■コラム|オジさんの妄想はとまらない6 恋は、遠い日の花火ではない…OLD is NEW

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いいコマーシャルとはなんだろう

記憶に残るCMと炎上CMの違いとは

 最近ではいい意味で話題となるCMがないように思うが、違うか。話題になるCMといえば、だいたい炎上CMと相場が決まっている。

 業界的には、とりあえず話題になりさえすれば、炎上だろうと良しとする風潮にあると訊くが本当だろうか。広告主と広告会社は、目立てばいいとばかりに最初から炎上狙いでCMを企画する場合もあるらしい。

 世の中も変わったもんだ。90年代までは、まだ顧客の共感を得ることに注力していたが、00年代となりITが進化するとともに、なぜか顧客を引っ掛けることに注力していくようになった。そして企業は短期利益を至上命題としていた。

 長期的な視点を欠いたまま、四半期で利益向上を狙う、それこそが企業の姿勢となっていた。そこでのCMもまた四半期で結果を出すことが求められた。とすれば、おのずと即物的とならざるをえず、CMからは輝きが消えた。

 80年代、90年代のCMは、企業が共感と共鳴を顧客と分かち合う機会となり、意識を共有しつつブランド価値、商品価値を高める役割を担ってきた。

「記憶に残るCM」とは、いわば寿命が長いといえる。役目を終えた後でも世代を超えてまた甦る。それこそが「いいコマーシャル」ではないか、と思うが。

 一方、「炎上CM」とは、いわば寿命がとても短いといえる。最初から四半期持てばいいとして制作、放映されている。その役目は短い期間でどれだけの顧客を釣り上げるかに懸かっている。ここでのCMは餌であり、また釣り針でもある。

 とにかく引っかかりさえすればなんでもいい。それが炎上CMの狙いだ。

 炎上CMを端的にいえば、それはクソであるといえる。クソのCMを観せられる顧客(テレビ、ウェブなどの視聴者)は、その企業、ブランドをどう思うか、当然であるがクソと同じ穴のムジナであると感じているはずだ。

 とにかく企業に言いたいぞ、広告会社を信用するなと、企業は長期的視点こそ重要視すべきであり、短期間でブランド価値が向上などしやしない。

「いいコマーシャル」という定義は時代とともに変化していると思うが、炎上CMがいいコマーシャルになると思ったら大きな勘違いだろう。

 とにかく、クソはいつまで経ってもクソのままである。違うか。

恋は、遠い日の花火ではない。…OLD is NEW


引用:https://mag.sendenkaigi.com/senden/201506/images/105_01.jpg

 サントリーは数多くのCMの傑作を送り出しているが、そのなかでもCMが最後の輝きを見せた90年代の代表作ともいえるのが、OLDのCM「恋は、遠い日の花火ではない。…OLD is NEW」ではなかったか。

「恋は、遠い日の花火ではない。」、この傑作コピーはなんとも思わせぶりであり、またやるせなさを感じさせてくれる。と同時に、おじさん、おばさんという中高年世代に若干の勇気と、希望を与えたように感じてやまない。

 遠い記憶の彼方へと消えた残火は、まだ存在しているか、とおじさん、おばさん世代(当時の団塊世代)へメッセージを投げかけていた、といえるだろう。

 当方は団塊世代ではないが、当時このCMを見てしんみりとした記憶がある。20代ではけっして理解できないことが、40代になるとぼんやりと見えてくる。そんな感じが強くしていた。世代間には感じ方の差が歴然と存在している。

 90年代に20代だった若者が、いまこのCMを見てどう思うだろうか。想像するに、40歳を過ぎて中高年となり、理解できる部分を発見したのではないだろうか。そして、失ったものと引き換えに手にしたものを考えるに違いない。

 いいコマーシャルとは、まさに世代を超えていく。その時代には、共感できなくともやがて静かに深くしんみりと浸透していくのだ。

 OLD is NEW、年を取っても新しい発見や出会いはあるに違いない。年を経てにじみ出る美しさを経年美という。侘びと寂びは年を重ねないと出てこない。

 恋は、若者の特権ではない。だれにも均等に与えられた機会である。それは年齢を重ねることで失われるものではけっしてないからだ。

 恋は、当事者の思惑と違ってたいがい一瞬で消えてしまう。それこそ花火のようにである。しかし、そこでの熱い想いは永遠に記憶の奥底に仕舞われる。

 恋は、あえていえば、叶わなくてもいいのである。なぜならば、その経験は記憶の肥やしとなるからだ。それが人生と置き換えることもできる。

 遠い日の花火も、新しい日の花火も、やがては消えてしまうのは自明の理なり。

 であるならば、遠い日の花火に固執することはない。

 新しい恋に、新しい出会いに、そして新しい記憶に幸あれ。

<追記>
 遠い日の花火をいつまでも想うのは、男性に特有の現象ではないか。女性は一時的には想っても、すぐにいまという現実に向かっていく。とにかく前に進むことが性(さが)となっている、と個人的には考えますがいかに。

 そういえば、なかの綾さんという歌手がなにかで言っていました。女性は男性と別れた時(恋の終わり)、通りを真っ直ぐにはいかなくて、すぐに曲がり角を曲がるそうです。

 なぜなら、直線だと振り向けば対象人物が見えてしまうが、曲がり角を曲がれば振り向いても見えなくなるからだそうです。未練を断ち切るということでしょうか。これは深〜い話と言っていいでしょうか。

外部関連記事:「恋は、遠い日の花火ではない。」のコピーから読む「恋」と「男」のこと

サントリーOLD/CM「恋は、遠い日の花火ではない。」


引用:http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/46/fa363b7109e0ed3a8232d6b453a2f014.jpg

コピー:小野田隆雄
クリエイティブディレクター:大島征夫
CMディレクター:市川準
中年男性役:長塚京三
中年女性役:田中裕子
制作・放映年:1994年〜96年

 1994年〜96年といえば、世の中はバブルの後遺症に包まれていた。「24時間戦えますか」、というバブル期を象徴するコピーは遠い記憶の彼方へと消えていた。

 社会全体が沈滞ムードにあったのは言うまでもありません。若干元気のなくなった当時の中年世代(団塊世代)の応援歌としてこのCMは考えられたそうです。

 当初は、サントリーもこの企画をネガティブとして捉えたそうですが、最終的には懐の深さを見せて企画は実現しました。

 サントリーの代表的なブランド「OLD」が新しくなったことを知らせるCMでしたが、CMの内容と「OLD is NEW」が共鳴し合って、より深い意味をもたらしています。これこそ、いいコマーシャルの真髄と思われます。

 現代では、このCMの設定は不倫を彷彿させるとして、もしかしたら炎上したかもしれません。演出と役者がうまいので、たぶんそれはないと思いますが、それでも企画が実現したか危ぶまれます。

 当時はまだロマンチックが生きていた、そんな時代だったかもしれません。とにかく、現在のCMを見るにつけなんと世知辛くなったかと思うばかりです。

 出演者である長塚京三、田中裕子がともにいい演技を魅せています。また、いまでは中年になった若き日の大森南朋がちょっとだけ出ています。

 なお、クリエイティブディレクター大島征夫とCMディレクター市川準は、2009年からはじまった「角ハイボール(主演:小雪)」のCMも手がけています。このCMは00年代では、いいコマーシャルだったと思います。


引用:https://i.ytimg.com/vi/_Koaf0La84Y/maxresdefault.jpg

AIがCMを創る日はくるか
 AIが浸透する近い未来では、企業がAIに「1億円でプローモションを考えてくれ」と頼むと、予算内で適切な内容をチョイスしてくれるそうだ。

 そうすると、もはや広告会社の存在価値は失われる。広告会社の利益の大半はクリエイティブではなく、媒体その他の仲介手数料によって得られているからだ。

 CMもAIが創るのだろうか。AIは人間の心理(感情)をどう読み取るのだろうか。消費者ではない(なれない)AIに、はたして「いいコマーシャル」ができるか否か。もしかしたらゲスな人間より的を得たCMを創るかもしれない。

 とにかく、その成果を見るのはもうすぐそこまで来ているのは間違いない。

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