まさに、これは酒池肉林である!
中国の膨大な富が、大奢侈となって降り注ぐ。後宮3千の美女、甍(いらか)を競う大建築から、美食と奇食、大量殺人・麻薬の海、精神の蕩尽まで。三千年を彩る贅沢三昧オンパレードにもうひとつの中国を読む。(本書の案内文より)
酒池肉林とは中国が発明した?
中国というのは、本当に不思議な国である。もっとも日本も不可解であるが、しかし、中国のはその度合いが、スケールが桁違いである。本書を読むと何故そこまでするのか、信じられない事だらけである。人間とは、どこまでも強欲に、また残酷に、あるいは奢侈に溺れる者なのか。それを教えてくれるのが、本書である。
紀元前12世紀の殷(いん)の肘王(ちゅうおう)から20世紀初頭の清の西太后までの王朝時代に起きた様々な出来事は、当然の如く一朝一夕では語り尽くせないほど膨大である。そのなかでも、膨大な富を背景に、ひたすら欲望を満たすことに費やす皇帝や、その取り巻きとが織りなす所行の数々はまことに興味深いものがある。
酒池肉林というあまりにも有名な言葉がある。これは、中国最古の王朝、殷の肘王という大変粗野で暴虐な王が、自らの欲望を満たすために開いた宴が由来のようである。それは、沙丘という自分のためのレジャーランドのようなものを造り、そこに珍しい動物や鳥を放し飼いにし、また美女を集めて宴を開いたのである。
その宴では、酒を満たした池を造り、干した肉を木の枝に引っ掛けて肉の林とした。さらに裸の男女に鬼ごっこをさせ、それを美女と一緒に眺めながら酒を飲み悦に入ったそうである。これが、世にいう酒池肉林である。
これは、ひたすら食って飲んで、富を散在するという粗野な行為でしかない。また、欲望の蕩尽は残虐性に結びつくそうであり、この殷の肘王もサディスティックな面を多く見せたようである。
例えば、肘王に愛想を尽かして多くの重臣が逃げるなか、肘王を諌める意見をした叔父に対し、「聖人の胸には七つの穴があるそうだが本当だろうか」といい、生きたまま叔父の胸を開き心臓を見たそうである。しかし、このような無道な行いが続くはずもなく、肘王は周を中心とする諸候同盟軍によって滅ぼされたのである。
酒池肉林(しゅちにくりん)とは、酒や肉が豊富で豪奢な酒宴という意味の四字熟語。中国語では、発祥から現在まで「酒池肉林」は、はしたなく過度な奢侈的生活を過ごすことを意味している。
司馬遷によって編纂された中国の歴史書『史記』、「殷本紀」に記された一節が語源である。殷の紂王が愛姫である妲己の歓心を買うため、その言うがままに日夜酒色に耽り、民を虐げた(とされる)故事に由来する。
宦官という鵺のような存在
鵺(ぬえ)=化け物のような、得体の知れない人物。
宦官とは、男性機能を去勢によって失った者のことである。その存在は、3千年前の殷王朝の時代まで遡る。そして、最後の王朝・清の時代まで続いたのである。宦官は、元々は征服した異民族や刑余者を去勢して宮中で用いたのがはじまりらしい。しかし、いつのまにか権力を持つようになり、その力は皇帝を凌ぐほどのものも現れるほどであった。
何故、そのような力を持つようになったのか。その背景は、後宮にあるらしい。それは、美女を集めた皇帝の秘密の花園である。そこに出入りできるのは、皇帝と去勢した宦官だけである。宦官は皇帝の秘密を握ることで、その力を蓄えていった。あるときからは、後宮の美女と通じ皇帝をたぶらかし自信の利権を獲得するといった手段も平然と行うようになっていた。
中国の王朝では、その末期になるほど宦官が猛威を振るったようである。そして、その末に王朝は滅んでいる。その繰り返しである。
西太后、最後の王朝を彩った猛女
17世紀〜20世紀初頭まで続いた中国最後の王朝、それが清である。異民族の王朝であり、緊張感を以て統治された初期には優秀な皇帝が続いたが、王朝末期になると、これまでの王朝と同じように腐敗臭が漂ってきていた。そのなかで登場したのが、あまりにも有名な西太后である。
西太后は、18歳の時に後宮に入り清の第9代皇帝に見初められて側室(日本流にいうと)となる。そして、時期皇帝となる息子を生んだことで西の皇后となる。東の皇后は正室(正妻)である。そして、ここから西太后の本領が発揮される。第9代皇帝は、国を取り巻く環境の内憂外患に悩まされ逃避的となり、変わって西太后が実権を握るようになる。
そして、敵対する勢力を下し、皇帝が亡くなると実の息子を皇帝に即位させる。そして、6歳の皇帝を補佐するという意味から、睡蓮政治と呼ばれる東西の皇后による実質的な権力構造が出来上がった。
やがて、10代皇帝も大人になり結婚の時期となる。そのとき、皇帝は実の母でなく、東の皇后の勧める女性を選ぶのである。これに怒った西太后は、皇帝(実の息子)に圧迫を加えつづけた、そして皇帝はこれが原因で死亡する。こんどは、わずか4歳の甥を皇帝に担ぐ、さらに東の皇后が死去したことで完全に西太后の天下となった。
その後、この11代皇帝も西太后に半旗を翻すことになる。そして、またもや皇帝を幽閉したうえで実権を握る。11代皇帝が死去するとわずか3歳の溥儀(ラストエンペラー)を後継に指名してから、自らも死去したのである。
この権力欲はどこからくるのか。ひたすら権力だけを目的に実の息子だろうと邪魔であると判断すれば躊躇なく排除にかかる非道さ、傲慢さ、ただ権力だけが最重要なことであり、母性愛など薬にもしたくなかったのであろう。ただし、彼女の観点からすれば、権力を握るとはこういうことであり、むしろ当然であるのかも知れない。
本書には、これ以外にも多数の興味深い話があるので、ぜひご覧になって頂きたいと思うのである。
酒池肉林―中国の贅沢三昧 (講談社現代新書)
井波 律子 (著)
コメント