■音楽|エイミー・ワインハウス 唯一無二の個性とは彼女のことか

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エイミーはもういない、そして音楽が残された…永遠に。

 2011年、27歳の若さで夭折したエイミー・ワインハウスは、いまでも音楽界のスターたちが揃って絶賛してやまない存在となっている。その歌声は、唯一無二のものであり、エイミーだけに許された個性そのものであった。

 若くして、老練なジャズシンガーのごとく歌う彼女には、天才という名に相応しいものがあった。反面、天才故の葛藤にも苦しんだともいわれている。

 デビューして間もなく売れ出した彼女は、周囲が変わっていく様子に戸惑ったようだ。そして、アルコールやドラッグに依存するようになっていった。

 それにしても、わずか27歳である。デビューして10年にも満たない。それを考えると、神は何故に「天才を生み出しそして奪うのか」と思わずにはいられない。

自分の身に実際に起きたことしか曲にできない

 エイミーは、生前に作詞・作曲について、「自分の身に実際に起きたことしか曲にできない」と語っていたそうである。自身の経験をもとに湧き上がる創造力こそが彼女の拠り所だったと思われる。

 そして、それはテクニックという作り事からは程遠いものだった。技術(テクニック)とは習得するものであり、湧き上がってくるものではないからだ。プロの作家たちは、一定の経験を踏まえて自分自身のパターンを蓄積する。そして、それをもとに新しいプロット(筋立て、構想)に作り直していく。

 それはある意味では自分自身を模倣するのと同義でもある。しかし、それによって多くの作品が生み出されていくのも事実である。そのような行為は、音楽家のみならず美術家や小説家でも少なからず行っていることである。

 創作者は、ときには無理やり突破口を切り開く必要がある、と思われる。

 エイミーは、前述したように自身の体験を基に、湧き上がる創造力を得ていた。それは天才ゆえに許された曲作りだったと想像できる。しかし、売れてからのエイミーは、曲作りが思うように捗らなくなっていたようだ。

 彼女を取り巻く環境も悪かった。それは、アルコールやドラッグ、そして暴力が常につきまとう夫との関係、エイミーの才能で一山当てようと企む父親などである。それでも、彼女は悪い関係も創造の糧にして音楽を作り続けていた。

 しかし、それも限界に達していたのかもしれない。

 ちなみに、大ヒットしたアルバム「バック・トゥ・ブラック」に収録された同名曲では、夫との痛ましい関係を次のように歌っている。「愛してる…あんたはコカインが好きで…あたしはマリファナが好き…」と。

 エイミーが、もう少し長生きして、彼女自身の創作過程を蓄積することができていれば、また何か違うものを生み出していたかもしれない。しかし、繰り返すがあまりにも短かったために、それも叶わなかった。

 とにかく、音楽の世界では、大ヒット曲を生みだした途端に、周囲からのプレッシャーが半端なくのしかかってくるといわれる。それは、ビジネスが優先してくるからに他ならない。そして、その苦悩は経験したものにしか判らないと思われる。

 アルコールやドラッグへの依存は、そのような環境からのある意味では逃避であるに違いない。数多くの音楽家がおなじような悩みをかかえて、依存したあげくに苦しんでいた。そして、歴史は繰り返される。

 ちなみに、エイミーはその歌声や、見かけと違って心は老練してはいなかった。痛いセレブとして数多くの奇行でマスコミを騒がせていたが、実はとてもピュアであるがゆえに心の置き所を見失っていたといわれている。

 なお、エイミーの急逝がアルコールやドラッグのせいとは、明らかになっていない。あくまで推測の域を出ないことをお断りしておきます。また、荒れた私生活の原因もおなじくであり、その実態は彼女にしか判らないことである。

バック・トゥ・ブラック
全世界1200万枚のセールスを記録、2008年のグラミー賞で5部門受賞!
バック・トゥ・ブラック

 以下は、全世界1200万枚のセールスを記録したアルバム「バック・トゥ・ブラック」に収録された「Rehab」の歌詞和訳、飲酒・薬物のリハビリ施設に入所した自身の体験を歌っている。(依存者特有の主張が、なんとなく痛々しく未来を暗示していたか)

「Rehab」

They tried to make me go to rehab but I said ‘no, no, no’
みんなは私をリハビリに連れていこうとしたけど、私は言ったの、やだよ、やだ、やだ
Yes I’ve been black but when I come back you’ll know know know
たしかに私はひどい暗闇の中にいたけれど、もう大丈夫なの、あなたたちにもいずれ、わかるわ、わかる、わかる
I ain’t got the time and if my daddy thinks I’m fine
私には時間がないのよ、でもパパは私がもう大丈夫だと思っていても
He’s tried to make me go to rehab but I won’t go go go
私をリハビリに連れていこうとするの、でも、私は絶対に、行かないから、行かない、行かない

<以下略>
引用:歌詞和訳Rehab/Amy Winehouseより

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エイミー・ワインハウス
2011年7月23日、ロンドンのカムデンにある自宅で遺体で発見された。死去直前にドラッグとアルコールを過剰摂取していたという証言はあったが、死後数日の時点で警察から死因の発表はなかった。現在では急性アルコール中毒とされている。27歳没。

<おなじ年齢で夭折したミュージシャン>

ジャニス・ジョップリン
1970年10月4日、アルバム『パール』の録音のため滞在していたロサンゼルスのホテルで死亡しているのが発見された。27歳没。 

ジミ・ヘンドリックス
1970年9月18日、モニカ・ダンネマンという女性と2人でロンドンのホテルに滞在中に急逝。デビューからわずか4年ほどでの死だった。死亡時は27歳。

ジャン=ミシェル・バスキア(現代美術アーティスト)
1980年代に一世を風靡したニューペインティングのアイコンとなったアーティスト。1988年、ヘロインのオーバードーズにより27歳で死去。

 なぜか、天才的なアーティストに27歳での夭折が多く見られる。これはどういうことであろうか、偶然というには出来すぎているが…。

<音楽界には、「27クラブ」というものがある>
 27クラブとは、27歳で他界したロックやブルースの音楽家達のことを意味している。上記以外にも、ブライアン・ジョーンズ(ストーンズ)、ジム・モリソン(ドアーズ)、カート・コバーン(ニルヴァーナ)などがいる。

ドキュメンタリー映画「AMY/エイミー」

 2016年アカデミー賞でドキュメンタリー賞に輝いた作品が、エイミー・ワインハウスの生前の姿を捉えた「AMY/エイミー」であった。

 晩年のエイミーは、奇行のせいで痛いセレブとしてマスコミに取り上げられることが多かった。しかし、本来の歌手、ミュージシャンとしての卓越した魅力を伝えるのが、このドキュメンタリー映画である。

 ファンならずとも、一見に価するのは間違いないと思われるが。

「私を知れば世間は理解するはずよ。私は音楽しか才能のない人間だって。だから放っておいて。音楽をするから。音楽をする時間が必要なの」

 エイミー・ワインハウス(映画本編より)

エイミー・ワインハウスのドキュメンタリー映画!
 011年7月23日に急逝したエイミー・ワインハウス。映画『AMY エイミー』は、ローリング・ストーンズのミック・ジャガーやトニー・ベネットらがその歌声を絶賛、レディー・ガガ、ジャスティン・ビーバー、アデルら多くのミュージシャンたちにリスペクトされ、世界中の音楽ファンに愛された彼女の生涯を描いた傑作ドキュメンタリー映画。

1983年、イギリスのユダヤ系家庭に生まれたエイミーは、10代でレコード会社と契約を結び、弱冠20歳で完成させたデビュー・アルバム『Frank』で大きな評価を得た後、続くセカンド・アルバム『Back To Black』が全世界1200万枚のセールスを記録、シングル「Rehab」も大ヒットし2008年のグラミー賞で5部門受賞を成し遂げた若き天才シンガーです。

幼少期からジャズに親しみ、ダイナ・ワシントン、サラ・ヴォーン、トニー・ベネット、キャロル・キング、ジェイムス・テイラーらの音楽を聴いて育ったエイミーは、思春期にニューソウル、ヒップホップ、カリビアン・ミュージックとの衝撃的な出会いを経験。

50年代のジャズ、60年代のソウル・ミュージックをアップデートしたサウンドにのせられたグルーヴ感満載の彼女のヴォーカルは、一度聴いたら忘れられません。映画では全編を通して彼女の楽曲が流れ、ブルーノ・マーズなどをプロデュースするマーク・ロンソンやアメリカ音楽界の大御所トニー・ベネット、ラッパーのヤシーン・ベイ(元モス・デフ)らが出演。

本物のミュージシャンとしてのエイミーの魅力を解き明かします。

引用:公式サイトより

映画「AMY/エイミー」は、7月16日から角川シネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国にて公開中。

フランク
フランク
ライオネス:ヒドゥン・トレジャーズ
ライオネス:ヒドゥン・トレジャーズ

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