■80年代|80年代アンソロジー その3

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クラブシーンの夜明け!ジャワ原人

日本におけるクラブの元祖「ピテカントロプス・エレクトス」と、雑貨文化を開いた「アフタヌーンティー」ーー

80年代のエポックメイキングな事柄の続編です。今回は、「クラブ」と「雑貨」を取り上げます。なお、記憶違いが多々あると思いますが、ご了承ください。

ピテカントロプス・エレクトス

1982年に原宿にオープンした伝説のクラブ。断っておくが、オネーサンのいるクラブではない。当時の最先端の音楽シーン及びカウンターカルチャーと出会える場。それが、「ピテカントロプス・エレクトス」(ジャワ原人の意)であった。

桑原茂一(いわゆる仕掛人)が、海外のクラブ文化を導入した「ピテカン」は、以後のクラブ・シーンに多大な影響を与えた。

中西俊夫のメロン、ミュートビート、東京ブラボー、坂本龍一らのライブ、高木完、藤原ヒロシのDJなどが行われていた。また、海外の文化人、アーティストも多数訪れた。日本のクラブ・シーンはここから始まった。1984年7月閉店。

原宿駅から竹下通りを抜けて、明治通りを渡って左方向へしばらく行ったビル地下にあった様に記憶している。だいたいそんなとこか。違ったか?。

実は、わたしも訪れたことがあるのだ。当時のわたしはカウンター・カルチャーに関心が強かった訳ではない。少しばかり目的が違った。好きだった女性というか女子が、それ方面に関心があったので一緒に行ったに過ぎなかった。

だから、メロンに屋敷豪太がいたことさえ当時は知らなかった。いまは、好きで良く聴いている。記憶にあるのは、少々スノッブ臭がしており、ビビったことぐらいか。ま、若かったし、それは仕方がないことであった。

ちなみに、1984年に閉店した後、「クラブD」と名称を変えて運営していたようである。これは、あまり記憶がない。

80年代、雑貨文化が夜明けを迎えた

アフタヌーン・ティー

70年代、文化屋雑貨店と云うのがすでにあったが、80年代になると、生活周辺をより豊かにする雑貨群を扱うお店が多数現れた。

「アフタヌーン・ティー」「フォブ・コープ」「ペンギン・カフェ」等が代表的である。特に、83年パルコ・パート3のなかにオープンした「アフタヌーン・ティー」は印象的であった。たしか、男性目線で捉えた家庭雑貨を集積するお店というのが、当初のコンセプトであったと記憶するが、それも確かではない。

家庭雑貨は女性のものという固定観念を変えた点が新しかった。また、カフェを併設しており、このタイプの業態の先駆けでもあった。

25坪(確かでない)ぐらいと広くはないが、内容は濃かったと思う。なお、現在のお店とは大きく異なっている。当時の責任者(経営者の兄弟)が退社し、商品構成の考え方を少し変えたようである。

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オープン当時と思われるパルコパート3のアフタヌーンティー!

わたしは、当時「アフタヌーン・ティー」でホーローのマーブル柄の食器を買い求めた。また、テーブルライト(おフランス製)も買った。これはいまも現役である。

アフタヌーンティー/ヒストリー(公式サイト)

80年代は、一般的にはバブルとボデコンの時代との認識が強いのではないか。たしかに、それらはアクが強いのでどうしても印象に残る。しかし、上記した内容以外にもこの時代に出現した事柄は数多く多彩であった。これを書きながら、改めてそう思いました。

<80年代地下文化論>
’80年代は「バブル」で「おたく」で「スカだった」のか?
時代の先端を走る宮沢章夫が、東大駒場キャンパス最奥の密室で80年代生まれの東大生を前に考え、迷い、口ごもりながら語った。(80年代と現在を結ぶ手がかり)当時のカルチャー・シーンを切り取った貴重な資料・図版・地図を満載!

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