■デザイン|ロシア・アバンギャルド

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アイコンの元祖は、ロシア・アバンギャルドにあり!

ロシア・アバンギャルドとは、1917年のロシア革命の前後を中心に1930年頃まで続いた革命ロシアを象徴する美術、建築、演劇、文学等で行われた独特の表現活動を意味している。特に有名なのは、宣伝美術である。その特徴は次のようなものである。ひとつは、文字をひとつのモチーフとして視覚化した表現である。

ふたつめは、写真のモンタージュである。この二つを組み合わせることで、視認性があり、且つアピール度の強い宣伝ポスターが出来上がった。これは、当時の革命政府の目的に合致していた。それは、ロシア国内において革命の意義を早急に伝達、浸透させる必要があったのである。

当時のロシアでは、一般大衆に教育も充分に行き届いていなかった。したがって、一目で見て分かる要素が重要であった。そこで考えだされたのが、このロシア・アバンギャルド様式のポスターであった。

ロシアのイコンは、アイコンの元祖!

この革命当時、宣伝美術を中心とした、美術関連の動きは特に先進性に富んでいたようだ。芸術家は旧体制の崩壊によって、堰を切ったようにその自由な表現性を吐き出した。矢継ぎ早に実験的な表現形式が試される美術実験場と化したのである。マヤコフスキーという詩人の詩集など、その代表例である。

デザインは、リシツキーである。このリシツキーのグラフィック表現は、現在でも多くの影響を与えている。例えば、現在ではアイコンと称される、絵柄でその目的を象徴させる表現がある。この元祖というべき存在が、リシツキーが行った前述した詩集のデザインである。

ページの内容を象徴する絵柄を、ページ脇に配することで目的への到達を素早くする仕組みを開発したのである。これは、ウェブでのナビゲーションと同じ役目である。


リシツキー マヤコフスキー詩集

イコンと云えば、聖像を意味するらしい。アイコンとは、このイコンを英語読みしたものであり、物事を簡単な絵柄で記号化して表現したものを意味している。どうやら、元はイコンにありということらしい。イコン、そしてリシツキー、現在のアイコンという図式が成り立つのではないか。

少々単純化し過ぎたかも知れないが、当たらずも遠からずではないかと思う。話は、少しずれるがアイコンは1970年代後半に、コンピューター操作の容易化を目的にゼロックス・バロアルト研究所で開発された。この革命的開発を、それこそ白昼堂々と盗んで行ったのが、スティーブ・ジョブズ率いるアップルだったのは有名な話である。

革新的な素晴らしい業績を残したロシア・アバンギャルドであるが、1930年頃になるとスターリニズムの加速化とともに淘汰されてしまう。それは、反革命的というレッテルを貼られたことによる。たぶん、芸術家たちの自由な表現に恐れを抱いたスターリンの決断であろうと思われる。

それ以降、ある芸術家は亡命をし、あるいは自ら死を選んだのである。そして、ロシア・アバンギャルドは消えたのである。その後、注目を集め研究されてはきたが、いまだ、その全貌は闇のなかである。

以下は、ロシア・アバンギャルドの関連本あれこれ。
<海野弘著/ロシアアバンギャルドのデザイン>
ロシア革命という根源的社会変革のなかでデザインはどのような夢をもったか。ロシア・アヴァンギャルドはなぜ挫折せざるをえなかったか。歴史の闇のなかからその全貌を明らかにする。

ロシア・アヴァンギャルドのデザイン―アートは世界を変えうるか

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