実力だけでは、スターにはなれない
バックコーラスの歌姫たちは、どんな夢を見たか
■目の前にいるスターまでの距離は僅か約6メートル
「バックコーラスの歌姫たち」(原題:20 Feet from Stardom)は、60年代から現代(2010年代)に至るまでのバックコーラスの歌い手たちの苦闘の紆余曲折を追ったドキュメント映画である。舞台はアメリカの音楽界である。そこはいわずと知れた音楽の最高峰の世界であると言っていいだろう。
そこでスターダムに伸し上がれば、莫大な収入が約束された。当然の如く、歌い手たちはスターダムを目指して、日々精進を重ねていく。しかし、そこには実力だけでは乗り越えられない壁が立ちふさがっていた。
日本の芸能界では、いわゆるスターシステムなるものが存在している。それは、芸能事務所がタレントを発掘してメディアに売り込むことで、はじめてスターになる機会が得られる。したがって、タレントは事務所の方針に逆らうことはできない。
また、テレビ、映画、音楽などのプロデューサーが、絶大な権限を擁しているのは言うまでもない。かれらに認められなければ、例え実力があったとしても、それを発揮する機会さえ与えてもらえない。
日本よりエンターティメントの規模がでかいアメリカでは、そのシステムがさらに大きくて強固なものであった。スターダムに伸し上がるには、実力以上に運と会社の思惑が絡んでいたようだ。
スター歌手のバックでコーラスを担当する歌い手は、その実力は申し分ないものがあった。実力があるからこそバックコーラスに抜擢されたと言っていいだろう。何故なら、歌の魅力を最大化するために呼ばれたバックコーラスが下手では意味が無いからだ。ある意味では、スター歌手より歌唱力が求められた。
そんな実力がある歌い手である「バックコーラスの歌姫たち」は、何故か似た境遇を経験していた。それは、なかなかソロ歌手として認められないことであった。ソロ歌手としてデビュー機会を得ても、何故かその歌が別の歌手のものとして発売されるとか。実に理不尽な扱いをされていた。
アメリカの音楽界にあるスターシステムの壁の前で足掻いていた。それが、「バックコーラスの歌姫たち」の現実であった。
ステージでは、スターダムにある歌手との距離は、僅か20フィート(約6メートル)しかなかった。しかし、実際の距離は遥か遠くにあったのは言うまでもない。それを実感していたのは彼女たちをおいて他にいない。
「バックコーラスの歌姫たち」に登場する歌手たち
■彼女達は、今でも歌うことに命を捧げている!
ダーレン・ラヴ(Darlene Love 1941年7月26日〜)
エルヴィス・プレスリーやフランク・シナトラ、ビーチ・ボーイズ等のバックシンガーとして参加する。1961年、音楽プロデューサーのフィル・スペクターに認められて契約する。レコーディングした楽曲が、何故か別のグループの楽曲として発売されて大ヒットする。いわば影武者の役割を担わされていた。
その後はソロになるも、ヒットした曲もあったが続かずに一時期は家政婦として生計を立てていた。それでも復帰後は「ローリング・ストーン誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」にランクイン。2011年には、ロックの殿堂入りも果たしている。
メリー・クレイトン(Merry Clayton 1948年12月25日〜)
ローリング・ストーンズとの共演で広く知られ、他にもレイ・チャールズなど様々なアーティストの作品でバック・コーラスを担当し、ソロ活動も行う。
1969年、ローリング・ストーンズの「ギミーシェルター」でミックと共演したことで有名となる。70年代にはキャロル・キング、レナー・スキナード等の楽曲に参加している。現在では、俳優としても活動しているとか。
ジュディス・ヒル(Judith Glory Hill 1984年5月6日〜)
マイケル・ジャクソンの カムバックツアー「THIS IS IT」のデュエット・パートナーとしてオーディションに合格し採用される。マイケル急逝までの数ヶ月を共に練習を重ねている。もしコンサートが行われていたら、彼女はスターに近づいていたかもしれない。
マイケル追悼式典で、実質デビューする。多くの注目を集めたが、その後はまだヒットに恵まれていない。現在では、ソロ活動と共に多くの歌手のバックコーラスに参加している。ちなみに、彼女はアフリカ系米国人と日本人女性のあいだに生まれている。したがって、日本語も堪能であるとか。
リサ・フィッシャー(Lisa Fische 1958年12月1日〜)
スティング、チャカ・カーン、ティナ・ターナー等のバックコーラスとして参加している。1989年からローリング・ストーンズのコンサートに現在に至るまで参加している。1991年にリリースしたソロアルバムは、R&B部門で一位となっている。(「ソー・インテンス」)翌年にはグラミー賞を獲得している。
元アイク&ティナ・ターナーのバック・コーラス兼ダンサー「アイケッツ」出身のシンガー。その魅惑的な容姿からミック・ジャガーに気に入られたとか。あの名曲「ブラウンシュガー」は、彼女のことを歌ったものといわれる。
プレイボーイ誌でヌードも披露している。ソロデビューもしたが、何故か現在では、スペイン語の教師だそうである。
ジュディス・ヒルを除くと、概ね50歳以上のバックコーラスの歌姫たちである。幾多の苦境や困難に遭遇したが、それでもなお歌を愛する気持ちは変わらないようである。現在の音楽環境は、多重録音や音程をコンピュータで調整するなど、実力のある彼女たちにとってはけっしていい環境とは言えない。
それでもなお、彼女たちの生歌の迫力は捨て難いはずである。コンサートではその本領が発揮される。だからこそローリング・ストーンズなどは彼女たちを起用し続けるのだろうと思われる。
とにかく、これまでの音楽の楽しさ、興奮に貢献してきた彼女たちの今後に幸あれ!、と願うばかりである。
The Rolling Stones Feat Lisa Fischer – Gimme Shelter
リサ・フィッシャーの迫力は、半端ない。
■バックコーラスの歌姫たち/概要
原題 :20 Feet from Stardom
監督 :モーガン・ネヴィル
出演者:ダーレン・ラヴ
:メリー・クレイトン
:ジュディス・ヒル
:リサ・フィッシャー
:クラウディア・リニア
:タタ・ヴェガ
公開 : 2013年
時間 :90分
参考文献:公式サイト、ウィキペディア、その他
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追記:映画のなかで、1971年に行われた「バングラディシュ・チャリティ・コンサート」の模様が少しだけ流れる。そこではジョージ・ハリソンがギターを弾いて歌い、リンゴ・スターがドラムを叩いていた。ビートルズが解散して間もない頃だと思われる。
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