■社会|テレビ局員の本性をアナウンサーが暴露する

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大衆を見下すテレビ、その行方は何処へ!

ナムジュンパイク

ある意味ではテレビ局は想像通りのしろもの!

元フジテレビのアナウンサーだった長谷川豊氏(現フリーアナ)は、テレビ局員が自社の収益の要であるはずの視聴者をある意味で見下していたと暴露している。これは、想像されていたことと合致する。やはり、そうだったか。

長谷川豊氏が芸能人批判に言及「TV局員はネット住民を見下す」

テレビ局員がある意味で見下していたのは、ネットのことである。かれらテレビ局員たちは、何故か優越意識があるようだ。選ばれた民とでも思っているのだろうか。ネットで発信する人々をネット住民として見下していたとか。

また、ネット住民=暇な人という、ある意味では蔑視ともいうべき認識を示していたそうである。当たらずとも遠からずという指摘もあるが、それよりもそのベクトルの向かう先が問題である。

見下した相手だから、視聴者というエンドユーザーであれど無視して構わないと思ったに違いない。しかし、早計は災いの元である。それは、みなさんもご存知のとおりある時期を境にネット優勢へと変わった。

所詮、ネットなんてと何の影響力も無いと思っていたとしたら、なんと先を見通すことのできない愚かな集団であるとしか思えない。自らの優越感に浸ってばかりいて未来を見ていない。一時の栄華が永遠に続く訳が無いのは歴史が証明している。そんなことも理解できないテレビ局に未来は無いに等しい。

なにも、今更言うまでもなく、ずいぶんと前からテレビ局および社員の奢る体質は問題視されていた。そして「奢る平家は久からずや」という格言どおりを地でゆく昨今のテレビ局である。

たしか、ずいぶんと前であるが、あるメディアに某テレビ局員が語ったことが掲載されていた。それが真実かどうかは知らない。そのテレビ局員は、ディレクターだそうである。そして、なんと「テレビの番組はバカを対象にしている」と言っていた。

そのディレクターが語った内容は以下を参照ください。(一部抜粋)

「昼間っからテレビを見ている視聴者って、どういうひとかわかりますか?
まともな人間は仕事をしているからテレビの前になんかいません。暇な主婦とか、やることのない老人とか、失業者とか、要するに真っ当じゃないひとたちが僕らのお客さんなんです。
彼らをひとことでいうと、バカです。僕らはバカを喜ばせるためにくだらない番組を毎日つくっているんですよ。」

バカが多いのには理由がある(橘玲の日々刻々より)

テレビを見ると馬鹿になるとは、ずいぶん前から言われていたことである。それをテレビの現場の人が、認めてしまった訳である。いやはや。想像はしていたが、それでも唖然というしかない。

想像どうりではあるが、何故かがっかりした。何故なら、番組制作者として良心があれば、より良質な番組を作りたいという考えはないのか。例え、テレビ局の方針やスポンサーの意向があれどもである。しかし、本音?を吐いたのは、そこまでテレビ局が毒されている証拠なのかもしれない。

もはや、自ら浄化する能力はありそうもない。そう考えても間違いなさそうである。違うか。

ちなみに、ここまで書いてきたテレビとは、主に地上波と呼ばれるキー局を中心としたテレビ局網を指しています。(言わずともお分かりと思うが念のため)

このような状況に一般大衆が対処するのは、実に簡単である。それはテレビを見なけりゃいいのである。テレビ受像機が勿体ないというのならDVDやケーブル、衛生放送などその他活用の仕方は多くある。

例え、衛生放送で地上波キー局とその派生番組が写っても、とにかく見なけりいいのである。バカにならないのは、あなた次第という訳である。

現在の地上波テレビの置かれた現状を考えると、魅力的なコンテンツさえ作れれば新規参入できる余地はありそうだ。ただし、地上波は無理である。それは、なんせ許認可制だからである。

かなり長い間テレビを見ていない!正確には見る気にならない

正確には分からないが、たぶん7月頃からテレビを見ていない。いや、より正確に言うとほとんど見ていないというべきか。何故なら、ニュースやサッカーを見てしまったからである。

じゃー、テレビを見ていないなど言うな。というご指摘はごもっともである。しかし、当該ユーザーのこれまでのテレビとの関係を考えると大変な出来事である。なんせ、生まれたときから(多少オーバーかも)テレビを見ながら育ってきた。そんな具合だから、人生はテレビと共にあったと言っても過言ではない。

これを言うと年齢が想像できてしまうが、自分が生まれた頃にテレビは初期黄金期にあったはずである。どこの家庭にもテレビ受像機が普及していき、茶の間の王として君臨し始めていた。それから、ずーとテレビを見てきた訳である。

そんな背景を考えるとちょっとテレビ見たぐらいは見たうちには入らない。そう考えて見ていないと書いたまでである。あしからず。

とにかく、このあいだのサッカー(ブラジル戦)で、久しぶりにテレビを見た。さらにサッカーが終わったあともそのままテレビを付けっぱなしにしていた。そこで目にしたのは相変わらずの芸人やそのもどきが出演するバラエティーが多かった。

変わってないね。なーんも変わってないね。そう思っていた。地上波テレビは相変わらずの体であった。変わることを拒否しているかのような、その姿勢にはがっかりである。また見たいと思う番組は、無きに等しい。いやはやである。

そして、またテレビを見なくなった。

7月頃からであるから、かれこれ3ヶ月弱である。変わってないのは、制作的な時間を考慮すれば無理無いかもしれないが、それにしても見る気を起こさせる番組がない。テレビを見ていたのは、単なる習慣だったのか。とすれば、見なくなったのは習慣が変わっただけである。

テレビの視聴率がどの局も芳しくないとか。したがって、広告費収入もあまり期待できず、収益の多様化を目指して様々なことに手を出し、さらには足も出すテレビ局である。その反面ではますます番組の劣化が進み、視聴率も押して知るべしか。

かつてのテレビっ子だった自分はいったいどこに行ったのか。それを考えると世の流れは恐ろしいと思う昨今である。

このテーマの最期に、ボブ・ディランの往年の名曲の一節を紹介したい。

時代は変わる

いいか、みんな集まれ、あたりをよく見るんだ
回りの水が、水かさを増しているのが見えるだろう
もうすぐ、身体の芯までずぶ濡れになるって、分かっているだろう
もし時間をムダにしたくないなら
いますぐ、泳ぎだすことだ
さもないと、石みたいに水底に沈んでしまうぞ
時代はいま変わりつつあるから

(ボブ・ディラン「時代は変わる」より)

冒頭写真:ナムジュンパイクの作品 www.art-it.asia

<テレビ朝日アニメソング Gold>
2010年に50周年を迎えたテレビ朝日と、2011年に100周年を迎えた日本コロムビアがコラボレーション。テレビ朝日系列で放送されたアニメ作品の主題歌を集めたコンピレーション・アルバム。

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