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■社会|違法動画アップで逮捕しちゃうぞ!プンプン

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ビジネスモデルに永遠不滅なものはない

さとう珠緒04

時代は変わった、もうとまらない!やめられない!

民放テレビ各局が共同で、テレビ番組をインターネット上に違法配信(投稿)する行為を撲滅するキャンペーンを始めたそうである。今更であるが、テレビ番組を動画サイトに投稿するのは、現状では著作権上違法であるのは間違いない。しかし、それでも止む事無く続いているのは何故か?。

それは一定の需要がそこにあるからに他ならないだろう。その需要の内容を想像すると、テレビ(受像機以下同じ)の前でリアルタイムで観る機会がない、または録画してまで観る番組がない、ということではないか。しかし、そんな視聴者でもネットの動画サイトでは、テレビでは観る気もない番組を観てる人が多くいるに違いない。

ある意味では、リアルタイムでは全く観られていない番組でも、ネットでは案外と観られている番組があるということが考えられる。そのニーズを活かすも殺すもテレビ局の考え方次第である。しかし、どうやらテレビ局はそれに前向きに対処するより、違法として取り締まることにしたようだ。

テレビ局は、ニーズを活かす方法を考えなかったのか?。いや、たぶん考えたと思われる。しかし、旧来のビジネスモデルを壊すことを躊躇したのではないか。例えば、PCおよびスマホでいつでも番組が観ることができれば、テレビおよび録画機が必要なくなるし、それに対応した家電全般も売れなくなる。

売れなくなった家電の広告は当然無くなるという具合である。とにかく、いまでもテレビ局は広告が命の水である。昨今では多極化したとはいえ、収益の要は広告であるのは変わらない。広告主とテレビ局は、切っても切れない関係である。

しかし、時代は変わったのである。それをどれだけテレビ局は認識しているか。

テレビ放送開始から60年が過ぎた、もはやそのビジネスモデルは古いと言っても可笑しくはない。というよりは、半世紀も変わらずによくもったもんだと言ったほうがいいか。多くの事業は、時代の変化とともに姿や形を微妙に変えながら存続していく。変えることができなかった事業は、自然淘汰されてしまった。

それが世の倣いである。違うか。いくら足掻いても、時代の変化の波には逆らう事はできない。

民放連が違法アップロード撲滅キャンペーンでCM制作、記者会見詳細

冒頭写真:さとう珠緒さん、おなじみのぷんぷんポーズ!

映画を発明した?エジソンでさえ、その利権を独占できなかった

テレビが発明されて一般に普及したときには、それまで娯楽の王であった映画が観客数を多く減らし、映画会社および劇場は経営危機となった。しかし、ハリウッドはその危機を乗り越えて現在に至っている。

ちなみに現在の映画システムは、リュミエール兄弟が発明した。エジソンには、当初スクリーンに写すという概念がなかったとか。(エジソン=キネトスコープ、リュミエール兄弟=シネマトグラフ)

ハリウッドの成り立ちは、特許(映写機など)を盾に映画製作を取り締まったエジソン陣営の嫌がらせから逃れるために、映画製作者たちが辿り着いた地がハリウッドだったとか。当時(1910年代だったか)は、たとえ違法となってもニーズ(儲かる機会)があるから、映画製作者はなんとか取り締まりを擦り抜けようと知恵を絞ったようだ。

その結果はどうなったかといえば、エジソンは破れてハリウッドに逃れてきた映画製作者たちが、新しい映画の王(主にユダヤ系)となったのであった。

これは何を物語っているか。

エジソンの発明に価値はあったが、その収益を得るのに特許料を高く設定していたとか。それはいわば、市場の独占を狙ったともいえる。その証拠に自らの映画会社も設立している。エジソンは映画の王になろうとしたのである。しかし、そうはならなかった。それは何故かといえば、前述したようにビジネスモデルが古かったのである。

それは時代の要請に応えるものではなかったのである。

もしエジソンが、薄い利益を幅広いところから得る方法を取っていたら、だいぶ様相は違っていたかもしれない。しかし、そうはせずに独占しようとしたエジソンは、大発明家であったがビジネスセンスに欠けていたと言わざるを得ない。

ハリウッド(ウィキペディア)

音楽などのコンテンツは、かつてレンタル、中古販売も違法だった

昔々、レコードレンタルというものがあった。「黎紅堂」という店舗が1980年に始めたそうである。そして続々と貸しレコード屋は出来た、そのなかでエイベックス社長の松浦氏がバイトをしていた「友&愛」が特に有名であった。レコードからCDへと変わるなかで「ツタヤ」、「ゲオ」などが台頭していく。そして、現在ではCDレンタル業はごく当たり前となっている。

しかし、レコードレンタルには業界からの圧力があった。

1981年、 レコード会社各社と日本レコード協会が、黎紅堂、友&愛、レック、ジョイフルといった当時のレンタルレコード店大手4社に対して著作権侵害だとして、貸出差止を求める民事訴訟を起こした。

さらに1982年7月には、日本音楽著作権協会も黎紅堂に貸出禁止を求める民事訴訟を起こした。民事訴訟だったのは当時の著作権法には貸与権が明文化されておらず、レンタルレコードを法規制できなかったためで、1983年には国会で立法措置の動きが出たのであった。

1984年3月にレンタルレコード店が日本レコードレンタル商業組合(現・日本コンパクトディスク・ビデオレンタル商業組合)を結成。5月には、日本レコードレンタル商業組合と日本音楽著作権協会の話し合いと国会での審議により貸与権が設定され、権利者の許諾を受けたレンタルレコードが「合法化」される。

レンタルCD(ウィキペディア)

上記にあるように、業界は著作権を盾にレンタルを規制しようとしたが、すでに独占できる時代は終わっていた。一部の権利を残して、レンタルレコードは合法化されたのであった。

このように著作権の有り様も時代とともに変化する訳である。現在の解釈が、この先も変わらないという保証はない。

ちなみに、レコードだけではない。ゲームソフトの中古販売も20年ぐらい前では、違法だったはずである。たしか、ゲーム各社が共同で法規制しようと動いていたと記憶にある。ところが現在では中古販売は当たり前であり、古いソフトを売って新作を購入するというサイクルが定着している。

もはや中古市場無くては、ゲームソフト市場は成り立たない様に思われる。

1998年1月にコンピュータソフトウェア著作権協会・コンピュータエンターテインメントソフトウェア協会(当時)・日本パーソナルコンピュータソフトウェア協会は共同で「違法中古ゲームソフト撲滅キャンペーン」を開始し、コンピュータエンターテインメントソフトウェア協会会員各社のソフトには「NO RESALE」マークが添付されるようになった(2002年5月に廃止)。

古物(中古ゲームソフト、ウィキペディアより)

映画、音楽、ゲームなどのこれまでの経緯から考えると、テレビの著作権についてもなんらかの動きがあるのは必然である。それがどういう方向かは分からないが、現状のままで済むとは到底思えない。

また、テレビ局はある意味では独占的市場形態にある。それは許認可を盾に新規参入を阻んでいるからである。「井の中の蛙」とはよく言うが、これはまさにいまのテレビ局にこそ当てはまるに違いない。映画のエジソン、レコード、ゲームソフトの著作権など、いずれも独占を維持したいと思ったがそれは果たせなかった。

次は、お前だ、テレビの番だ!違うか。

<井の中の蛙大海を知らず>
いのなかのかわずたいかいをしらず
自分の狭い知識や考えにとらわれて、他の広い世界のあることを知らないで得々としているさまをいう。

この件に関して、某掲示板では次のような意見が…!

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じゃあ動画サイトからテレビに無断引用するのもやめろ

……………………………
で 番組でCM枠以外で 商品紹介したり、自社商品(番組)の紹介しているのはどうなのよ?

……………………………
放送した後の番組を違法配信してるんだから別に放っておけばいいのに
それ見て「これ面白そうだなから見てみるか」って事になる可能性もゼロではないだろうし

CMをカットしてある違法配信だけを取り締まればよくない?

……………………………

テレビ局の著作権を否定するつもりはないが、ネットでの違法配信を止める手だてはきっと破られるに違いない。そんないたちごっこをする暇があったら、自らでネットでも無料で観られる体制を造り上げたほうが賢明である。それこそが違法配信を根絶させる究極の手だてである。

テレビ局は自社のネットを通して無料で配信すべし、有料などありえない。そこまでして観たいコンテンツがいまのテレビ局にあるかといえば、それはないに等しい。だったら、あとは無料で収益を上げるシステムの問題だ。

それを考えるしかない。グーグルは無料でも収益を上げているぞ。有料しかないとするのは知恵がないだけだ!違うか。ちなみに、だったらお前が考えろというのは筋違いと言うもんだ。あしからず。

<アメリカ映画の大教科書〈上〉>
エジソンの映写機発明から一世紀、監督・女優・プロデューサーなど伝説の映画人達が創った歴史を描く、画期的なアメリカ映画史。上巻は映画の誕生から西部劇の全盛期の1930年代までを辿る。

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