使えない日用品?これがオブジェだ
インテリアオブジェは、邪道だ
オブジェという言葉は、すでに一般的に馴染んだものである。違うだろうか。その理由は、たぶんインテリアオブジェという言い方にあるのは間違いない。当該ユーザーもそのように言った経験がある。インテリアのオブジェというのは、たぶん造形物を意味していると思っていた。いわゆる立体のインテリア装飾品である。
しかし、それは違ったのであった。そもそもオブジェという意味の使い方が間違っていた。どこの誰が、インテリアにオブジェをくっ付けたか。それは知る由も無いが、たぶん雑誌社のどこかではないか。あくまで想像であるが、インテリア装飾品よりお洒落な響きとして造語されたに違いない。
まず「オブジェ」という言葉が注目されたのは、「ダダイズム」という20世紀初頭に現れた反社会的芸術運動の表現形式のひとつの名称として使われたからである。それは、どんなものかというと、日用品を用いた知性ある皮肉が込められた造形(立体)作品であった。そして、ダダの作家たちは、それにあえて物体(オブジェ)という名称を与えたのである。
アートの世界で造形的作品といえば彫刻であるが、それとは異なる表現形式として新しい言葉が誕生したはずである。当然、それは装飾とも工芸品とも違うものであるのは言うまでもないことである。
したがって、粘土などを捏ねくり回してたまたま出来た造形品をオブジェとは言わない。それは、単なるガラクタである。違うか。
<オブジェの意/辞書より>
オブジェ (仏:Objet)は、事物、物体、対象などの意味を持つ、英語ではobjectにあたる言葉。物体・対象の意として前衛芸術で、作品中に用いられる石・木片・金属などさまざまな物。また、その作品。
辞書では上記のように書かれているが、やはり前衛芸術で用いられるという文言が入っている。インテリアオブジェでも意味は通じそうであるが、しかし、それは日本だけのようである。オブジェとは、本当は単なる物体のことであり、実は創作物とはまったく反対側を意味している。
前述したダダイズムの発祥の地?であるフランスでは、インテリア装飾品(日本ではオブジェ)は「インテリアデコール」というらしい。
しかし、何故日本でオブジェがこんなに浸透したか。それは戦後の生け花界の家元にあるらしい。どこの生け花の流派か知らないが、生け花の技術に生花以外の木、鉄、その他素材を活かして創る行為をオブジェと称したそうである。
そして、それを弟子たちに広めたそうである。そこから、日本でオブジェという言葉が浸透したようである。そのとき、誰も異を唱える人がいなかったに違いない。そうでなければ、今日まで勘違いしたままのインテリアオブジェが堂々とまかり通る訳はない。いやはやである。
ダダイズムとオブジェの関係
ダダイズムとは、第一次世界大戦が始まる少し前に誕生した。その頃の世相を反映し、反社会的な姿勢が根底にあったようである。混迷する社会情勢のなかで既成の価値観や芸術の歴史様式を否定し、新しい秩序を築こうとしたようである。いや、築くというより提示しただけかもしれない。
とにかく、その表現は過激の一言であった。例えば、1920年に行われたエルンストとアルプのダダイズムの展覧会では、次のようなことが行われた。
「展覧会場には彫刻に添えて斧が置かれており、観客はその斧で彫刻を壊さなければならない。そして、白い聖歌隊のガウンを着た少女たちが猥褻な詩を朗読するパフォーマンスをしていた。」(若林直樹著/現代美術入門より)
上記のようにダダイズムは、作品(物)を造るという行為ではなく何を提示するかの方が重きを置かれていた。そのように感じる次第である。それはさておき、上記のようなことを1920年に行っていたのである。現代の表現様式は、そこからあまり進展していないように感じてしまうが、如何に。
さらに、もうひとつ例を紹介する。1917年、フーゴ・バルという人が音声詩の実演をしたそうである。いわゆるパフォーマンスである。
「音声詩とはなんの意味ももたない、音の羅列のような言葉で作った詩のことだ。彼は紙製の訳の分からない服を着て、一晩中声を張り上げて、もっともらしい朗唱をした」(参考:上に同じ)
このようにダダイズムは、パフォーマンスの発生源であったらしい。現代でも行われるパフォーマンスの元はダダイズムにあると言って過言ではない。たぶん。
そして、ダダイズムのパフォーマンス以外の表現形式として誕生した「オブジェ」は、はたしてどのようなものなのか。
前述したように「オブジェ」とは物体という意味である。「ダダイズム」は反社会性と既成概念の打破という思想性がある。この思想性を考慮するとオブジェの意味がなんとなく分かってくる。それは、既成芸術の作品に対するアンチテーゼとしての意味合いである。したがって、作品を単なる物体=オブジェと名付けたようである。
それは既成芸術や権威に対する皮肉が込められた名称であった。そこに意味が込められていたのである。知性と皮肉こそが、ダダイズムというものであった。端的に言い切ってしまえばそうなるのではないか。
冒頭に掲載したマルセル・デュシャンの作品は、1913年に作られたオブジェの代表的なものである。その作品は、椅子の上に自転車の車輪がくっ付けられたものである。椅子は当時では何処の家庭にもある有り触れたものであった。自転車の車輪もまた当然であった。
どこにもある日用品が、使用目的とは違う使われ方をされている。また、その日用品はまったく役に立たなくなった。しかし、それがオブジェとして作品として提示されるのである。提示された事でそれは知性の表現として意味を持ったのである。
このようにオブジェとは、これまでになかった知性の表現を形にしたものであった。それは、当たらずとも遠からずである。たぶん。
最後に、インテリアオブジェという言葉が如何に邪道か。そしてダダイズムの根源にある考え方と如何に乖離しているか。それが、なんとなく理解して頂けたら幸いです。
<参考文献及び引用>
若林直樹著/現代美術入門(宝島社)、ウィキペディア、他より
<パリのダダ/アマゾンより>
一九一五〜一九二五年にかけてヨーロッパで猛威をふるったダダ。この前衛運動を文学・芸術・思想の中心であるパリという都市で捉え、「シュルレアリスムはダダのフランス的形態である」と規定した、世界的権威による必読基本図書。
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