■アート|ロトチェンコ マルチアーティストの元祖

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激動の時代を生抜いたアヴァンギャルド

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その作品の革新性は、いまでも燦然と輝く

ロシア・アヴァンギャルドのアートといえば、1917年のロシア革命前後に起きた芸術運動と知られている。しかし、その作家たちの名前は、その方面に詳しい人を除くとあまり知られていない。何故なら、ロシア革命後に創立された旧ソ連体制が徐々に全体主義的(スターリン体制)な様相を帯びるにしたがって、その芸術様式が排除されたからに違いない。

その芸術様式が盛んだったのは、1910年代後半〜20年代後半ぐらいまでの間であったようだ。30年代になると主導的立場?にあったマヤコフスキー(詩人)は自殺し、その他の作家たちも海外へと亡命した。

ロシア出身のアーティストで有名といえば、カンディンスキー、マレーヴィッチなどがいる。かれらは海外亡命組である。そして、いずれも革新性のある作品が特徴であった。いわば、芸術の革命家たちは、国家が革命後はそこに居られなくなっていた。なんとも皮肉な出来事である。

ロトチェンコ(Alexander Rodchenko)は、おなじくロシア・アヴァンギャルドで革新性を馳せたリシツキーとともに代表的なアーティストとされている。しかし、かれは海外亡命はしなかった。旧ソ連が全体主義体制となってからも留まり続けていた。そしてその生涯を、旧ソ連で終えたのであった。

周囲の同士たちが海外亡命するなかで、何故かれはそれをせずに留まり続けたのか。その辺りのことは実はよく分からない。きっと、どこかの書物に書かれていると思われるが、残念ながらまだ未見である。あしからず。

とにかく、多方面で革新的な作品を生み出したロトチェンコであるが、その功績とは裏腹に世間ではあまり認知されていない。もちろん、一部の芸術関係者は知っているが、カンディンスキーやマレーヴィッチほどには知られていないはずだ。

その理由は、旧ソ連に留まっていたからに違いない、と想像するがいかに。

それはさておき、いま現在でもその作品を見てみると、その斬新性に驚くばかりである。しかも、その表現様式は多岐にわたる。絵画、グラフィック、立体作品、写真という具合である。まさに、マルチアーティストを先駆けた人であった。

ちなみにかれの妻もアーティストであったそうだ。いわば夫唱婦随でロシア・アヴァンギャルドの表現に邁進していたともいえる。

また、ある書物にはかれの生涯は実験の繰り返しだったとか。その表現を完成させるよりも、何か違ったものを発見する試みに強い関心があったのかもしれない。

アレクサンドル・ミハイロヴィチ・ロトチェンコ(露: Алекса́ндр Миха́йлович Ро́дченко、英: Aleksander Mikhailovich Rodchenko 1891- 1956年)は、ロシア構成主義の芸術家。絵画、デザイン、舞台芸術、写真など、幅広くに渡って活躍した。(ウィキペディアより)

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ロトチェンコと妻のバーバラ・ステパーノヴァ(1920年代)

ロトチェンコの作品群

■グラフィック

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グラフィックでは多くの作品を創出している

■絵画

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ロシア構成主義ならではの趣がある マレーヴィッチを彷彿させる

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お洒落な包装紙になりそうだ

■立体

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絵画の立体版 ロシア構成主義の面目躍如か

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第三インターナショナル記念塔 実際には建造されなかった

■インテリア

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労働者のための椅子 これは復刻版が発売されている(147万円)

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中央の机と椅子 周囲のインテリアは未確認?

■写真

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階段の影が織りなす縞模様が美しい モノクロならではの美の表現である

■コラージュ

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マヤコフスキーの詩集の挿画として使用された

ロトチェンコの実験室
ロトチェンコの実験室

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