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■映画|ジョブズが語る ロストインタビュー

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アップル復帰前のジョブズ、意気軒昂に語る!

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映画「ジョブズ・ロストインタビュー」より

その態度はやや挑発ぎみで、髪の毛もやや長髪である!

最近、スティーブ・ジョブズ氏(以下ジョブズ)が1995年に受けたというインタビュー映像を観た。この映像は、当時はその一部しかテレビで放映されなかったそうである。その後、長らくその映像のテープは存在が不明となっていた。そして、ディレクターの家で発見され、リマスターされた後に2011年(日本公開2013年)に映画として公開された。

映像のジョブズは、やや長髪にジョンレノン風の眼鏡を掛けている。そして、まるで獲物を見つめるかの如く鋭く尖った容貌をしている。

1995年といえば、ジョブズはまだNeXTという会社を経営していた。高性能かつ高級なパソコンを作っていたというイメージがある。しかし、アップルほどには成功していなかった。たしか、その頃は本業よりもピクサーを買収して、そちらの方の成功が見え始めた時期ではなかったか。

ピクサーをジョブズが買収したのは、80年代後半であった。当時ピクサーの経営はジョージ・ルーカス率いるルーカスフィルムであった。売却の理由は噂では、ルーカスの離婚慰謝料を補填するためだったと言われている。しかし、その真相は当該ユーザーはよく知らない。ともかく、当時のピクサーは何の利益も出さず金食い虫状態であったらしい。したがって、ルーカスフィルムの経費削減としてリストラされたようである。

そんなピクサーを買収したジョブズは、辛抱よく資金を提供し続けた。その結果、1995年になってようやくのこと「トイ・ストーリー」が完成した。そして、その後の成功はいまさら言うまでもないことである。

「トイ・ストーリー」が公開された時期と重なるのが、このインタビュー映像である。したがって、この当時のジョブズは自信を取り戻していたかもしれない。なにしろアップルを追い出された後は、新しいPC事業もいまいちであり、そのうえにピクサーである。本人の資産は崖っぷちに陥っていたと何かに書かれていた。

ピクサーで一息付けたジョブズは、このインタビューから1年半ほどしてNeXTをアップルに売却し本人もアップルに復帰を果たしたのである。

このインタビュー映像のなかのジョブズは、尊大で不遜な雰囲気を漂わせながら、ときおり見せる笑顔が素敵である。このあたりが人たらしの本領なのかもしれない。早口で淀みなく話す口調がなんとも個性的である。それは、ジョブズの個性をさらに際出せていると感じさせてくれる。

けっして声が言い訳でもなく、聞き取りやすくもないが、何故か聞いているうちになるほどと納得してしまう。いわゆるプレゼンの頂点にあるのが、ジョブズの話法なのだと感じる次第である。論点の矛盾に気が付いたとしても、それは大したことはないと思ってしまうほどである。なにか、底知れないエネルギーに支えられたパワーを感じざるを得ない。

そのパワーは何か。よくは分からないが、少なくともお金ではないようだ。それはあくまで結果であり、ジョブズの目的は人類がまだ到達していない世界を創ることにあったようである。はじめは、コンピューターであったが、その後はコンピューターを核にしたあらゆるシステムの革新に向けられたと思われる。たぶん。

正確ではないかもしれないが、そのように感じた次第であった。


映画「スティーブ・ジョブズ 1995~ロストインタビュー~ 」

ジョブズは、真のプロダクトマネージャーだった!?

インタビューのなかで、かつてのアップル時代の事を語っている。なかでも興味を掻き立てられたのが、ジョン・スカリー(アップル元CEO)との確執である。ジョブズはスカリーによってアップルを追い出された(事実上の)のであった。

スカリーは、ペプシの社長としてマーケティングに腕を振るったと言われる。それを感じとったジョブズが、アップルにスカウトしたという経緯であった。いわば、マーケティングの才を買ったのである。スカリーは、ジョブズを追い出した後は自らが経営の先頭に立ったが、あっと言う間にアップルは失速した。

それは何故か。その答えをインタビューのなかでジョブズは遠回しに、しかし明らかにスカリーを念頭にして語っていた。

ジョブズいわく、営業・マーケティング出身のものが、コンピュータのようなプロダクト(製品)・メーカーを主導しようというのが間違いである。その理由として、製品はアイデアのみでできるものではない。当初のアイデアやコンセプトを製品として完成させるまで導くことこそが重要である。と言っていた。

スカリーのようなマーケ出身者には、所詮コーラのような製品にしか適合しなかった、コンピュータは無理だったと言わんばかりである。

また、コンセプトは過程で変わる事もあり、それを当初のアイデアと整合させることも必要としている。つまり、開発過程をコントロール管理する能力こそが良い製品を生み出すというのが、ジョブズ流らしい。なお、あくまで1995年当時の考えであり、その後は多少変化したに違いない。

ジョブズは、まず優秀な人材選び、そして彼らにコンセプトや方向性を理解させる努力をしたと言っていた。ときには喧嘩越しの罵倒も辞さないのがジョブズである。しかし、彼はその効能を説く、それは理解を深めることであると。

喧々囂々の行く末にジョブズは、その先に見える何かが有るはずと考えたに違いない。そのとおり何かがあったのであった。それが、アップルをアップル足らしめることであったのは、いまさら言うまでもない事である。

営業・マーケティング出身の経営者でなく、技術出身ならいいのか。と考えると、これまたそうでもないようである。ジョブズは、マッキントッシュ開発時にヒューレットパッカードから優秀な技術陣をスカウトしたそうである。しかし、かれらはジョブズの目的を理解できなかったそうだ。技術者はときに過去の経験を引き摺ることで新しい技術やその息吹を殺してしまうらしい。

そこで、ジョブズはかれらを解雇して新しい技術陣をスカウトしたそうである。しかし、そこに至る過程ではすさまじい駆け引きが行われたに違いない。

たぶん、営業・マーケ出身の経営者なら技術者が言う事ならコストが見合えばよしとするに違いない。ジョブズは、そういう人達とは目的が違うから当然のように仕切り直しをする。しかし、これにはエネルギーが何倍も必要であるに違いない。何か得体のしれないものに突き動かされていたとしか思えない。

当該ブログでは、時々ソニーについて書く事がある。その中身は、もうこれは駄目だという内容である。あしからず。しかし、このジョブズのインタビューを観た後に、ソニーの現在は必然であったかと思わざるを得なかった。なんせ、ソニーのこの20年間ほどは営業・マーケ出身者が経営を主導していたのである。

なお、現在もしかりである。これにはいやはや、なるほどねと思うしかない。

低迷する現在のソニーを象徴する存在と言えば、出井元社長である。この方は、営業・マーケ出身である。論理的な経営手法が得意だったと言われている。しかし、マーケ出身者らしく流行の経営手法を、いち早く取り入れてはいち早く失敗した。百才あっても一誠なしという言葉があるが、百の経営手法はあってもそこに魂が宿っていないと何の効能もない見本であった。

その例が、ユビキタスという言葉であった。たしか、どこでもいつでもネットを通して繋がる世界とでもいった意味だった。この言葉を用いて、ソニーは自社の方向性を語っていた時期があった。ところが、理論的には正解でも発売された製品は疑問しか感じられないものであった。クォリアとか。頭でっかちばかりが揃ってしまい、実現する能力を失っていた、それが当時のソニーであった。

これは、製品を完成まで導いたことがない経営トップを、カリスマ的存在にしてしまったソニーの自業自得であった。早く軌道修正していれば、現在のような体たらくに陥ることなく済んだはずである。しかし、ここまでくれば運命というしかないようである。いやはや。

そういえば、ソニーピクチャーはジョブズの伝記映画を製作すると発表していたが、いまだ進展していないのか。監督候補のデビッド・フィンチャーが、1000万ドルという監督料を要求して決裂したというニュースをずいぶん前に見た記憶がある。その後はどうなったか。

それにしてもジョブズという羅針盤を失ったアップルは、今後、果たしてどこに向かうのか。なんとも興味津々である。

<ロスト・インタビュー スティーブ・ジョブズ 1995>
人生最大のピンチのとき、天才は何を考えていたか?
あの幻のインタビューが蘇る・・・1995年、アップルを追放されてNeXTのCEOを務めていたジョブズは、あるTV局の独占インタビューに応じた。

ロスト・インタビュー スティーブ・ジョブズ 1995

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