■時代と流行|100年の時代紀(1)1900年〜1949年 

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パリ万博
パリ万国博 1900年

時は移ろい、時代は変わる!

<トキ・コト・モノの運命>

時は移ろい、流行も様変わりする。

これは、時代の有する宿命であり、これからは逃れることができない。

時代とは、大雑把にいえば10年、または100年刻みで区切られる。

その境界は、10年紀(年代記)は0で始まり、100年紀(世紀)は1から始まる。

流行とは、時と共に移ろい、やがて消えてなくなる。しかし、それでも僅かに残るものがある。

そして、それは経年しながら、さらに美を蓄えていまに残る。

(by cragycloud)

■1900年代(00年〜09年)

はじめにーー
世紀と10年紀の違い:世紀は、1年を始めとした100年間。10年紀は、0年を始めとした10年間である。(ウィキペディアより)

1900年4月、パリの万国博覧会は幕を開けた。それは、20世紀を目前に控えて祝祭ムードで盛り上がりを見せていた。会場には、当時の最新機器が展示され、芸術の新様式「アールヌーボー」が会場を彩っていた。

現在に残るエッフェル塔はこのときに建設された。

1901年、英国のヴィクトリア王朝時代が終焉を迎えるのと同時に20世紀は幕を開けた。栄華を誇った大英帝国の時代は、ここから衰退に向かっていく。

英国では、エドワード王朝(1901〜9)となり、かつての厳格な因習に縛られた社会性から解放された。反面、享楽や退廃感が漂う世の中となった。

それはある意味で自由の代償でもあった。しかし英国が、衰退に向かう端境期としてしばしの安定を享受した時代でもあった。

1904年、日本は、ロシアの南下政策に反発し日露戦争となる。戦争に勝利した日本は、朝鮮半島および満州地域への利権を獲得する。

ロシアでは日露戦争後、革命ののろしが上がる。1905年、その後の科学に影響を与えた相対性理論が、アインシュタインにより発表された。

1908年、中国では、最後の皇帝溥儀が即位した。しかし、皇帝の命運もあと僅かであった。中国でも革命の兆しがすぐそこまで来ていた。

1909年、伊藤博文が朝鮮半島にて暗殺された。

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日露戦争 日本海海戦

<主な出来事>

1900年 パリ万国博覧会
1901年 ノーベル賞創設 ヴィクトリア女王死去
1902年 日英同盟締結
1903年 ライト兄弟が、人類初の動力飛行に成功
1904年〜1905年 日露戦争
1905年 ロシア帝国で血の日曜日事件 アインシュタイン相対性理論発表
1906年 日本で鉄道国有法が公布・施行される
1908年 清の光緒帝没 12月2日、宣統帝溥儀即位
1909年 10月26日 哈爾浜駅において、伊藤博文が暗殺される

■1910年代(10年から19年)

1910年、日本は、前年に起きた伊藤の暗殺を機に朝鮮半島を併合する。以後、35年間に渉る日本の朝鮮統治が始まった。

中国では、孫文らの指導のもと革命勢力によって清王朝がその歴史の幕を下ろした。しかし、その後も内政の混乱は続いた。中華民国臨時政府が設立され、孫文が初代大統領に就任。しかし、すぐに退任し清王朝の重鎮であった袁世凱が二代大統領となった。

1914年、サラエボでオーストリアの皇太子が暗殺された。これを機に、オーストリア・ハンガリー帝国は、ポーランドに宣戦布告、第一次世界大戦の口火を切った。

枢軸国と連合国のあいだで長い消耗戦が続いた近代兵器による初めての戦争であった。それは、生々しくも悲惨なものであった。

1917年、第一次世界大戦で消耗したロシアでは、革命勢力によってロマノフ王朝が倒された。同年、ソビエト政府が樹立された。

第一次世界大戦は、1918年にようやく終了した。これを機にイギリスの衰退と、アメリカの躍進が目立ってくる。以後、世界の覇権はアメリカの時代となってくる。

また、敗北による多額の賠償を課せられたドイツでは、ナチスの足跡が忍びよっていた。

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清王朝 紫禁城

<主な出来事>

1910年 日本 朝鮮半島を併合 朝鮮総督府創設
1911年 中国 辛亥革命が起こり、清王朝倒れる
1911年 第二次モロッコ事件でドイツとフランスが対立
1912年 4月15日 タイタニック号が沈没
1912年 7月30日 元号が大正(1912年 – 1926年)に改元
1912年~1913年 バルカン戦争
1914年 サラエヴォ事件 第一次世界大戦がはじまる
1916年 英・仏・ロシアがオスマン帝国領の分割を密約
1917年 ロシア・ロマノフ朝滅亡、臨時政府成立 ソビエト政府樹立
1917年 アメリカ合衆国が第一次世界大戦に参戦
1918年 ドイツ革命 ヴィルヘルム2世退位によりドイツ帝国が倒れる
1919年 英領インド ガンディーらが抵抗運動を開始
1919年 第三次アフガン戦争終結 アフガニスタンがイギリスから独立

■1920年代(20年〜29年)

第一次大戦の戦争特需を背景にアメリカでは、空前の好況期となっていた。

世界の中心は、ロンドンからニューヨークへと移っていた。そして大量生産・大量消費の時代を迎えていた。

アメリカでは、黄金の20年代がはじまっていた。人々は、享楽にふけることに挟持し、また社会の裏側では禁酒法を逆手にとったギャングが、密造酒で大儲けしていた。それは、マフィアが巨大化するきっかけともなった。

この時代、女性の意識・価値観も様変わりした。スカートの丈は短くなり、酒を飲んでジャズで踊り狂うのが流行していた。ジャズが一般にも注目されて浸透していた。

また、女性の性意識も変わり、ペッティングはこの頃から一般的となった。酒とジャズとダンス、そして男女の交遊が、何より欠かせない時代でもあった。さらに、自動車、冷蔵庫、ラジオ、レコードなどの新しい製品やメディアが普及していた。

日本では、1923年に関東大震災が起きた。これにより、東京は大きなダメージを受けた。1926年、昭和の時代に入る。この頃、世の中には不安が広がりつつあった。

1927年、大蔵大臣の失言から銀行の取り付け騒ぎが起こる。これをきっかけに不況ムードが蔓延していく。

1929年、空前の好景気と株高に湧いたアメリカで株価が大暴落する。これを機に世界中が連鎖的な大不況の最中へと向かっていった。

その一方では、イタリアではムッソリーニが台頭し、ドイツでもナチスが民衆の中に浸透していく。ファシズムが台頭しはじめていた。

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ニューヨークの摩天楼

<主な出来事>

1920年 ヴェルサイユ条約締結 アメリカ禁酒法
1921年 国際連盟創設 戦後恐慌起こる
1922年 日本 帝国ホテル新館オープン(ライト館)
1923年 日本 関東大震災
1924年 ソ連 レーニン死去 スターリンの時代へ
1925年 日本 普通選挙法(衆議院議員選挙法改正)施行 治安維持法成立
1926年 日本 大正から昭和へ
1927年 中国 蒋介石が国民党の実権を握る
1928年 中国 張作霖爆殺事件
1929年 世界大恐慌のはじまり

■1930年代(30年〜39年)

不況期にあった30年代では、主要各国はブロック経済政策をとった。これは、友好国とだけ関税を優遇し、その他の国とは関税を高くして需要を閉じ込めるという、いわば保護主義的な政策であった。

これにより主要国は、経済の分断化を進めつつ、自らのブロックは保護し、他のブロックへの進出を試みた。しかし、これは経済の環境要因を悪化させて、やがて第二次世界大戦へと繋がっていくことになった。

日本は、1931年の満州事変により、否応無く中国への戦線拡大を余儀なくされた。その後も、上海事変、支那事変と繰り返されて、もはや後戻りはできない状態となった。

どこまで行っても先は見えないが、それでも突き進んだのであった。これは、やがて悲劇となって現実に戻されたのである。

ドイツでは、ヒトラーが政権を獲得し総統に就任した。軍需財閥を味方に付け、また軍事予算を拡大させて、やがて来る世界大戦の準備をはじめていた。

1939年、ドイツはドイツ系住民への迫害等を理由に、ポーランドに侵攻する。イギリスとフランスは、これに対して宣戦布告する。ここに、第二次世界大戦の幕が切って落とされた。

1930年代は、戦争準備の時代と言っても過言ではない。

しかし、何故か文化面では特筆すべき現象があった。芸術では、シュールレアリズム等々。映画では、カラーがはじまり、ハリウッドは黄金期といわれた。

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映画 風と共に去りぬ

<主な出来事>

1930年 日本 浜口首相狙撃事件
1931年 満州事変起こる エンパイアステートビル完成
1932年 5.15事件 上海事変 満州国建国宣言
1933年 日本 国際連盟を脱退 ヒトラー首相に就任
1934年 ヒトラー総統に就任 ソ連の大粛清はじまる
1935年 天皇機関説批判を受ける
1936年 スペイン内戦 ベルリン・オリンピック開催
1937年 2.26事件 日中戦争(支那事変)が起こる
1938年 東京オリンピック返上
1939年 ドイツによるポーランド侵攻(第二次世界大戦勃発)

■1940年代(40年〜49年)

アメリカからの石油禁輸措置などで追いつめられた日本は、ついに開戦の準備に入った。そして、1941年12月、ハワイの真珠湾を奇襲攻撃した。

これによってアメリカは、第二次世界大戦への参戦を決定する。日本は、緒戦こそ優位に戦ったが、やがて物資の不足により次々と占領地域を落としていく。

一方、ドイツでもソ連侵攻の失敗以降は、同じく占領地域から撤退を余儀なくされていた。1944年、連合国はフランスのノルマンディーに上陸し、フランスからドイツを追い出すことに成功する。

その後連合軍は、ドイツ国内へ進攻をしていく。1945年4月、追いつめられたヒトラーは、防空壕内で自殺した。これによって、ドイツの事実上の敗北が決定した。

同じく、1945年8月、日本の長崎と広島に世界ではじめて原子力爆弾が投下された。これによって、当時の大日本帝国は無条件降伏を受託した。ここに、第二次世界大戦は終了した。

この大戦以後は、アメリカを中心とする西側と、ソ連を中心とする東側に別れた冷戦の構造が定着し、にらみ合いが続くこととなった。

また、連合国側の植民地では、独立の機運が高まり、次々と宗主国からの独立を果たしていく。ついに英国は、世界の覇権をアメリカに譲り、その後は裏の世界で暗躍することになる。

中国では、日本との戦いに疲れた蒋介石の国民党が、力を温存した共産党に破れ台湾へと逃れた。1949年、毛沢東率いる中国共産党は、中華人民共和国を樹立した。

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日本軍の真珠湾攻撃

<主な出来事>

1940年 日独伊3国同盟締結
1941年 日本、真珠湾攻撃により太平洋戦争勃発
1942年 日本海軍がミッドウェー海戦で大敗
1942年 ドイツ軍がエル・アラメインの戦いで敗北
1943年 ドイツ軍がスターリングラードの戦いに大敗
1944年 ノルマンディー上陸作戦
1945年 ヒトラー自殺 原子爆弾が長崎、広島に投下される
1945年 第二次世界大戦終戦 国際連合設立 冷戦の始まり
1946年 天皇の人間宣言 
1947年 インドとパキスタン、分離独立
1948年 第1次中東戦争
1948年 アイルランド、イギリスから独立
1949年 北大西洋条約機構、設立
1949年 中国共産党が中国大陸に中華人民共和国を樹立

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冷戦の象徴スパイ 007

参考文献:ウィキペディア、世界の出来事100年史、他

世界史 上 (中公文庫 マ 10-3)

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