となんら変わりはない。いや、神奈川はちと違う様な気もするがいかに。

 とにかく、埼玉も千葉もそこに住むジモティやマイルドヤンキーの若者はとりあえずはイオンモールに行くのである。東京までわざわざ出向かなくても、部屋の延長であるミニバンで乗り付けられる方がずーと便利である。

 東京の疑似でしかないが、それも割り切ってしまえば済む事だ。それに、それほど東京にこだわりがないのが、最近の若者の特徴でもある。

 東京にこだわらない、本物にこだわらない。それはある意味では気が楽でもある。生活環境を優先し、リアルライフを充実させたいマイルドヤンキーには願っても無い場所、それがイオンモールと言ってもいいかもしれない。

ジモティ、マイルドヤンキー=イオンモールという図式から見えてくるのは、零細小売業の淘汰と地方のイオンモール化という画一化であろう。そこでは地方特有の文化が失われていき、やがてアイデンティティの喪失に繋がっていく。

東京は曲がりなりにも文化を生み育てている。それが故に新しい何かが誕生しエネルギーとなって成長している。一方、地方がイオンモールに依存する限り、そこには文化は生まれないだろう。

何故なら、単にお仕着せを受け入れるだけの地域性からは、何かが誕生する土壌がなく、例え種があってもそれを育てることができない。

その様な地方のマイルドヤンキー化(イオンモール化)がこのまま進展して行くと、東京の植民地とならざるを得ないに違いない。それで良しとするか、その判断は地方の未来の存亡にも関わってくると思われる。

東京からみたショッピングモール観―『埼玉化する日本』(BLOGOS)

追記:上記した内容は一部参考文献はありますが、あくまで個人的な見解です。確証のある資料とかは特にありません。あしからず。

 イオンモールに希望するのは、コンクリートの箱ものではなく、ひとつの街を作る気概で臨んでほしいと思います。効率は悪いですが…。

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